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長く続く林道が切れ景色が開け、四人は丘陵地帯へと出る。眼下には大きな城下町が広がっていた。石造りで青い三角屋根を持つ建物が整然と並ぶ中央には、高いスパイアが何本も立つネオゴシック様式が麗しい白亜の城が、陽の光を浴びて華やかにそびえ立っている。
ここはローゼリア王国。広大な国土に広がる森と大きな湖をはじめとする豊かな自然と、美しい街並みの城下町を擁する国である。歴史も古く、数多くの伝承や童話の舞台となっている事でも有名だ。ロマンチックな雰囲気も相まって、訪れる人は数多い。
繁華街にほど近い場所に宿を取り、まずは腹拵えの為、食堂に入る。
「ソーセージ盛り合わせ7皿とヴィーナーシュニッツェル7皿、シュバイネハクセ5皿ください!」
「それにアイスヴァイン5皿、ザワークラウト5皿だ」
「紅茶とプレッツェル10個、シュネーバル10個お願いします」
「ご当地産のカスクビア一樽持って来てくれるか?」
四人の注文に、周囲の客はざわつく。ウェイターは注文を取ると、慌てて厨房へ走っていった。厨房から料理人の「そのテーブルの客、本当に四人だよな!?」という悲鳴が聞こえた。
食堂で無事二十人前ほどの量を綺麗に平らげた四人に、隣のテーブルに座っていた地元の若夫婦が、気持ちの良過ぎる食べっぷりに若干引きつつ声を掛けて来た。二人は治癒師だといい、同じ治癒師であるアオイと話が盛り上がる。その流れで行く先々で依頼を受けているというと、今城下町で起こっている奇妙な現象の話を聞かされる。
「『眠り姫』?」
ひとまず腹が満たされたのか、食後のお茶をゆっくりと啜りながら紅が聞き返す。
「ええ。急にベッドから出て来ないままずっと眠り続けて目覚めなくなっちゃったんです。みんな前の日まで元気に過ごしてたのに」
「一年前くらいからだよね?もう七人くらいかな、僕らの勤める治療院にも二人ほど入院してるんですが、全然目覚める気配がなくて」
「毒物や呪いの可能性は?」
アオイが尋ねると、男性は首を振る。
「僕らもそれを疑って毒物検査をしたんですが、反応はなかったんです。それと何人か呪術師を呼んで調べて貰ったけど、呪力は全く感じられないって」
「この国の古い童話の中に、百年間眠り続けるお姫様の元に王子様が現れてキスと共に目を覚ます、っていうお話があってね、それでみんな『眠り姫』って呼んでるんです。よく考えたら、百年間も眠ってたら栄養失調か機能不全か老衰で死んじゃうわ」
ロマンチックの欠片もない妻の発言に、なぜかちょっとしょんぼりする夫。往々にして女性の方が現実的で逞しい。
四人は顔を見合わせる。
「どう考えても只事じゃねえよな」
最後の一杯を名残惜しそうに飲みながら、アンバーは言った。蒼龍が頷く。
「毒や呪術といった人為的なものではないなら、魔物の仕業も考えられる」
「尚更大事になる前に解決しないとね」
アオイは治癒師の血が騒ぐのか、姿勢が前向きだ。
「『眠り姫』かあ……お腹空かないのかな」
「空くも何も、寝てたら自分で食えねえだろ」
食い意地止まらず、空の皿に僅かに残っていたプレッツェルの欠片を摘んで口に運ぶ紅を、アンバーは呆れた様子で見た。
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翌日、それぞれ情報収集のため町へと繰り出した三人とは別に、アオイは食堂で出会った夫婦の勤める治療院に入院している「眠り姫」の二人を訪ねた。自宅療養をする残りの五人についても、往診に同行する事になっている。
二人は、点滴の管に繋がれた状態で眠っていた。一人は三ヶ月ほどだが、もう一人は一年近く眠り続けているという。いずれも骨と皮だけになり、目の周りは落ち窪んで濃い隈が出来ている。傍では家族であろう人が、泣き腫らした目で見守っていた。毎日来て、ひたすら目を覚ますのを待ち続けている。
そんな家族の辛い気持ちを知る由もなく、眠っている顔は僅かに微笑んでいるように見える。まるで、幸せな夢を見ているかのようだ。
アオイは治癒師の男性に確認する。
「他の五人も同じような状態ですか?」
「ええ、自宅でもみんな点滴で命を繋いでいます」
「眠り続ける予兆みたいな事は?」
家族に問うと、俯き首を振って答えた。アオイは許可を取り、『眠り姫』達の触診を行う。脈拍や瞳孔など、二人とも特に変わった様子はない。ただ、目が覚めないだけ。
しかし、呼吸を確認しようと口の近くに顔を近付けた時。
「……?」
呼気から僅かにチョコレートのような、甘い匂いが漂った。
「この方達、眠り続けてから食事は摂ってないですよね?」
「ええ。目覚めないから嚥下機能も働いてないし、点滴かチューブで栄養を流し込むしか」
果たして栄養分のみでチョコレートのような匂いがするだろうか。アオイは眉をひそめた。
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その日の夜、四人は食堂を再び混乱させた後、各々が持ち帰った情報を整理する。
「『眠り姫』の七人は全員中年男性だった。診た感じみんな症状は一緒。目覚める気配はない」
アオイはティーカップに残った紅茶を飲みながら報告した。
「『眠り姫』じゃなくて『眠りおじさん』だね」
「そこは突っ込んでやるな」
紅の指摘にアンバーは苦笑した。
「でも、寝息から甘い匂いってのは気になるな。体内で何か起こってるから眠り続けてんのか?」
「うん。眠りに落ちる前に何か飲まされて、それが体の中で反応してるのかもしれない」
「やはり魔物か」
蒼龍の言葉に、アオイは頷く。
「町の連中、湖畔にある古城に魔物が棲み付いてるって噂話してたぜ。誰も確認した訳じゃねえみてえだから、本当かどうかは分かんねえが」
アンバーは頭を掻く。朝から酒場に入り浸り飲みながらも、住人達の話をしっかり聞いてきていた。
「湖畔で治水工事をしていた棟梁の話では、眠り続けている男達は一緒に作業していた職人達だそうだ。彼らは工事の休憩に古城を利用していたらしい」
蒼龍は治水工事の現場を、仙術を使って手伝っていたようだ。半年分の仕事を四時間ほどで片付けてしまい、棟梁からえらい感謝され情報だけではなく報酬まで貰ってきている。
「そこで魔物に遭って、何かされた、か?」
「ああ。すぐに命を奪うのではなく、徐々に弱らせて生命力を吸収していくのだろう」
「それなら眠り続けているのは、まだ生命力を吸い続けられているから、って事だね」
アオイは口元に手を当てて唸った。それが今も続いているのなら、「眠り姫」達がいずれ死を迎えるのは明白。早く手を打たなければならない。
「で、嬢ちゃんは何か分かった事あるのか?」
アンバーは紅に尋ねる。紅は満面の笑みで答えた。
「この町の屋台、どれも美味しかったよ!途中でパン屋さんが小麦粉こぼしちゃって、色んな所に纏わり付いて大変だったけど、職人さんが霧吹きと濡れ雑巾であっという間に片付けちゃった!私、出る幕なかったよ」
「……」
どうやら一日食べ歩きをしていたらしい。蒼龍は眉間に手を当てて溜息を吐き、アオイは呆れた顔で紅を見やる。
「…まあ、嬢ちゃんらしいな」
そもそも聞く相手を間違えていた。アンバーは椅子からずり落ちそうになりながら呟いた。
「とりあえず、明日は古城の中を調べる必要がありそうだね」
アオイがその場を纏める。三人は頷いた。




