働かざるもの食うべからず・前
「路銀がない」
昼下がり、とある街の食堂。いつものように常軌を逸した食事の量を注文し、あっという間に平らげた一行に対して、蒼龍がぼそりと告げた。
「…それ、今言う?」
アオイが呆れたように声を上げた。せめて注文する前に言ってくれれば食事の量を調整したのに…と考えて、この四人では無理な話だと思い直す。
「ローゼリアの王様からたんまり金貰ってたじゃねえか」
「そんなものはとうに使い切っている。今晩の宿代を払ったらお終いだ」
「マジかよ」
アンバーは思わず肩を落とした。
四人で旅をするようになって、蒼龍には頭痛のタネが増えた。家計が常に火の車なのだ。原因は単純に人が増えただけではない。
紅はとにかく食事の量が天文学的だ。炎帯人は炎を使うと、どうにも腹が減ってしまう。燃料イコール食事と考えると致し方ない。それに、食事量で言えば自分も同じだ。半龍であるが故に、常人の倍以上の量が必要なのは自覚している。
アオイは治癒師として、薬草やポーションなどを常に仕入れている。これに関しては必要経費なので何も言えない。だが彼は食事の量こそ一般的に「よく食べる」と言われる程度だが、デザートは別腹タイプ。食後は必ず紅茶と共に甘いものを嗜むのだが、その量が尋常ではない。
アンバーは魔弾の材料として、魔石や宝飾品に使われる高級な石を大量に買い付ける。やはり必要経費なので何も言えない。そして彼も、紅や蒼龍に負けじ劣らずの大食らいだが、どちらかというと酒の量が半端ない。下手すれば一樽をまるで水のように飲んでしまう。もはやザルを超えてワクだ。
出費の理由は色々あれど、結局エンゲル係数が異常に高いのである。
アンバーはジョッキに残る最後の一滴を、惜しむように舐めた。
「次の満月まであとどんくらいだ?」
「多分一週間後だね」
アオイは懐から手帳を取り出し、暦を見た。二人は飛空艇で初めて目にした時こそ蒼龍の龍化に驚いたものの、今では毎月の恒例行事としてすっかり受け入れている。そして、龍化の際に落ちる鱗が高値で売れる事も承知だ。
「待たずとも、俺の鱗を剥がして売れば何とかなる」
蒼龍は衣服の首元から手を突っ込み、何やらもぞもぞと動かす。ややあってその手を取り出した。手には一枚の鱗。しかもちょっと血が付いている。
「うわっ!何やってんだてめぇ!?」
「やめてよ痛くないの!?」
アンバーとアオイは剥がされたてほやほやの鱗を見てドン引きだ。蒼龍は平然としている。
「爪と同じ感覚だ。痛くはない」
「いや充分痛えよ!」
アンバーは思わず鳥肌を立てた。
「あのさあ…例え爪と同じだったとしても、そこから細菌が入って化膿したりしたら大変なのは分かるでしょ?」
「今まで大事に至った事はない」
「そういう問題じゃなくて!」
相変わらず表情筋の乏しい顔で答える蒼龍の態度に、アオイは頭を抱えた。
「一人の時は、金が足りなくなったらこうして鱗を売っていたんだが」
蒼龍は何が良くないのか分からない、といった様子だ。
その言葉を聞き紅は立ち上がると、鱗を持つ蒼龍の手をぺちん、と叩く。
「蒼龍、めっ!」
「…だが路銀が」
蒼龍の言葉に少し腹を立てている様子で、紅は蒼龍の胸元に指を突きつける。
「四人いるんだから、みんなで働くの!」
アンバーはすっかり空になったジョッキをテーブルに置くと、大きく背伸びをした。アオイも膝に掛けていたクロスを取る。
「よっしゃ。午後は全員働いて当面の路銀を稼ぐぞ」
「賛成。みんなそれぞれ依頼を見つけて報酬を貰ってくる事」
紅は腕を組み、よし、と頷くと、蒼龍に向かって微笑んだ。
「今は一人じゃないんだし、蒼龍一人が頑張らなくていいんだよ」
「…そうだったな」
蒼龍は三人の顔を見て、少し照れた様子で呟いた。
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この世界で依頼を探すのは難しい事ではない。その街の一番大きな酒場の前に掲示板があり、大小問わず様々な依頼が貼ってある。その中から自分の身の丈に合った依頼を選び、剥がして依頼主の所へ持っていけば良い。
蒼龍は何枚か依頼書を纏めて剥がし、依頼主の所へと赴く。依頼元は全て同じ、街の職人達が集まる詰所の棟梁だ。
「…で、あんたこの依頼を全部、午後いっぱいで片付けてくれると?」
「ああ」
棟梁は胡散臭い目を向ける。依頼の内容は、石橋の補修、石垣の修繕、伸び過ぎた大木の処理、などなど、とても一人で抱え込める量ではない。タチの悪い冷やかしと訝しむが、本人は至って真顔。ふざけている訳ではなさそうだ。
「とりあえず、石橋の補修からやってもらおうか」
人手が足りていないのは事実、出来るだけやってもらうしかない。棟梁は溜息を吐いた。
棟梁に連れて来られたのは、用水路に掛かる石橋。あちこちがひび割れていつ崩落してもおかしくない状態だ。職人達が、割れてしまったところを粘土質の材で埋める作業している。
「石材が足りないから、材料を足す事なく直したいんだが」
「分かった」
蒼龍は返事をすると、作業している職人達を退かせ、橋の袂に両手を付く。怪訝な顔をする職人達を他所に、蒼龍は仙術――土遁を解放する!
「敕!」
蒼龍の両手が光ったかと思うと、石橋は一瞬宙に浮きバラバラになり、まるでパズルのように再び組み上がっていく!ひびが入ったり欠けたりした部分は肉が盛り上がるように閉じていき、石材が足りない所は新たな石材が自然と生まれる。あっという間に、新しく立派な石橋が誕生した。その間、僅か五分足らず。
「……はえ?」
職人達は呆然とその光景を見つめていた。新しい石橋は、欄干に擬宝珠が付いていたりと何故かオリエンタルな雰囲気が漂うが、造りは以前よりずっと頑丈そうだ。
「問題ないか」
蒼龍は立ち上がると手を払い、棟梁へと向き直る。呆気に取られていた棟梁は、慌てて意識を戻す。
「……あ、ああ!全く問題ない!いやむしろ充分過ぎるくらいですありがとうございます!!」
「そうか。では次の作業場へ案内してくれ」
「は、はい!よろしくお願いいたします!!」
棟梁は平身低頭で、蒼龍を次の現場へご案内した。
日が暮れる頃、蒼龍は通常なら一年掛かってもおかしくない量の土木作業を一人で、僅か四時間足らずで片付けてしまった。
「いや本当にありがとうございました!道士様のお陰です!」
棟梁以下職人達は、蒼龍に向かって丁寧に頭を下げる。蒼龍は報酬として作業代を全て渡されるが、その中の半分を袋から出し、棟梁の机上に置く。
「あの、これは…」
「手数料だ。俺が全部持って行ってしまっては、職人達の生活が困るだろう」
「……!!」
職人達は感動の余り、思わず涙を流す。
「何てお方だ…!」
「もはや道士様じゃねえ、仏様だ…!」
蒼龍は職人達の盛大な感謝の意に見送られ、詰所を後にする。報酬は半分置いてきたものの、充分過ぎる額が手元に残った。
「これで当面は安泰だな」
何よりも、誰かに感謝される事が少し嬉しい。宿へと向かう蒼龍の足取りは、心なしか軽かった。




