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件の古城は、ローゼリア王国の湖畔にひっそりと佇んでいた。王国のシンボルである華やかな白亜の城とは対照的に、ロマネスク様式の四角い塔を持つ古城は小ぢんまりとしながらも重苦しい。崩れかけた城門を潜り、四人は城の前に立つ。苔むした赤茶色の石壁は陰鬱な雰囲気を漂わせ、もう何十年、何百年と人が住んでいないのだろう、手入れがされておらず色々な所で崩落を起こしていた。
「何か暗いお城だね」
紅が古城を見上げる。近くで見ると、その重厚感がより強く、えもいわれぬ雰囲気が漂う。
「…中に入ろう」
アオイが言うと、三人は頷く。蒼龍が入り口の朽ちかけた両扉を押す。扉は軋んだ音を立てながら、ゆっくりと開いた。
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入城すると、エントランスホールが目の前に広がる。小さな天窓から入ってくる日差し以外光はなく、薄暗い。床のタイルは割れ、穴だらけだ。至るところに朽ちた調度品が転がっている。動く度に埃が舞い、四人は思わず咳き込んだ。
「何かこの埃、変な匂いする…」
「古城の中だからかびてんだろ」
紅が顔を顰め、アンバーは手で空気を払った。
ホールの壁には恐らく今までの城主であろう、数多くの肖像画が掛けてあった。額縁には埃が厚く被さり、どれも大小様々なクラクリュールが入り絵具が剥げ、ワニスが変色し色褪せてしまっている。
その中に一際大きく、ほとんど劣化の見られない全身画が一枚、小窓から刺す光に照らされていた。絵の中の人物は、周囲の城主とは趣が異なっていた。燃えるように赤い髪に真っ赤な瞳、緋色の鮮やかな羽織を纏い、手には意匠の美しい刀を携えている。その顔には、不敵ながらどこか優しさを湛えた笑みを浮かべている。
「炎帯人の絵か」
アンバーが感心したように絵を見上げる。蒼龍もアオイも、その絵の壮麗さに思わず瞠目し、しばし眺める。
「…綺麗な絵だね」
紅は零れそうなくらい目を大きく見開く。その絵から目が離せない。
描かれた女性は、どこかしら紅と似ている。
しかし何故か誰も、紅自身すらそれに気付く事はない。
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次の間は図書室だった。床から天井まで壁一面が書架になっていて、本でぎっしりと詰め尽くされている。しかしどの本も埃を被り、背表紙は褪せ題名の文字すら判別出来ない。
ふと、一冊だけ題字が鮮明なものが目に留まる。蒼龍は背表紙に手を掛け、書架より引き出した。表紙には龍と人間の姫、そして二人の子供らしき幼児の絵が描いてある。どうやら古い絵本のようだ。
「蒼龍読んで!」
「今か」
紅が子供のように蒼龍にねだる。蒼龍は若干呆れたように溜息を一つ吐くと、部屋の隅にあった、座面が所々裂けているカウチに腰掛けた。両隣から紅とアオイが、背もたれ側に回り込み寄り掛かったアンバーが蒼龍の膝の上に置かれた絵本を覗き込む。蒼龍は、いつもの落ち着いた低い声で読み始めた。
――むかしむかし、あるところに龍の王子さまと人間のお姫さまがいました。森の中で出会った二人は仲良くなり、やがて恋に落ちました。
龍と人間の恋は許されません。二人は逃げて逃げて、山奥の小さな小屋で暮らしはじめます。やがて二人の間にはかわいい子どもが生まれ、三人で静かに幸せに暮らしていました。
しかしある日、怒った龍の王さまがあらわれて、王子さまを自分の国へ連れ戻してしまいました。お姫さまは悲しみのあまり、死んでしまいました。
一人ぼっちになった子どもは、泣いて泣いて、やがて龍となってお空へ飛んでいきました。――
「……は?」
絶句するアンバー。
「可哀想」
絵本を睨みつける紅。
「救いようがない」
アオイも不満げな顔をしている。
「童話は時として残酷なものだ」
蒼龍は絵本を閉じると立ち上がり、腰を下ろしていた場所に置いた。
「龍と人間の子か……さぞかし孤独だっただろう」
蒼龍はぼそり、と呟き、表紙に描かれた子供の絵を見た。
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真っ暗な長い廊下を、蒼龍の火遁による灯を頼りに進む。床にはぼろぼろに破けている絨毯が敷かれ、両脇には等間隔に台座があり、その上には様々な調度品が置かれているが、どれも割れてしまい原型を留めていない。
アオイは、その中で一つだけ、まるで最近置かれたような調度品がある事に気付く。それはどうやら原石の置物のようだった。蒼龍が火遁で照らすと、白色に濁った水晶の間から美しい緑色の光がきらきらと輝き、周囲の壁に光の紋様を描く。
「綺麗!」
「エメラルドの原石か」
感嘆する紅。アンバーはその大きさに、驚いた様子で原石を覗き込む。アオイは原石を冷めた目で見つめ、眉は少しだけ歪められているが、その表情は暗がりに紛れて誰にも気付かれる事はない。
アオイは静かに白衣のポケットに手を入れ、中にある依頼書に触れる。最近、四人で過ごす時間がどことなくくすぐったく――心地良く、依頼書の存在を忘れそうになる。それが今、エメラルドの原石によって一気に引き戻された。
エメラルドの原石、それは暗殺者としての自分の烙印のようなもの。これまでと違う、ざらついた、何とも言えない気持ち。
(何この気持ち。僕は知らない)
アオイの心の中で独り言ちた。
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廊下の先には厨房があった。長年放置されているのだろう、錆びた調理道具や埃だらけで乾燥し切った調味料などが転がり、長く火の気のない釜からはかびた匂いがした。
アンバーは何気なく足元に転がっていた茶缶を拾い上げ、その刻印に思わず目を見張る。刻印の文字は、金色の箔押しこそ掠れてほとんど見えないが、活版の凹凸はかろうじて残っている。その商店の名を、アンバーはよく知っていた。
商店の名は、遠い昔の自分の名前を冠したもの。アンバーの意識は七回目の人生――商人貴族だった頃の自分へと向く。
紅茶や香辛料の取引で、一代で財を築いた自分。美しく聡明な妻と、可愛らしい子供と共に過ごした、唯一戦いと無縁だった人生。そんな穏やかな人生も、ある日突然起きた近隣国同士の戦火に巻き込まれ、自らの命と共に全て炎に呑まれ、消え去った。今ではもう、商店の名すら残っていない。
「どうしたの?」
アンバーは紅が袖を引っ張る感覚に、はっと我に返る。蒼龍もアオイも、訝しげにアンバーの顔を覗き込んでいる。
アンバーは咄嗟に笑顔を作るが、その笑い方はどこかぎこちない。
「悪りぃな、ちょっと懐かしいモンを目にしちまって」
アンバーはいつもの口調で言うと、手に持っていた茶缶を、慈しむようにそっと棚に置いた。




