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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第七話 氷居人(こおりびと)

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 氷柱を砕き終えた少女は、踵を返して要塞の門へと向かって歩いて来る。しかし途中で大きくその身体が傾ぐ。

「危ない!」

 紅が駆け寄り、抱き留めた。お互いの身体が触れた瞬間、体温――紅は少女の凍るような冷たさに、そして少女は紅の燃えるような熱さに驚き、思わず顔を見合わせた。


 温かく照らすような柘榴色の瞳と、冷たく射抜くような氷色の瞳が交錯する。


「…炎帯人(ほのおびと)、緋夕の人間ね」

 少女が掠れるような声で確認してくる。紅は頷いた。

「うん。私は緋夕紅。あなたは氷居人(こおりびと)、氷室(ひむろ)家の子?」

「ええ……氷室藍白(あいじろ)というわ」

 少女は相変わらず掠れた声で、自らの名を名乗った。


-----


 伊勢国(いせのくに)は、炎帯人の他にもう一つ「能力者」が現れた土地である。炎と対をなす力である氷を操り、その氷は暴走した存在や災厄を封じ込め、決して溶ける事なく永遠の眠りへと誘う――封印と滅亡の一族、氷居人。

 炎帯人と同じく、神と等しい力を持つこの一族は、表舞台に立つ事を良しとせず、外界と積極的に関わる事なく、ただひたすら隠密に動き続けている。故に、世間一般では存在すらほとんど知られていない。


 歴史の暗部を司る一族もまた、伊勢国の北側にひっそりと暮らし続けているのだ。


-----


 藍白は紅の腕から立ち上がろうとするが、再びふらつく。紅はその身体を支えようと、藍白の腕を取る。

「大丈夫?顔色悪いよ」

「…放っておいて。あなたの身体は私には熱過ぎる」

 藍白に言われ、慌てて腕を離す紅。

「ごめん!でも、手が震えてる。本当に平気?」

「あなたには関係ないわ」

 藍白は震える手をぎゅっと握り締めると、昏い目で紅を睨み付けた。氷のように冷たい視線に、紅は少したじろぐ。

「私の役目は、この氷の力を使って街の人を護る事だから」

 藍白は白い息と共に言い捨てて、紅を押し退けるようにして門を潜った。集っていた警備兵達は、怯えるように左右に避け、道を空ける。


 警備兵の一人が微かに「化け物だ…」と呟いた。

 その言葉に藍白はぴくり、と身体を揺らし反応する。慌てて口を塞ぐ警備兵を悲しそうな目で睨むと、街中へと駆けていった。

 消えていく少し丸まった藍白の後ろ姿は、孤独に満ちていた。


-----


 夕刻、紅達四人は夕飯を取るべく酒場に来ていた。

「しかしあの氷居人の嬢ちゃん、すげえ強さだったな」

 アンバーがビールをぐいっと飲みながら、骨付きハムを切り分ける事なく丸齧る。行儀の悪い食べ方に、アオイは少し顔を顰めた。

「氷居人ってみんなあんな感じなの?随分無愛想だったけど」

 紅は黒パンを千切っては口に放り込み、千切っては口に放り込みを繰り返しながら答える。

「んー、割と血気盛んな炎帯人と違って、氷居人は冷静な人が多いかな。伊勢国ではよく一緒に魔物討伐してて、私達は刃物振り回して纏めてバッサバッサ燃やしていくんだけど、氷居人は武器を使わずに手だけで一匹ずつ凍らせていくの。戦い方に無駄がなくて綺麗なんだよねえ」

「性格まで能力そのまんまなのか」

 紅の戦い方を見ていれば、炎帯人の大雑把さは想像が出来る。アンバーは妙に納得した。

「だが、あの娘は違う」

 蒼龍は骨付きハムを器用に切り分け、紅とアオイ、そして自分の皿に取り分ける。アオイはハムにナイフとフォークを入れ更に一口大に切ってから、口へと運ぶ。

「そうだね…あの子は何かに追い詰められてる」

「ああ、余裕がねえ。顔に出てる」

 アンバーもねだるように蒼龍に皿を出すが、手にはまだ絶賛齧り中の骨付きハムを握っている。蒼龍に目線だけで指摘され、不貞腐れた。


 酒場の入り口に掛けられたカウベルが鳴り、ドアが開いた。喧騒が一瞬で静まり返る。

 店に入って来たのは、藍白。編み上げブーツのヒールを軽く鳴らしながら、カウンターへと向かう。客は皆、あからさまに避けるようにして藍白から距離を取った。藍白の表情が曇る。

「藍白!」

 紅が手を挙げて、声を掛ける。藍白は顔を伏せたまま、昏い視線だけを紅へと投げ返した。

「一人なら一緒にご飯食べよう!」

「え…?」

 思ってもみなかった紅の誘いに、藍白は顔を上げ、困惑した表情を浮かべる。

「誘い方が本当に唐突だよね」

 アオイは苦笑しながら、テーブルの上の皿を避けて一人分のスペースを作る。蒼龍は隣のテーブルの空いている椅子を引き寄せ、アンバーが立ち上がり戯けた調子でエスコートする。

「ささ、どうぞお掛け下さいお嬢様」

 藍白は四人のペースに呑まれるまま、椅子に腰を下ろした。

「藍白何食べる?」

 紅の人懐っこい笑顔に気圧されつつ、藍白はメニューに目を走らせる。

「ディナーセットを七人前…」

「……」

 華奢で不健康な体躯に対して、とんでもない量を注文する藍白に、酒場の全員が沈黙する。ウェイターが慌てた様子で厨房へ駆け込んでいく姿が見えた。

「『能力者』ってのはどいつもこいつも燃費悪いのか?」

 アンバーが呆れた顔で、紅と藍白を見やった。


 七人前のディナーセットが運ばれた瞬間、藍白は我慢しきれない様子で掻き込んでいく。どんどんと空になっていく皿。

「氷を出すと、やっぱりその分お腹空くの?」

 アオイは知的好奇心から、藍白に疑問をぶつける。藍白は戸惑いつつも答える。

「…いつも空腹だけど、氷を多く出した日は特に沢山食べたくなるから、そういう事になるわ」

「分かる!私も炎出したらいつもよりお腹ぺこぺこだもん」

 藍白に同意する紅。

「嬢ちゃんの場合は炎を出そうが出すまいが、毎日安定して信じらんねえ量食ってるけどな」

「人体として説明が付かない胃袋してるよね」

「お陰で食費が大変だ」

「酷い!私だけじゃなくてみんなも食べてるでしょ!?」

 アンバーとアオイと蒼龍、三人のツッコミに紅は不満気にむくれた。


 その様子が可笑しかったのか、藍白は思わずくすり、と笑った。

「藍白笑った!」

 紅が嬉しそうに藍白を見た。藍白は目を見開き、驚いた顔になる。

「どうしたの?」

 首を傾げて顔を覗き込んで来る紅。藍白は自分が笑った事が信じられない、といった風に、自らの頬に手を添えた。

「ううん…笑ってしまった事に驚いただけ」

「今まで笑った事ないの?」

 紅は藍白に問う。藍白はこくり、と頷いた。

「…よく分かんないけど、楽しいと思ったら笑えばいいし、悲しいと思ったら泣けばいいと思うよ」

 にっこりと笑って紡がれる紅の言葉に、藍白の目はますます大きく見開かれる。


 氷居人である氷室家には信条がある。感情を表に出さず、常に冷静沈着である事。

 それが今、ほんの小さな、取るに足らない事で崩れた。

 冷たい氷の中で生きてきた自分にとって、まるで雪解けのように温かな変化。


 その変化は自分にとって、あまりにも温か過ぎて、何故か怖かった。

挿絵(By みてみん)

氷室藍白(画像はAI作成)

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