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魂喰いはどうやらあまり攻撃力はないらしく、こちらに何かを仕掛けて来る様子はない。しかし、ひたすら翅を揺すり続け、鱗粉は部屋中に充満し視界が霞むほどの濃度になる。うっかり近付こうものなら一瞬で気を失う事は明白だ。
「これ以上はオレらが持たねえな…さっさと片付けるぞ」
アンバーはジュストコールの裏から、弾頭にガーデンクォーツを仕込んだ魔弾を六発取り出し、次々と手際よく装填する。展開していたシリンダーを親指で弾くと、パチン、と軽い音を立て、銃身に戻した。
「アオイ、ワイヤーをありったけ部屋中に張り巡らせろ!」
「…分かった!」
アンバーの意図を汲み取り、アオイは白衣の内側、背中に仕込んでいるワイヤーを引き出す。素早く先端に分銅を括り付けると器用に投げ、柱や梁に引っ掛けていく。あっという間に、魂喰いを取り囲むように蜘蛛の巣状のワイヤーの網が出来上がった。
「蒼龍も用意しとけよ!」
「ああ」
蒼龍も心得た様子で頷くと、懐から符を取り出し印を組む。
「私は!?」
「嬢ちゃんは炎起こしてすぐ踏み込めるように準備しとけ!」
紅は訳も分からず、しかし刀を下段脇に構えて、いつでも飛び出せる状態を作った。
アンバーは撃鉄を起こし、照準を合わせる。狙いは方々に張り巡らされたワイヤー、流れるように六弾全てを解き放った!ワイヤーに着弾した弾頭は眩い光を放ち、そこから電流が絡み付いていく!ワイヤーで形作られた蜘蛛の巣は雷の力を帯び、パチパチと音を立て巨大な電気網へと変貌する!
すると鱗粉が、電流に引き寄せられてワイヤーに吸い付いていった!視界が霞むほどの鱗粉はワイヤーに吸着され、ワイヤーはみるみると太くなり、その重みにしなる。あっという間に、大広間の空間に虹色の蜘蛛の巣が出来上がった。
そこへ印を組み終えた蒼龍が、符を中空に放り投げて気合いと共に仙術を解放する!
「敕!」
符より力強い水流が生まれ、ワイヤーを飲み込んでいく!鱗粉は濡れて固まり、ワイヤーは遂にその重みに耐えられず、水飛沫と共に千切れて地面へと落ちた!室内の鱗粉は全て消え、視界が一気にクリアになった。
「鱗粉がいくら細けえからって、小麦粉と同じように静電気で集めて濡らしちまえば一網打尽だ」
アンバーはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。
その隙を逃さず、紅は刀を強く握り一気に炎を噴出させると、魂喰いに向かって斬り掛かる!魂喰いは焦りに顔を顰め、再び鱗粉を巻き起こそうと翅を振るうが、紅の神速の踏み込みがその動きに勝った!
「はああっ!」
下段より炎の刃が魂喰い目掛けて襲い掛かる!魂喰いは胴体を斜め真っ二つに薙ぎ払われ、断末魔の叫びと共に灰燼と化し、大広間の中空へ舞い散った!
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灰が床の水溜まりへと降り積もり鱗粉と混じり合い、そこから紅花翁草が花開く。
すると、古城がまるで心臓の鼓動のように一跳ねし、続けて大きく揺れ動く!ひびが入った柱はいとも簡単に倒れ、天井の骨組みのみのシャンデリアが床に落ち、水溜まりの飛沫が跳ねる。壁の漆喰はボロボロと剥がれ落ち、大きな亀裂が次々と入っていく。
「古城が…崩れる!」
アオイが叫ぶ!蒼龍は倒れた大理石の柱に手を当てると、土遁を繰り出した!
「脱出するぞ」
蒼龍は両脇に紅とアオイを抱えて土遁に飛び乗る。続けてアンバーが蒼龍の背中を掴んで土遁に乗った事を確認すると、振動で割れた天窓へ昇るべく、床から浮き上がった。
直後、大広間の床が大きな音を立てて崩れ落ちる。抜けた階下に見えるのは、エントランスホール、図書室、廊下、そして厨房――炎帯人の絵、龍と姫とその子供の絵本、エメラルドの原石、そして古びた茶缶。
全てが、崩れゆく古城と共に消えていく。
「……」
四人は無言で眼下の光景を見つめながら、天窓より城外へと脱出する!同時に、古城は砂のようにざあっと一気に崩れ、跡形もなく消滅した。
地上に降り立った四人は、もはやすっかり消えてしまった、古城があった場所を眺める。風が吹き、草原と湖面を静かに撫でるばかり。
「…お城、なくなっちゃったね」
「古城全体が魂喰いの一部だったのだろう。本体を失い、形を維持出来なくなった」
「そっか」
蒼龍の見解に、紅は少し名残惜しそうに呟いた。
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町へ戻った四人は、治癒師の夫婦より「眠り姫」達が続々と目を覚ました事、ローゼリア王より登城の命が下っている事を聞いた。謁見すると、この度の働きを評価され、莫大な報奨金を賜った。
思いがけない収入にホクホク顔の四人は、そのまますっかりお馴染みになった食堂へと入る。四人が入店した瞬間、店内に走る緊張感。
「来たぞ」
「食材と仕込みの在庫は確認してあるか?」
「大丈夫だ」
店主、料理人、ウェイターはお互い目配せする。準備万端だ。
「すみませーん!」
紅が注文を始めようと合図を送る。店主とウェイターが四人のテーブルへ走り、料理人達がそれぞれの調理器具を強く握り締める。
闘いの火蓋は、今切って落とされた!
「しかし妙な魔物だったな」
アンバーはビールジョッキを片手にソーセージを頬張りながら言う。次のソーセージにフォークを刺そうとすると、タッチの差で紅に掻っ攫われる。ジト目で睨むアンバーを気にする事なく、紅はソーセージを口に運んだ。
「不思議だよね、町の人達みんな古城の事覚えてないんだもん」
「それも含めて『魂喰い』だったんだろうね。実のところ、町全体が魔物の幻覚に陥ってた」
アオイは丁寧な所作でプレッツェルを食べる。さりげなくもう五個目だ。
「魂喰いは、その者の記憶の片鱗を見せると云われる。恐らく古城自体、過ぎ去った時代を懐かしむ、町民達の想いの集合体だったのだろう」
蒼龍はニジマスのムニエルの骨を器用に取り除きながら言う。
「『眠り姫』達が微笑みながら眠っていたのも、本人達が過去の幸せだった頃の夢を見ていたから、かもしれん」
「眠り姫」達は、目覚めた事を素直に喜びつつも、どこか哀愁を帯びた表情をしていたという。恐らく、過ぎ去りし日々の柔らかな思い出に永遠に浸っていたい気持ちがあったのだろう。アンバーはビールをごくり、と煽る。
「…まあ、憧憬に浸ったとしても、その時は二度と戻って来ねえけどな」
細められる金色の目。その表情は、どこか感傷的に見えた。
紅はソーセージをひたすら口に放り込みながら、さらりと言う。
「昔の思い出も良いけど、今生きてる事の方が大切だと思うんだけどね。私は今、こうしてみんなと一緒にご飯食べてる瞬間の方が好きだな」
その言葉に、三人は紅を見る。紅は頬いっぱいに食べ物を詰めながら、屈託のない笑顔を浮かべていた。
「…ああ、そうだな」
蒼龍は口角を僅かに上げ、アオイは微笑み、アンバーは目尻を下げた。
しかし、四人は自分達が忘れている事に気付いていない。
絵画、絵本、置物、茶缶。
本人達すら知らない、自らの奥底に眠った「記憶」から生み出された片鱗――古城の中に置いてあったもの。もう二度と、思い出す事はない。
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紅達がローゼリア王国で舌鼓を打っている頃、遠く離れた伊勢国にある緋夕家では、夜闇に紛れて卓と臙脂が、本家の長老以外が立ち入る事を禁じられている書架を漁っていた。
「アンタ、アタシに付き合う必要なんてないのに。見付かったら大目玉よ。それでなくても、紅ちゃんの一件で散々絞られてるでしょ」
「もうたっぷり絞られ尽くされてるんで今更です」
悟り切った臙脂の声色に、卓は思わずくすり、と笑った。
卓と臙脂の目的は、緋夕家の歴代当主の記録。一千年分という膨大な量に加えて、何故か不自然な空白があったりするが、大半はきちんと時代順に整理されている。その中から当主の肖像画を抜き出し、並べていく。
紅へと代替わりする前の当主は、全部で十九人。
「これは……」
臙脂は思わず絶句する。卓は震える手で口元を押さえた。
「何よこれ……」
そして、何度も何度も並べられた肖像画を見返す。
「どうして…紅ちゃんと全く同じ顔した子が何人も居るのよ……」




