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翌日、すっかり元気になった紅は蒼龍と共に、宿の食堂で朝食を食べていた。
「昨日は全然食べ過ぎてないのに、どうしてお腹痛くなっちゃったのかな?」
「野営飯続きの後で、胃が驚いたのだろう」
「そっか」
二人の前には、宿の亭主が運んで来た料理が入っていたであろう、空の皿が山積みになっている。しかし二人の食欲は止まる気配がない。
「…まだ食うのか?」
宿の亭主は既に半泣きである。このままだと仕入れていた食材があっという間に尽きかねない。加えて、宿の料金は食事込みの値段である。先に支払って貰っている以上、食事を提供しない訳にはいかない。
「紅、今日は控えめにしておけ」
「えー?まだ三人前しか食べてないよ?という訳でおじさん、おかわり!」
「昨日体調不良だった奴の台詞じゃねえ!!」
宿の亭主は頭を抱えた。
ようやく腹の満たされた二人は、連れ立ってアブサンの街へと繰り出す。目的は屋台巡り……ではない。
紅はベロニカの言葉を思い出す。
『隣の都市アブサンで困った事が起きてるらしいの。詳しい事はあたしも知らないけど、「エメラルドの怪談」とか何とか言ってたわ。良ければ力になってあげてちょうだい』
「怪談」という時点で何やら胡散臭いが、当てのない旅がてら、渡りに船というやつである。噂だけで済むならそれで良し、本当に事件ならば人助けをすれば良い。二人は軽い気持ちで、街の人々に話を聞いて回る事にした。
ところが。
「エメラルド…!?お、俺ぁ何も知らねえよ!」
「アンタ達やめときな……ロクな目に遭わないよ」
「その石の名を口にするな!縁起でもねぇ!!」
荒くれ者、娼婦、酔っ払って倒れている老人、皆一様に「エメラルドの怪談」と聞いただけで口を噤む。その顔には揃って恐怖の色が浮かんでいた。
「どういう事だ」
蒼龍は眉をひそめる。怪談と銘打っているのに、皆本気で怯えている。どうやら只事ではないが、情報が少ない、というより話にすらならない。二人は途方に暮れた。
二人は中央広場から離れ、診療所の前まで来ていた。ちょうど正午の鐘が鳴り、診療所から治癒師の少年、アオイが出て来る。
「アオイ先生!」
紅に呼びかけられ、アオイは二人の姿に気付く。
「ああ、昨日の」
「紅です!昨日はありがとう。お陰ですっかり元気になったよ」
「世話になった」
「いえいえ、治癒師として当然の事をしたまでで…」
再び頭を下げて礼を言う二人に、アオイは謙遜した様子で手を軽く振った。
「アオイ先生は休憩?」
「ええ、近くのカフェで食事をしようかと」
「それなら一緒にご飯食べよう!」
「え?」
突然の申し出に戸惑うアオイを尻目に、紅は蒼龍に向かって「ね?」と確認する。蒼龍は頷く。
「昨日の礼も兼ねてだ。迷惑なら断ってくれて構わない」
「いえ…折角ですし、ご一緒しましょう」
アオイは柔らかく微笑み、快諾した。
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カフェのテラス席で、三人は食卓を囲む。
「サンドイッチセット五人前とグリルチキンセット五人前お願いします!」
「野菜も食べろ。サラダボウルを五人前頼む」
「……本当に元気になったみたいで良かったです」
二人の大量注文に、アオイは若干引き気味だ。
「アオイ先生の薬のお陰だよ!本当によく効いた!」
「それは何よりでした」
「どこで治癒師の研鑽を積んだ?見たところ、この街出身という訳ではなさそうだが」
「ええ、僕の出身は北の方ですが、各地を巡ってその土地の技術を教わりながら治癒師をしているんです。この街には四月前くらいから滞在しています。ここは医療に関する人手が少ないし、医術も発達していないから、なかなか次の場所に移動も出来なくて。
お二人はどうして旅を?」
「うーん、自分探し、かな?」
「特に何か目的がある訳ではないが、縁あって一緒に旅をしている」
給仕が大急ぎで運んで来た山盛りのサンドイッチを頬張りながら、三人は取り止めもない話をする。「ならず者の街」アブサンらしからぬ、穏やかな時間が流れていた。
食後の珈琲が運ばれて来た時、紅がアオイに切り出した。
「アオイ先生、『エメラルドの怪談』って知ってる?」
アオイはぴくり、と片眉を上げると、口にしていたカップを降ろした。
「ちょうど僕がこの街に来た頃からでしょうか。毎月新月から三日目の夜、街の住人の誰か一人が、不審死を遂げているんです。先月で三人目だったかな。
この街では殺人事件なんて日常茶飯事ですし、殺された人物も揃って碌でもない人でして、誰かから恨みを持たれていてもおかしくなかったようです。ただ……」
「ただ?」
首を傾げる紅に、アオイはカップの中の珈琲に目を落としたまま言葉を続ける。
「殺された三人には共通点があって、それが妙なんです。
殺される日の朝、枕元にエメラルドの原石が置いてあった、と」
「殺害予告か」
蒼龍の言葉に、アオイは頷く。
「きちんと戸締りもしているはずなのにいつの間にか置いてあって、しかもその日のうちに必ず死を遂げる。ここに住む人達は皆訳ありですから、次は自分の番かもしれない…って怯えているんです。明日は新月から三日目ですしね」
「でも、アオイ先生は大丈夫だね!」
唐突な紅の言葉に、アオイは紅を見る。紅は笑顔で続けた。
「アオイ先生、四ヶ月もこの街でたくさんの人を助けてるんでしょ?そんな人が狙われる訳ないよね」
アオイは大きく目を見開く。そして一瞬、困ったような複雑な表情を浮かべ、すぐにいつもの柔らかい微笑みに戻った。
「……そうかもしれませんね」
アオイはぽつりと呟いた。
街の鐘が一時を知らせる。
「…ああいけない!午後の診療の準備をしないと」
アオイは慌てて席を立ち、食事代をテーブルに置いた。
「アオイ先生、楽しかった!また一緒にご飯食べよう」
「ええ、また」
手を振る紅に、アオイは笑みを返し一礼すると、診療所へ向かった。
面白い人達だ。診療所へ向かいながら、アオイは心の中で笑う。
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翌朝は新月から三日目。宿の窓から差し込む日の光に、紅は目を覚ます。昨日は夕飯もしっかり摂り(食堂では「大食い選手権か!?」と軽い騒ぎになった)、非常に目覚めの良い朝である。身を起こすと軽く伸びをして……降ろした手に触れる、妙な感触。
「あれ?」
手に取ってみると、それは親指大の緑色の小石。太陽の光を受けて、キラキラと光っている。
「綺麗…」
数秒後。
紅はようやくその意味を理解する。
「…………蒼龍ー!!!」
部屋の外の洗面所で身支度をしていた蒼龍が、部屋に飛び込んでくる。
「どうした」
「蒼龍、これって……」
泣きそうな紅の顔。そして、右手に持っているのは緑色の小石――エメラルドの原石。蒼龍の顔から血の気が引く。
「どうしよう……殺害予告、来ちゃった」




