収穫祭・前
広大なローゼリア王国の北の外れにある小さな農村。
紅達四人がその村を訪れた時、豊かな実りに感謝する収穫祭が盛大に行われていた。美味しそうな匂いを漂わせる屋台や珍しい品を扱う露店がひしめき合うように並び、そこら中で催し物が行われて人々の歓声が上がっている。民族衣装を着た村人達が踊り、歌い、そして笑う。
「うわあ…!」
紅は感嘆の声を上げた。炎帯人の集落でも祭りと称するものはあったが、荘厳な、どちらかというと堅苦しい行事だった。こんなに賑やかな、明るい騒がしさに満ちた祭りは知らない。
「祭りってのは無条件で楽しいもんだよな」
アンバーが屋台を見渡しながら言った。
「ねえ、今日は一日ここで過ごそうよ!私もお祭り楽しみたい!」
紅は目を輝かせている。蒼龍は懐から財布を取り出すと、幾らかの金銭を紅に渡す。いわゆる「お小遣い」だ。
「楽しんで来い。ただし無駄遣いするな」
「やった!」
まるで親子のやり取り。アオイは若干呆れた顔で言った。
「蒼龍って本当にオカンなんだね」
「どういう意味だ」
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屋台を冷やかし半分に覗き込みながら、アンバーは祭りの喧騒の中をぶらぶらと歩いていた。
ふと目に留まったのは射的屋。村の子供達がなけなしのお小遣いで奮闘しているが、全く当たらない。その様子を、テキ屋の兄ちゃんがニヤニヤしながら見ている。恐らく何か細工をして、ぼったくり行為をしているようだ。
「感心しねえなあ」
アンバーは顎をさすりながら、ニヤリ、と笑った。子供達とテキ屋の間に割って入る。
「順番抜かすなよ!」
子供達の抗議の声を無視し、アンバーはテキ屋に金を払う。
「的の数だけの弾を頼む」
「まいどあり」
テキ屋は悪どい顔で笑うと、アンバーにコルク銃を手渡した。コルク銃の照準は予め意図的にずらしてある。更に的の景品は飛ばないよう、細い釘で台座に固定してあった。要するに、どう頑張っても景品は取れない。
(この兄ちゃんもムキになりやすそうだからな…いいカモが来たぜ)
テキ屋はコルクを込めるアンバーを見ながら、この男がどれだけ金を落としていくかを想像して頬をだらしなく緩めた。
アンバーはおもむろにコルク銃を片手で構えると、景品の根元――細い釘を狙って発射する!コルクが細い釘を弾き飛ばし、景品が綺麗に吹っ飛んだ!
「……は?」
テキ屋は唖然とした表情で固まる。アンバーは何事もなかったかのように次の弾を込め、再び的を狙う。コルク銃の軽い発砲音と共に、次の景品もあっけなく弾き飛ばされた!
「すっげー!」
「お兄ちゃんかっけえ!」
子供達は目をきらきら輝かせて見守る。アンバーはどんどん当てていき、コルク弾が尽きる頃には台座から景品が綺麗に消えた。
「ま、こんなモンか」
呆然として動かないテキ屋の肩をぽん、と叩くと、飛ばされた景品を拾い上げ、子供達に渡す。
「そら、持ってけ」
「わーい!!」
「お兄ちゃんありがとう!」
子供達は大喜びだ。アンバーは子供達の笑顔につられて破顔した。
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「ちょっとそこの兄ちゃん!」
露店に並ぶ保存食の品定めをしていた蒼龍は、後ろから声を掛けられる。振り向くと、なかなか良い体格をした若者が立っていた。若者は蒼龍の身体をしげしげと眺めている。
「あんた見たところ力が強そうだが」
「弱くはない」
「そうか!いや実は今から腕相撲大会があるんだが、トーナメント戦の参加者が一人足りなくて困ってるんだ。あんた参加してくれないかい?優勝者には米一俵が」
「参加する」
無愛想を顔に貼り付けた蒼龍が、表情一つ変えず食い気味に答える。意外な反応に若者は戸惑いつつも、蒼龍を会場へと連れて行った。
腕相撲大会の会場は、筋肉で溢れていた。村一番の力持ち、傭兵、鍛冶屋、モンク僧、そして熊のように巨大な身体を持つ男、などなど。どの男もむさ苦しい顔をし、己の力を誇示するよう、腕を捲り上腕筋を見せつけている。そんな中で唯一、身体こそ大きいもののしっかりと道着を着込み、どことなく気品を感じさせる顔立ちの蒼龍は、明らかに浮いていた。
最初の対戦相手は筋骨隆々の旅の傭兵。無言で手を出してくる蒼龍を格下と見ているのか、笑いながら言う。
「あんた、怪我する前に棄権した方がいいんじゃないか?」
「問題ない」
「そうかよ」
傭兵はやれやれ、といった風に手を出し、お互いに組み合う。その上から審判の村人が手を重ねる。
「レディ、ゴー!」
審判の掛け声と共に、傭兵は一気に勝負を付けようと腕に力を込める!……が、びくともしない。
「え?」
傭兵は思わず蒼龍を見るが、相手は微動だにしない。傭兵は顔を真っ赤にして躍起になるが、蒼龍はどこ吹く風だ。それどころか本当にぴくりとも動かない。まさか、と思った審判が蒼龍に声を掛ける。
「…あの、相手の腕を台に倒した方が勝ちなんですけど」
「そうか」
ルールが分かっていなかった蒼龍は、その言葉を聞いた瞬間、傭兵の腕を台目掛けて押し倒す!傭兵は気の抜けた声と共に、台に突っ伏した。観客だけでなく、他の参加者も思わず沈黙する。
蒼龍は表情一つ変えずに言った。
「それで、米俵まではあと何回勝てばいい?」
その後も順調に相手を瞬殺していった蒼龍、最後の相手は蒼龍より一回り大きい、熊のような大男だった。顔には相手を完膚なまでに叩き潰そうという狂気を浮かべている。
お互い手を組み合い、その上に審判が手を乗せる。観客も負けた参加者も、皆固唾を飲んで見守る。
「それでは…レディ、ゴー!!」
掛け声と共に、大男の腕が盛り上がり、血管が浮き出る!組み合った手が一瞬傾ぎ、蒼龍の眉がぴくり、と動く。大男はにやり、と笑い、蒼龍の腕を倒そうと、折れんばかりの圧を掛ける!
――が、蒼龍の腕がいとも容易く大男の腕を台へと沈めた!衝撃で台は砕け散り、大男は身体ごとそのまま地面へ押し倒された!
「!!?」
声にならない悲鳴を上げて、大男は昏倒した。
「……ゆ、優勝は楊蒼龍!!」
周囲から歓声とどよめきが起こる。蒼龍は優勝商品の米俵を受け取り、ひょいと肩に担ぎ上げるとさっさと会場を後にした。賑やかな場は何となく苦手だ。
「食費が浮いた」
その顔は少し嬉しそうだった。




