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今より遡る事五百年前。
男はとある国の誇り高き聖銃士団の一員だった。
団長である男の父、信頼出来る仲間達。そして傍には同じ聖銃士団として共に過ごす、勇猛だが心優しき、美しい恋人。
国を守り、民を守り、技を磨き、酒を飲み、笑い合い、そして愛し合う。戦いの日々の中でも、そこには確かな幸せが存在していた。
ある日、国を二分する争いが起こる。王党派と軍閥派、互いの思惑が絡み合い、戦火はあっという間に国中に燃え広がっていった。
武器を持たぬ、どちら側でもない民衆を守るためにひたすら奮闘する聖銃士団。しかし、王党派とも軍閥派とも繋がりのある事が逆に仇となり、双方から見捨てられ、両軍に挟まれ猛攻を受ける。
父、仲間、恋人、そして罪なき民衆達。
全員、自分の目前であっけなく死んでいった。
血と硝煙、泥の臭いが充満する中、男は全身の痛みに目を覚ました。両足は折れ、右手は吹き飛ばされてなくなっている。左手は、既に事切れてしまった恋人の手を握っていた。
誇りを踏みにじられ、誰一人守れなかった虚しさだけが残る。
(もう、疲れた)
男は静かに、死が訪れるのを待った。
そこへ音もなく、一人の青年が現れた――いや、果たして青年だろうか。纏う雰囲気は、幼児とも若者とも老人とも取れる。男女どちらなのかすら判別が付かない。目深に被ったフードの下の顔は、少しでも目を離すとすぐに忘れてしまうくらい、印象に残らない。
その人物は、仰向けに倒れた男の目の前で歩みを止める。
「……お前に決めた」
ちぐはぐな歪んだ声質でそう言うと、自らの手首にナイフで傷を付け、滴り落ちる血を男の口元へ落とした。
「お前は『時渡り』となって、幾度となく転生し、そして孤独と絶望を何度も味わう存在となる。その果てに、お前が何を望むのか、私に見せよ。
我が名は『刻喰い』。この世の破滅を望む者」
妙に耳に残るこの言葉と、恋人の冷たい手の感触を最期に、男は息絶えた。
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男は薄暗い牢の中で、ふと目を覚ました。乗り物のタービン音が忙しく響く。しばらくぼんやりしていたが、やがて大欠伸と共に大きく伸びをして起き上がると、独り言ちる。
「今日は五百年前の夢か。いやぁ、毎日毎日、本当に参るねえ。懐かしい顔ばっか出てきやがる」
周囲を見渡して、現状把握。どうやら自分は捕われの身らしい。しかもここは、どう考えても自分の所有物である、飛空艇の中だ。
五百年前、聖銃士団だったこの男。既に八回、転生を繰り返している。
二回目はトレジャーハンター。
三回目はモンク僧。
四回目は錬金術師。
五回目は海賊。
六回目は流しのガンマン。
七回目は商人貴族。
八回目は騎馬兵。
そして九回目、今は空賊のお頭……だった。昨日までは。
「あいつら、クーデターか…せめて起きてる時にやれよ。傷付くじゃねえか」
男は呆れながらも、どこか達観した様子だった。
「目ぇ覚めたか!?大人しくしてろよ!」
男が起きた事に気付いたのか、牢の外で見張り役であろう、ついこの前空賊に入って来たばかりの新参者が叫んだ。名前は知らない。
「分かってるって……ところで兄ちゃん、朝飯まだ?」
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アブサンを出立して三週間足らず、紅達三人は行く先々で魔物退治から盗賊討伐、夫婦喧嘩の仲裁まで、様々な依頼を受けながら旅を続けていた。
現在訪れているのは、工業都市国家であるグラーフ。機械文明、特に飛行技術の開発に優れていて、数多くの飛行船および飛空艇製造会社を抱えている。空路産業のシェア率は世界の約九割だ。裕福層が数多く住んでいる一方、一般市民との格差が問題になっている。
そして、飛行技術が優れているからこその問題がもう一つ。
最近、裕福層の間で流行っているのが飛行船による空中散歩だ。大体二、三日掛けてゆっくり周遊するのだが、自宅と同じ感覚で過ごす為に、絵画や骨董品、財宝やらを船内に持ち込むのがトレンドらしい。
そこを空の盗賊――空賊に目を付けられてしまう。大小様々な飛行会社が集まるが故に、犯罪組織に加担して生計を立てざるを得ない、あるいは利害関係から率先して手を貸す会社も少なからず存在する。グラーフでは以前から、空賊による被害が問題となっていた。
一度空に昇ってしまえば、そこは空賊達の縄張り、無法地帯である。今では空の上でも護衛を雇うのが一般的なのだ。
「お願いします!助けて下さい!!」
遊覧飛行船を斡旋する会社の社長が、がばっと頭を下げた。
酒場の掲示板で見つけた依頼を辿って飛行船会社を訪れた三人は、とある富豪の空中パーティーの護衛を頼まれる。金持ち相手とだけあって、報酬は破格だ。
「僕、高い所苦手なんだけど」
アオイは冴えない顔をしながら、報酬に上乗せしようと交渉を始める。全くもって抜け目がない。結局、当初の二割増で交渉が成立した。
「流石だな」
「わざわざ苦手な所に出向くんだよ?精神的負担に対する特別手当はしっかり貰わないと」
感心する蒼龍に、アオイは当然といった風だ。
「飛行船…楽しみだなあ」
紅は報酬そっちのけで、初めて乗る飛行船での空の旅が楽しみで仕方がないらしい。ウキウキしたその様子に、二人は顔を見合わせて軽く笑った。
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しかし、そんな楽しみはすぐに打ち砕かれる。
「茶が冷めてるぞ!!」
「何でこんなに揺れるザマス!?もっと滑るように、滑らかに飛ぶザマス!!」
「エンジン音が煩い!!ちっとは静かにならんのか!!」
「もっとゆっくり、スピードを出して飛ばせ!!」
「ねー雲が邪魔!!どかしてよー!!」
「空賊なんて来る訳ないだろう!!全く斡旋会社と来たら、補償額に怖気付いたか!!」
自分達が持ち込んだ贅沢品に囲まれて、とんでもない無茶振りばかりの富豪連中に、船員達は右往左往している。空賊よりも何倍もタチが悪い。
「うるさいなあ……」
紅は耳を塞ぎ、眉を顰める。
「対価に見合わなすぎる」
アオイは冷めた様子で自ら淹れた紅茶を飲んでいる。その手は微かに震えていた。高所恐怖症…というより、富豪達の態度に苛ついている様子である。
蒼龍は早くもスイッチを切っているのか、座禅を組んで瞑想に入ってしまっている。紅は蒼龍の耳元で囁いた。
「こんなんなら、蒼龍との空中散歩の方がずっと楽しいや」
蒼龍は薄ら片目を開き、紅を見やる。にこっと笑う紅に向かい、口角を少しばかり上げて応えた。
そのまま、蒼龍の表情がさっと変わる。目を開くと立ち上がり、窓から外を眺める。アオイは紅茶を飲む手を止める。紅も蒼龍と並び、窓の外を見た。
窓の外に雲海。そして雲に映し出される、大きな二つの影。
「…飛行船だけじゃない?」
紅は眉をひそめ、呟いた。
「空賊だ!!」
瞬間、けたたましい警鐘と共に、見張りの船員の叫び声が伝声管を伝って船内に響き渡った!




