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四人は古城の中を進む。小ぢんまりとした外観の通り、内部も入り組む事なく、あっという間に二階に位置する、最後の部屋である大広間へと辿り着いた。
すっかり塗装の剥げた両開きの扉を開いた瞬間、乾いた空気と共に埃のような粉塵が舞い上がる。天窓から光の柱が差す一方、高い天井を支える幾本もの大理石の柱にはひびが入り崩れ、柱頭にはもはやどんな彫刻が施されていたかも判らない。天井からぶら下がる数々のシャンデリアも、水晶飾りは砕け散って原型を留めず、ただ枝だけが骸骨のように残る。壁や天井には、恐らくローゼリア王国の建国神話を描いたフレスコ画があったのだろう、天窓の光も当たらずよく見えないが、天井の一番高いところに描かれた美しい女神らしきものを残す以外は大部分が剥げ落ち、かろうじてその片鱗のみが窺える。
紅は部屋の中央まで来ると、身体をねじり、部屋の中をぐるりと見回した。
「何もないね」
何もないどころか、四人以外は、生命の気配すらない。ただ荒涼とした部屋がそこに広がるだけ。
「これ以上ここに居る必要はなさそうだね。町へ帰ろう」
アオイは片眼鏡を掛け直すと、踵を返し部屋から出て行こうとする。扉の手前で一旦立ち止まると、思い出したように呟いた。
「…でも、廊下にあったあれだけもう一度見てから帰ろうかな」
「そんならオレも厨房に寄りたい」
「俺は図書室だ」
「私はエントランスのところの絵を見れたらいいや!」
アオイの言葉に、アンバー、蒼龍、紅も続く。
「あの絵綺麗だったよね!ずっと見てられそう」
「絵なんてどれも傷んでたじゃない。綺麗だったのはエメラルドの置物だよ。ちょっと気分悪くなるけど」
「そんなもんどこに置いてたか?それよりも厨房の茶缶、懐かし過ぎて涙出そうだったぜ。出来れば持って帰りてえ」
「茶缶など覚えていないが、龍の子供の絵本が気になる」
「絵本って何?蒼龍どこでそんなの見たの?」
四人の堂々巡りの会話が、大広間に虚しく響いた。
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「…………」
ひとしきり喋った後、四人はふと我に返り、顔を見合わせる。
「…オレら、何でこんな話してんだ?そもそも何の為に古城に来たんだ?」
アンバーが三人の顔を順に見ながら、ぼそりと言う。
「『眠り姫』のおじさん達が古城で休憩してたから、何か原因が分かるんじゃないって」
「その原因が魔物かもしれない、古城に潜んでいる可能性があるからここへ来たはずだ」
紅が確認するように言うと、蒼龍が言葉を継ぐ。アオイが頷いた。
「いつの間にか目的を忘れてた。この古城、どうして僕らがそれぞれ気になるものが、都合良くこれ見よがしに置いてあったんだろう。それに…」
一旦言葉を切り、アオイはすん、と鼻を鳴らし、空気の匂いを確認する。粉塵に混じって漂う匂い――チョコレートに似た甘い香り。アオイはさっと顔色を変えた。
「この匂い…どうして気付かなかったんだ…『眠り姫』達の呼気と一緒……!」
瞬間、大広間の扉が大きな音を立てて勢いよく閉じ、閂が降りる音が響く!
「え!?」
アオイが慌てて目の前の扉を引く。紅も駆け寄って一緒に扉を引くが、もはやびくともしない。
「何で…私達以外、誰もいないはずなのに!」
「いや」
蒼龍が周囲に隙なく目を配る。床、壁、柱、そして天井――光の届かぬ一番高いところに描かれた女神のフレスコ画が、一瞬ぬるり、と歪む。
「そこか!!」
アンバーが腰から銃を抜き、天井目掛けて発砲する!魔弾が氷の軌跡を描きながらフレスコ画に襲い掛かるが、すんでの所で避けられる!魔弾は虚しく天井に喰い込み、凍り付いた。
フレスコ画から抜け出した女神――いや、女の形をしたものは、大広間の中空に浮いていた。
頭と上半身は人間の女性そのもの。しかし頭部には羽毛のような触覚が生え、腹から下は昆虫のように膨れ、ビロードのような鱗毛に覆われている。人の形をした腕の他に、胸部から生える四本の長い節足。背中には巨大な、蛾のような毒々しい模様を持つ翅が四枚、虹色に揺らめく、甘い香りの鱗粉を振り撒きながらゆっくりと羽ばたいている。
「魂喰いか。相手を眠らせ、口付けによって生命力を徐々に吸い取っていく」
蒼龍は魔物を睨みながら、自身の道着の裾を次々と裂き、三人に渡す。最後に自分の口元を覆った。懐から符を取り出す。素早く印を組み、「敕!」と短い気合いと共に木遁――風を巻き起こす!風に巻かれ、鱗粉が大広間の奥に押しやられる。
「鱗粉を吸うな。肺を侵されたら『眠り姫』達みたいに眠らされるぞ」
「分かった!」
紅は一つ返事をすると、抜刀し炎を纏わせる!
紅が床を蹴って飛び上がり、魂喰い目掛けて斬り掛かろうとしたその時、床に落ちていた鱗粉がふわり、と微かに舞い上がる。
「…まずい!」
何かに気付いたアオイが、焦った声で叫ぶ!
同時に、紅の刀の炎の軌跡を描くように、空間に火花が散る!
「!?」
紅が驚きに目を見開いた瞬間、空気中に炎が燃え移り――爆発を起こした!
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間一髪、アオイのワイヤーに引っ張られ、紅は爆発から逃れる。そのまま尻餅をつく形で床に引き下ろされた。
「紅!大丈夫!?」
「アオイごめん!ありがとう!」
アオイが紅に駆け寄る。紅は自分の腕に巻き付いたワイヤーを急いで取ると、アオイに渡した。
「でも、どうして空気が?」
「この部屋に舞っていた粉塵、あれは鱗粉だったんだ。今は扉が閉じてしまって、この部屋はほぼ密閉されている。こういう状況だと、可燃性の高い鱗粉は粉塵爆発を起こしかねない。君の炎はただでさえ火力が強いし」
「うわぁん…」
紅は、ほぼ役立たずになってしまった己を呪う。
「風で押し切るのは逆効果って訳か…蒼龍、水の術で鱗粉を床に落とす事は出来るか?」
「水圧で捉えられない分が舞い散るから、一気に全ては難しい。せめて、ある程度鱗粉を纏める事が出来ればいいが」
アンバーの提案に、蒼龍は渋い顔で答えた。
魂喰いは、そんな四人の様子を嘲笑うかのように、にたり、と口を笑みの形に歪めると、翅を揺すり更に鱗粉を撒き散らす!甘い匂いが更に濃くなり、口元の覆う布では防ぎきれなくなっていく!
「まずい、このままだと…!」
四人共「眠り姫」になる…!アオイが咳き込みながら声を絞り出す。
「このままずっと寝るのは嫌!ローゼリアのパン美味しかったからもう一回食べに行こうと思ってたのに!」
紅が食い意地の張った泣き言を漏らした。
「それだ!」
何か閃いたように、突然アンバーが叫ぶ!三人はアンバーの方を向いた。
「嬢ちゃんお手柄だせ、町でちゃっかり役に立つ情報を手に入れてたじゃねえか!」




