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氷柱を砕き終えた少女は、踵を返して要塞の門へと向かって歩いて来る。しかし途中で大きくその身体が傾ぐ。
「危ない!」
紅が駆け寄り、抱き留めた。お互いの身体が触れた瞬間、体温――紅は少女の凍るような冷たさに、そして少女は紅の燃えるような熱さに驚き、思わず顔を見合わせた。
温かく照らすような柘榴色の瞳と、冷たく射抜くような氷色の瞳が交錯する。
「…炎帯人、緋夕の人間ね」
少女が掠れるような声で確認してくる。紅は頷いた。
「うん。私は緋夕紅。あなたは氷居人、氷室家の子?」
「ええ……氷室藍白というわ」
少女は相変わらず掠れた声で、自らの名を名乗った。
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伊勢国は、炎帯人の他にもう一つ「能力者」が現れた土地である。炎と対をなす力である氷を操り、その氷は暴走した存在や災厄を封じ込め、決して溶ける事なく永遠の眠りへと誘う――封印と滅亡の一族、氷居人。
炎帯人と同じく、神と等しい力を持つこの一族は、表舞台に立つ事を良しとせず、外界と積極的に関わる事なく、ただひたすら隠密に動き続けている。故に、世間一般では存在すらほとんど知られていない。
歴史の暗部を司る一族もまた、伊勢国の北側にひっそりと暮らし続けているのだ。
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藍白は紅の腕から立ち上がろうとするが、再びふらつく。紅はその身体を支えようと、藍白の腕を取る。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「…放っておいて。あなたの身体は私には熱過ぎる」
藍白に言われ、慌てて腕を離す紅。
「ごめん!でも、手が震えてる。本当に平気?」
「あなたには関係ないわ」
藍白は震える手をぎゅっと握り締めると、昏い目で紅を睨み付けた。氷のように冷たい視線に、紅は少したじろぐ。
「私の役目は、この氷の力を使って街の人を護る事だから」
藍白は白い息と共に言い捨てて、紅を押し退けるようにして門を潜った。集っていた警備兵達は、怯えるように左右に避け、道を空ける。
警備兵の一人が微かに「化け物だ…」と呟いた。
その言葉に藍白はぴくり、と身体を揺らし反応する。慌てて口を塞ぐ警備兵を悲しそうな目で睨むと、街中へと駆けていった。
消えていく少し丸まった藍白の後ろ姿は、孤独に満ちていた。
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夕刻、紅達四人は夕飯を取るべく酒場に来ていた。
「しかしあの氷居人の嬢ちゃん、すげえ強さだったな」
アンバーがビールをぐいっと飲みながら、骨付きハムを切り分ける事なく丸齧る。行儀の悪い食べ方に、アオイは少し顔を顰めた。
「氷居人ってみんなあんな感じなの?随分無愛想だったけど」
紅は黒パンを千切っては口に放り込み、千切っては口に放り込みを繰り返しながら答える。
「んー、割と血気盛んな炎帯人と違って、氷居人は冷静な人が多いかな。伊勢国ではよく一緒に魔物討伐してて、私達は刃物振り回して纏めてバッサバッサ燃やしていくんだけど、氷居人は武器を使わずに手だけで一匹ずつ凍らせていくの。戦い方に無駄がなくて綺麗なんだよねえ」
「性格まで能力そのまんまなのか」
紅の戦い方を見ていれば、炎帯人の大雑把さは想像が出来る。アンバーは妙に納得した。
「だが、あの娘は違う」
蒼龍は骨付きハムを器用に切り分け、紅とアオイ、そして自分の皿に取り分ける。アオイはハムにナイフとフォークを入れ更に一口大に切ってから、口へと運ぶ。
「そうだね…あの子は何かに追い詰められてる」
「ああ、余裕がねえ。顔に出てる」
アンバーもねだるように蒼龍に皿を出すが、手にはまだ絶賛齧り中の骨付きハムを握っている。蒼龍に目線だけで指摘され、不貞腐れた。
酒場の入り口に掛けられたカウベルが鳴り、ドアが開いた。喧騒が一瞬で静まり返る。
店に入って来たのは、藍白。編み上げブーツのヒールを軽く鳴らしながら、カウンターへと向かう。客は皆、あからさまに避けるようにして藍白から距離を取った。藍白の表情が曇る。
「藍白!」
紅が手を挙げて、声を掛ける。藍白は顔を伏せたまま、昏い視線だけを紅へと投げ返した。
「一人なら一緒にご飯食べよう!」
「え…?」
思ってもみなかった紅の誘いに、藍白は顔を上げ、困惑した表情を浮かべる。
「誘い方が本当に唐突だよね」
アオイは苦笑しながら、テーブルの上の皿を避けて一人分のスペースを作る。蒼龍は隣のテーブルの空いている椅子を引き寄せ、アンバーが立ち上がり戯けた調子でエスコートする。
「ささ、どうぞお掛け下さいお嬢様」
藍白は四人のペースに呑まれるまま、椅子に腰を下ろした。
「藍白何食べる?」
紅の人懐っこい笑顔に気圧されつつ、藍白はメニューに目を走らせる。
「ディナーセットを七人前…」
「……」
華奢で不健康な体躯に対して、とんでもない量を注文する藍白に、酒場の全員が沈黙する。ウェイターが慌てた様子で厨房へ駆け込んでいく姿が見えた。
「『能力者』ってのはどいつもこいつも燃費悪いのか?」
アンバーが呆れた顔で、紅と藍白を見やった。
七人前のディナーセットが運ばれた瞬間、藍白は我慢しきれない様子で掻き込んでいく。どんどんと空になっていく皿。
「氷を出すと、やっぱりその分お腹空くの?」
アオイは知的好奇心から、藍白に疑問をぶつける。藍白は戸惑いつつも答える。
「…いつも空腹だけど、氷を多く出した日は特に沢山食べたくなるから、そういう事になるわ」
「分かる!私も炎出したらいつもよりお腹ぺこぺこだもん」
藍白に同意する紅。
「嬢ちゃんの場合は炎を出そうが出すまいが、毎日安定して信じらんねえ量食ってるけどな」
「人体として説明が付かない胃袋してるよね」
「お陰で食費が大変だ」
「酷い!私だけじゃなくてみんなも食べてるでしょ!?」
アンバーとアオイと蒼龍、三人のツッコミに紅は不満気にむくれた。
その様子が可笑しかったのか、藍白は思わずくすり、と笑った。
「藍白笑った!」
紅が嬉しそうに藍白を見た。藍白は目を見開き、驚いた顔になる。
「どうしたの?」
首を傾げて顔を覗き込んで来る紅。藍白は自分が笑った事が信じられない、といった風に、自らの頬に手を添えた。
「ううん…笑ってしまった事に驚いただけ」
「今まで笑った事ないの?」
紅は藍白に問う。藍白はこくり、と頷いた。
「…よく分かんないけど、楽しいと思ったら笑えばいいし、悲しいと思ったら泣けばいいと思うよ」
にっこりと笑って紡がれる紅の言葉に、藍白の目はますます大きく見開かれる。
氷居人である氷室家には信条がある。感情を表に出さず、常に冷静沈着である事。
それが今、ほんの小さな、取るに足らない事で崩れた。
冷たい氷の中で生きてきた自分にとって、まるで雪解けのように温かな変化。
その変化は自分にとって、あまりにも温か過ぎて、何故か怖かった。




