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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
閑話

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働かざるもの食うべからず・後

 アオイは掲示板を見る事なく、迷わず街の診療所へと向かった。診療所は午後の診療が始まったばかりのようで、多くの人が訪れている。診療所の院長に手伝う旨を交渉すると、ちょうど人手が足りていなかったようで喜んで迎え入れられた。

 患者を診察し、薬草やポーションを調合して手渡す。手際はもちろん、その人当たりの良さも相まって、「診療所の新しい先生はすごい」とたちまち評判になる。診療所にはいつもの倍の人数が押し掛けてきた。


 アオイは問診しながら、さりげなく患者から井戸端話を引き出していく。

「…お隣の夫婦仲が良くないみたいで…」

「…隣の国で龍が出たとか…」

「…北の方で奇妙な人物が…」

 大なり小なり、情報は貴重である。アオイは診療しながら、これまでの情報と併せて整理していく。

(北の方って、収穫祭でもそんな話出てたな…紅に話したら「行く」って言いそう)

 アオイは人一倍お人好しの少女を思い浮かべ、思わずくすり、と笑う。患者は怪訝そうな顔をしてアオイを見た。

「先生、私の話そんなに可笑しかったですか?」

「…いえ、ごめんなさい。それで、何の話でしたっけ?」

「だから、酒場に来てる男の人が、やたら歌が上手くて評判になってるから先生も行ってみたら、って。オレンジの狼みたいな髪に金色の瞳がちょっとワイルドで、何ともステキなのよねえ。アクセサリーもたくさん付けてて、とにかくオシャレなの」

 患者の女性は頬を赤らめて、ぽうっとした様子で語る。どこかで会ったどころか、しばらくずっと一緒に過ごしている人物そのもの。アオイは思わずジト目になった。

(働かないで何やってるの、あの人)


-----


 夕刻を告げる鐘が鳴り、アオイは院長から報酬を受け取ると、「明日も来て下さい!!」と縋る院長に対して丁寧に断りを入れ、酒場へと向かう。酒場は外まで人で溢れかえっていた。アオイは人垣をすり抜けながら、酒場の中へと入る。

 店内の中央では予想通り、アンバーがリュートを抱えて弾き語りをしていた。六対の乾いたガット弦を爪弾く音と共に、少し低めのテノールの声が語るように静かに響く。今はもう廃れてしまったルネサンス調の、どことなく哀愁漂う愛の旋律。誰もが心地良い表情を浮かべ、それぞれに想いを馳せている。


 アオイも思わず聴き惚れ、目を閉じる。

 暗殺者一族の元に生まれた自分は、「愛」など知らずに生きてきた。それでも、この唄は心が柔らかく締め付けられるような気持ちになる。その感覚は決して不快ではない。むしろ――


 万雷の拍手が起き、アオイは我に返り目を開く。アンバーが立ち上がり深々とお辞儀をし、カーテンコールに応えていた。

「兄ちゃんブラボー!!」

「お願い、もう一曲だけ!」

「悪りぃがこれで終わりだ。連れが来ちまったんでね」

 アンバーは聴衆に向かって手を挙げ、リュートを酒場の店主に返す。アオイの方へふらっと寄って来ると、その肩をぽん、と叩いた。

「どうよ、俺の唄は」

「正直素晴らしくて涙出そう。でも働く話はどうなった訳?」

 アオイが少し呆れた様子でアンバーを見る。アンバーはニヤリと笑って、片手に持った皮袋を掲げた。皮袋は両手に余る大きさに膨らみ、重みでずっしりとしている。相当な額の金銭が入っていると見えた。恐らくアオイが診療所で貰った報酬より遥かに多いだろう。

「四時間弾き語りでこれよ。悪かねえだろ?」

「…芸は身を助ける、とはよく言ったもんだね」

 唄い続けて少ししゃがれた声を出すアンバーに、アオイは素直に感心した。


-----


 この世界で人助けをするならば、前述の通り酒場の掲示板から依頼書を探すのが一つ、本人や周囲の人物から直接話を聞くのが一つ。そしてもう一つ方法がある。


 紅は掲示板で見付けた迷子の子猫の捜索という依頼を手早く片付けると(結局依頼主の家のクローゼットの奥で丸くなっていた)、貰った報酬でちょっとだけ買い食いをしようと商店街を歩いていた。

 パン屋の良い匂いにつられて店へ入る。が、厨房は何やら騒がしい。

「どうしたんですか?」

 紅がひょい、と厨房に顔を出すと、店主が途方に暮れた顔で石窯を眺めていた。

「窯の魔石の調子が良くなくて、火が消えちゃってねえ。生地の発酵時間もあるし、窯に付きっきりって訳にもいかなくて」

「それ、私ならどうにか出来るかも!」

 紅の申し出に、店主は少し戸惑いながらも厚意を受け取る事にする。生地の仕込みの時間が迫っているから、と、職人と共に窯から離れていった。

 周りの誰も見ていない事を確認して、紅は窯の中の魔石を一つ手に取る。すっかり冷えてしまっているが、奥深い芯の方に火種が残っているのを感じる。


-----


「またやっちゃった…」

 いつかの野営。紅は盛大に焦げ付かせた鍋を片手に、しょんぼりと肩を落とした。薪は完全に炭化して、見る影もない。

「今日も派手にやらかしたな」

 アンバーがもはや当たり前の光景、といった風に新しく薪を組み直した。そこへ蒼龍が薪に符を投げ入れ、火遁で火を起こす。そこから空気を送ったり新たに薪を焚べたりして、徐々に火を大きくしていく。やがて絶妙な火加減の炎が生まれ、明々と周囲を照らした。

「さすが蒼龍、火遁も抜かりないね」

 アオイが薪を運びながら蒼龍に声を掛ける。

「いや、俺は火遁は苦手だ」

「そうなの?」

「符を使って種火を発生させる事くらいしか出来ない。だが、そこから火を育てる事には慣れている。火の起こし方さえ掴めば後は難しくはない」

 蒼龍はアオイから薪を一つ受け取ると、紅に渡す。

「刀のように一気に燃やそうとせず、自らの炎を薪に分け与えるつもりでやってみろ」

「私の炎を薪に分け与える……」

 紅は薪を握り、呼吸を整える。刀とは違い、いつもより柔らかく優しく、両手の薪に神経を集中させる。


 すると薪が赤くなり、熱を持ったように光る。

「おおっ…!」

「出来た?」

 アンバーとアオイが沸くが、その瞬間ぱっと炎が上がり、薪はあっという間に燃え尽きてしまった。

「あああ…」

 紅はがっくりと項垂れるが、蒼龍は呆れる様子もなく、次の薪を渡すようにアオイを促す。

「こういうのは何度も繰り返して覚えていけばいい。もう一度だ」

「…うん」

 紅はアオイから薪を受け取ると、再び挑戦すべく呼吸を整えた。


-----


 紅は薪と同じように、魔石を両手で包み込んだ。そして呼吸を整える。

「私の炎を分け与えるつもりで……」

 紅の身体からはいつものような蒸気は上がらない。ただ、両手が淡く光った、かと思うと、魔石は火の付いた石炭のように赤く輝き出した。

「…出来た」

 紅は嬉しそうに呟くと、魔石を窯に戻す。そして吹子を使い、新鮮な空気を窯の中に送ってやる。魔石は徐々に燃え広がり、窯の中が優しい炎で明るく照らされた。

「お!お嬢さんお手柄だ!これでパンが焼けるぞ」

 整形した生地を載せた天板を幾つも持って、店主と職人が戻って来た。火加減を確認すると、続々と窯の中に天板を並べていく。やがて、パンの焼ける匂いが厨房いっぱいに広がった。

「いやあ助かった、ありがとう!これはちょっとしたお礼だ」

 店主は金銭の入った袋と、既に焼き上がっていたパンを幾つか包んで紅に渡す。

「いいの?」

「礼だと言ったろう?遠慮せずに取っといてくれ」

「…ありがとう!」

「こっちが礼を言われたんじゃあべこべだろう」

 満面の笑みを浮かべる紅に、店主は苦笑して返した。


 この世界で人助けをするもう一つの方法は、自分の足で探して、そこに踏み込む勇気を持つ事。

 そして助けられた者は、何かをお礼として渡す。それは金銭に限らず、食べ物でも何でも構わない。子供や貧しい人ならば、言葉だけでも充分。

 「困っている人がいたら助ける」事が、この世界では自然な習慣として循環しているのだ。


-----


 日が暮れる頃宿に集合した四人は、思った以上の収入に喜び、少し良い物を食べようと再び昼間の食堂へ繰り出した。

「…ていう事があってね、お金と一緒にパンをたくさん貰ったんだ」

 夕飯の席で、紅が今日の出来事を語る。テーブルの上は相変わらず恐ろしい量の食べ物が並んでいる。

「そのパンどうしたんだ?」

「もう食べちゃった!」

「だろうねえ…」

 アンバーの問いに分かり切った答えが返って来て、アオイは苦笑する。

「だが、四人で頑張れば路銀など何とでもなるのだな」

 蒼龍が魚の骨を器用に外しながら言う。その言葉に、三人は顔を見合わせて笑った。

「だからもう、自分の鱗剥がすなんて言わないでよ」

「…分かった」

 紅の念押しに、蒼龍は観念したように微笑んだ。


 しかし、四人は理解していなかった。

 家計を圧迫している原因が「食費」だと言う事を。


「まいどありー!」

 食堂で店主が半分嬉しそうに、半分心底安心したように四人を送り出す。

「…………」

 四人はどよんとした顔でお互いを見る。明らかに調子乗って食べ過ぎた。あれだけ潤っていた財布の中身は、再び空に近い状態になっていた。

「何やってんだオレ達」

 アンバーが酒臭い溜息を吐く。

「宵越しの銭を持たないにしても節操がなさ過ぎる」

 アオイが頭を抱える。蒼龍も眉間に手を当てて、深い溜息を吐いた。

「まあ、食べちゃったのは仕方ないし、また明日から頑張ろう!」

 紅が笑顔を作って、自分を無理矢理奮い立たせるように言う。その様子に、三人は思わず吹き出した。


「そうだな…また明日から皆で頑張るか」

 蒼龍は、眉間から手を離し呟いた。

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