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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第七話 氷居人(こおりびと)

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1

 ローゼリア王国の広大な国土を抜け、北へ北へひたすら上った先は、今までの常緑樹林から一転して針葉樹林へと変化する。マツの樹々がすらりと天に伸び、神殿の柱のように立ち並ぶ中、四人は歩を進めた。

 じきに森が開け、目の前に高く、灰色の石を積み上げて造られた頑丈な要塞が現れる。

「うわあ…」

 紅はその威圧感に圧倒され、要塞を見上げて思わず声を漏らした。

 半円形の側防塔が幾つも設けられ、弓矢や銃を撃つために、壁には銃眼が、天辺には凸凹した狭間が等間隔に並ぶ。歩廊や見張り台には常に警備兵が立ち、物々しく重苦しい雰囲気が漂っている――要塞都市国家、ヴァルムラである。

 この要塞はその昔、国々での諍いが絶えなかった頃に建造されたものであるが、国間の争いが小康状態の今でも、魔物の襲撃から住民を護る為、なおその役目を保っている。


 要塞の門を潜り、中へと入る。そこにはごく普通の、石造りの街並みが広がっていた。商店や食堂、屋台からは人の声が絶えず聞こえ、広場では大人達の間を子供達が駆けていく。どこにでも見られる、ありふれた光景。

 手頃な場所に宿を確保すると、いつも通りまずは腹ごしらえをすべく、四人は食堂へと繰り出した。着席するなりウェイターに、メニューの端から端まで全て注文する。ウェイターの顔色はみるみるうちに青くなっていき、慌てて厨房へ走っていく。やがて厨房から調理器具の音が慌ただしく鳴り響き、殺伐とした雰囲気が漂ってきた。

 大量に運ばれて来るのは、燻製や塩漬け加工品、根菜類など、保存食を主とした料理だ。外界からの恩恵に乏しい、要塞都市ならではといったところだろう。例え独特な食文化だとしても、四人の食欲が止まる事はない。

「美味しい!」

 スモークチップの残り香が食欲をそそる燻製サーモンに食らいつきながら、紅は幸せそうな表情を浮かべる。蒼龍もアオイも、どうやら口に合うようで次々と料理を口へ運んでいく。アンバーは専ら酒だ。酒精強化ワインをガブガブ飲んでいる。


「すみませんおかわり!」

「ガルビュールを5杯、黒パンと共に頼む」

「トゥルトあと3皿お願いします」 

「アンドゥイユ大皿いっぱいに盛って、酒はマール持って来てくれ」

 四人の止まらない注文に店内は騒然となる。

「まだ食うのか!?」

「なんて奴らだ!!」

「食糧が尽きるぞ!!」

「勘弁してくれ!!!」

 ヴァルムラの食堂は、今まさに危機を迎えようとしていた。


-----


 ようやく腹の満たされた四人は半泣きの店主に食事代を支払いながら、この街で何か困っている事はないか尋ねた。

「ヴァルムラまで来る道中、街で物騒な事が起こっているという噂を聞きましたが」

 アオイが言うと、店主は口元まで出かかっていた「この店にとってはあんたらが一番物騒だよ」という言葉を呑み込みつつ、少々歯切れ悪く答える。

「ああ、ええと…なんて言うかその、最近魔物の襲撃が頻発してましてね」

「討伐しましょうか?」

「いえ!街で腕利きの護衛を雇っているから大丈夫なんです。大丈夫なんですが……」

 顔色悪く冷や汗をかく店主の手は、微かに震えているようだ。どうにも落ち着きがない様子に、四人は眉をひそめる。

「あんた、一体何に対してびびってんだ?」

 アンバーが問い掛けた、その時。


 街中に魔物の襲撃を告げる警鐘が鳴り響く!紅達は一斉に席を立つと店を飛び出し、要塞へと駆け出していった。


 残された店主はまるで何かを恐れるように、震える手で自身の腕をぎゅっと握る。

「あんなもん見てしまったら、恐ろしくて何も言えなくなるよ……」


-----


 四人は門まで走り要塞の外を目指すが、警備兵の槍に行く手を阻まれる。

「危ないから出るんじゃない!」

「魔物が来てるんじゃないの!?」

 紅は抗議の声を上げるが、警備兵は宥めるように言う。

「魔物はあの方が退治してくれるから大丈夫だ!我々は要塞の中に居ればいい」

「あの方?」

 尋ねた瞬間、門の外から猛烈な冷気が吹き込んで来た!突然の寒さに、その場にいる全員が思わず身震いする。紅は、槍の間から外を覗き込んだ。


 そこには、要塞を背に一人の華奢な少女が立っていた。

 歳の頃は紅やアオイと同じくらい、さらりとしたショートボブは左耳に掛けられ、黒髪の内側に薄い浅葱色の髪が見え隠れする。横顔から覗くスッとした氷色の一重に、引き締まった顎。その肌はアオイのように白く透き通っているが、血色はなく青白い。アイスグレーに黒い刺繍が施された袖なしカンフードレスと鈍色のスキニーパンツが、少女の細過ぎる体躯を際立たせていた。両手には、少々不相応な無骨さを持つ、しかしながら美しい水宝玉があしらわれた籠手を纏っている。

 少女が相対しているのは、人間よりも二回りも大きな体躯を持つ狼、フェンリルの群れだ。獰猛な双眸をぎらつかせ、牙を剥く口からは涎が滴る。

 冷気はフェンリルが発しているのか――いや違う。


 少女が口を軽く開き、細く白い息を吐く。少女の足元の空気が冷やされたのか、煙のように白い霧となった。

 冷気を発しているのは、少女だ。


 フェンリルの群れが、少女目掛けて一斉に飛び掛かった!

 同時に少女も地を蹴り、目にも止まらぬ速さで一匹の懐に潜り込むと、その腹に拳を捻じ込む!衝撃で胃液を吐き出すフェンリルを逃す事なく背後に回り込むと、首に腕を掛け締め上げていく!


 その両手から生まれるのは――絶対零度の氷。

 氷はぴしりという鋭い音を立てながら、みるみるうちにフェンリルの身体を包み込んでいく!少女が両腕を左右に抜き去り解放した時には、フェンリルは動かぬ氷柱となり地面に突き立っていた。

 怯むフェンリル達に、少女は容赦なく飛び掛かっていく!無駄のない流れるような動きで、拳を振るい、蹴りを入れ、締め上げ、そして凍らせていく。あっという間に、フェンリル達の氷柱が幾つも出来上がった。

「綺麗…」

 少女の流麗な動き、そして残酷なまでに美しく煌めく氷に、紅は思わず呟く。


 最後のフェンリルを凍らせた後、少女は一段と白い息を深く吐くと、氷柱ごとフェンリルを、次々と容赦なく砕いていった!氷の粒が、まるで真っ白い花弁のように舞い散り、虚空に消えていく。

 砕け散った氷柱の中、少女は立ち尽くしていた。淡い色の瞳は昏く、感情を映さない表情はどこまでも虚ろ。


 その姿は、どこか儚げに揺らめいていた。

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