収穫祭・後
紅とアオイは二人で屋台と露店を巡っていた。アオイが薬草の値引き交渉をしている横で、紅は大量に買い込んだ両手一杯の焼き鳥、焼き魚、焼きとうもろこし、焼き芋と、次々と口に放り込んでいく。
「本当によく食べるよね」
値引き交渉が成立した薬草を包んで貰いながら、アオイは呆れた様子で紅を見た。
「ほうはな?ひんふぁほのふらひはへへふんひゃはいほ?」*
「ごめん何言ってるか分からない」
口の中一杯に頬張った状態では何も聞き取れない。紅に対してアオイはツッコミを入れた。
アオイはさりげなく、行き交う人々の会話に耳を傾ける。
収穫祭だから、村人以外にも行商人や傭兵、旅芸人など、多くの人々が訪れている。故に、情報も自然と集まって来る。
「…今年は豊作だから景気が良くて…」
「…旅の劇団のあの演目が評判で…」
「…国境沿いで魔物がたくさん発生していて…」
「…北の要塞都市で物騒な事が…」
「アオイ!」
突然名前を呼ばれ、アオイは意識を戻す。目の前に紅の顔があり、驚いて思わず距離を取る。
「次あっちにあるりんご飴食べたい!行こう!」
紅が両手に抱えていたはずの食べ物は、いつの間にか綺麗さっぱりなくなっていた。アオイの腕を取り、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「ちょ、ちょっと待って」
アオイは露店のおばちゃんから、慌てて薬草を受け取る。おばちゃんは笑って尋ねてきた。
「可愛いねえ。彼女かい?」
「違います」
即答するアオイだが、その耳は僅かに赤らんでいた。
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村の中央広場では、競技ポーカー大会が行われていた。掛け金に加えて、優勝商品としてローゼリア産の最高級蒸留酒が用意されている。
「面白そう!やりたい!」
「ルールとか知ってるの?」
「知らない!」
勢いだけは良い紅にアオイは苦笑すると、ディーラーに二人分の参加費を払い、チップを貰う。
「とりあえず、やってみようか」
一応簡潔にルールを教えたものの、紅は全く分かった様子を見せない。これでは即飛ぶに決まっている。
それでも、アオイは高を括っていた。自分には暗殺者としての観察眼がある。参加者の癖、視線、指先の動きを次々と記憶すると、それを逆手に取り、相手にスロープレイとブラフを使ってじわじわと追い込み、フォールドさせる。その場を支配する事など簡単だ。
二人分の参加費くらい、自分一人で簡単に取り戻せる。
しかし。
「ストレート!」
「フラッシュ!!」
「フルハウス!!!」
紅はとんでもない確率で役を成立させていく。更に、常に満面の笑みで勝負に挑んでいく姿が勝手にブラフとして機能しているのか、その笑顔に恐怖を感じた相手が続々とフォールドしていく。
何も考えていないが故の強さ。いつの間にか、紅は無自覚の内にその場を掌握していた。
最終的に残ったのは、紅とアオイ、そして流しのギャンブラー。アオイはギャンブラーの鋭い目を見て、只者ではないと悟る。
(これは心理戦はなかなか通用しない…さて、どうやって持っていこうか)
期待値、確率、ありとあらゆる可能性を計算して、いざ勝負に挑む!
勝負は一瞬でついた。
「嘘……」
アオイは絶句する。ギャンブラーも呆気に取られて言葉を失っている。ディーラーはじめ、観客も皆、信じられないものを見るように静まり返った。
ディーラーが捲った場札には、ハートの2、クラブの7、スペードの10、スペードのジャック、スペードのキング。
そして、紅の手元には、スペードのクィーンと、同じくスペードのエース。
「ロイヤルストレートフラッシュ……」
アオイは絞り出すように声を出した。瞬間、会場は目の前の奇跡に沸いた!
「すげえ!!」
「本物だ!!」
「初めて見たぞ!!」
周りの熱狂具合に、紅はきょとんとしている。
「これってそんなにすごい事なの?」
「すごいも何も、ポーカーで一番強い役だよ…」
紅の強さは天然や無知だけではない、その圧倒的な強運にあったのだ。
傍らで項垂れていたギャンブラーがアオイを見る。
「君が強いのは雰囲気で分かる。しかし彼女は一体何なんだ?」
「僕にも説明が付かない。いや…」
アオイは片眼鏡を押し上げて、観念したように笑った。
「天然と強運に、そもそも作戦や理論は通用しないんだと思う」
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夕日が山の間へ消えていき、空は茜色から濃紺の美しいグラデーションに彩られる。村の至るところでランタンが灯され、収穫祭は幻想的な時間を迎えていた。
アンバーは喧騒から離れ村の片隅に腰を下ろし、屋台で買ったビール瓶を煽っている。既に三本目だ。遠くに村人達の笑い声が聞こえる。
ふと、七回目の人生――商人貴族だった頃を思い出す。
常に戦いと隣り合わせだった他の人生と違い、戦いを知らずに過ごした日々。町の収穫祭にも積極的に関わり、毎年盛大に催していた。祭りの最後には必ず夜空に花火を打ち上げ、妻と幼い息子と三人で見上げる。目を閉じれば今でも鮮明に蘇る、愛する二人の笑顔。
今はもう、二度と見る事は叶わない。
冷えた空気がざあっと吹き、アンバーの頬を撫でる。橙色の癖毛が風に揺れ、寂しげな目元を隠した。
「アンバー!!」
遠くから呼ぶ声に、アンバーは現実へと引き戻される。呼ばれた方に顔を上げると、紅が右手を振って駆け寄ってきた。左手には大きな酒瓶を抱えている。その後ろには米俵を担いだ蒼龍、そして何やら色々買い込んだものを、袋いっぱい両手にぶら下げたアオイの姿。
「やっと見つけた!こんな所で何してるの?」
「酒飲んでた。お前らその荷物どうした?」
「ポーカーやったら何か優勝して、高いお酒貰っちゃった!」
紅は嬉しそうに酒瓶をアンバーに渡す。
「腕相撲とやらで優勝して米俵を貰った」
「僕は普通に必要なものを買い物しただけなのに、こんな量になっちゃった」
皆それぞれに祭りを楽しんでいた様子で、顔が綻んでいた。アンバーは三人の表情に、かつての家族の姿を重ねる。
「まあ…今も悪くねえな」
三人に聞こえない声で、アンバーはぼそり、と呟き、金色の目を優しげに細めた。
いつの間にか日が沈み、暗くなった空が再びぱあっと明るくなる。次いで響き渡る、大きな音。収穫祭のクライマックス、花火大会だ。
「わあっ…!」
「綺麗だ」
「うん…そうだね」
「派手でいいな」
四人は夜空を見上げる。次々と打ち上がる花火は、夜空に大輪の花を咲かせ続けた。
*訳:そうかな?みんなこのくらい食べれるんじゃないの?




