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夜、マルメッタでは街の無事を祝い、街中総出で大宴会が繰り広げられた。
ありとあらゆる食堂の厨房で料理人達は腕を振るい、互いの料理を称え合う。次々と運ばれて来る料理に、住民達は舌鼓を打つ。何より、マルメッタの二大レストランである「開陳楼」と「セント・ネル・コーレ」の、全員もれなくタダという大盤振る舞いたるや、誰もが思わず感動の涙を流した。玄斎もベロニカも、一流と云われる手腕を遺憾なく発揮している。
「お、おいひい〜!!」
大聖堂前の広場に急遽設けられたテラス席の一角で、玄斎とベロニカの料理を口にした紅が両頬を押さえて幸せそうな顔をする。料理を運んで来る両店の使用人は、説明を加える事を忘れない。
「こちらは出雲国の海で釣り上げたカツオを、玄斎様が絶妙な火加減の炭火で丁寧に炙りましたタタキにございます」
「新鮮で美味しい!」
「こちら、ベロニカ様の得意料理であられます、ローゼリア王国産の仔牛を使ったラグーソースパスタとなります」
「濃厚で美味しい!」
ひたすら食べ続ける紅。蒼龍は無言で料理を口へと運んでいくが、心なしかそのペースがいつもより速い。卓はワインを傾けながら、二人の様子を微笑ましく見つめる。もちろん、自分も食べる事を忘れてはいない。
……お気付きだろうか。
このテーブルだけ、使用人達が尋常ではない速度で店から料理を運び込んでいる事に。
「開陳楼」の厨房では、玄斎が目を血走らせて中華鍋を振るっている。
「青椒肉絲上がったぞ!」
「申し訳ありません!恐らく私が戻る頃には次の料理をご所望になられるかと!!」
「はあ!?焼き豚にする、夕凪国の三元豚の下処理済んでるか!?」
「すいませんまだです!!」
「急げ!間に合わねえぞ!!」
同じ頃、「セント・ネル・コーレ」のキッチンでは、ベロニカが目を吊り上げてフライパンを揺すっていた。
「カルパッチョ出した!?」
「出しましたが足りてません!次の料理が必要かと!!」
「えぇえ!?じゃあ繋ぎにフィエルド産じゃがいものヴィシソワーズを出して!」
「もうありません!!」
「どーなってるのよ!?」
正に戦場。ポメラーニャン退治以上の修羅場が繰り広げられていた。
「どれも美味しいね!!さすが二大料理店!」
「働いた甲斐があったな」
「どんだけ飲み食いしてもお金が掛からないっていうのは最高ね!」
もはや遠慮など皆無。料理が運ばれる。消える。また運ばれる。消える。延々と繰り返されるループを、周囲の人々は呆然と見守る。使用人達は半泣きである。
「すみませんおかわり!!」
「頼む」
「モンフルールのワインあと五本持って来なさい!」
「まだ食べるのか!?」
「勘弁してちょうだい!!」
夜のマルメッタに、玄斎とベロニカをはじめとした、料理人達の悲痛な叫びが響き渡った。
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翌朝、報酬をしっかりと受け取った紅、蒼龍、卓の三人は、街の入り口で料理人達に見送られていた。玄斎とベロニカの足元には、元々飼われていたポメラーニャンが二匹、不満げな顔で鎖に繋がれていた。既に蒼龍の手によって分裂しないよう、封印が施されている。
「雑食だから、与えるものは肉以外でいい。終生大事に飼育しろ」
「分かった」
「十二匹のポメラーニャン達も、責任持ってしっかり里親探しするのよ」
「約束するわ」
玄斎とベロニカは、十二匹についてはお互いの伝手を使い、知り合いの貴族達に譲ろうと打診しているようだ。封印もしてあるし、分裂さえしなければ凶暴な事を除いて比較的飼育しやすい。見た目も悪くないし、すぐに引き取り手が見つかるだろう。
紅は玄斎とベロニカから大量のお弁当を受け取り、嬉しそうな顔をしている。
「もう喧嘩したら駄目だよ!」
「分かってるって」
「どっちのお弁当が美味しかったか、またいつか話を聞かせに立ち寄ってちょうだい」
「俺の方が美味しいに決まってるだろ」
「何よ!!」
またしても言い争いになりかける二人だが、その間に流れる空気は穏やかだ。
「あーもう二人とも!また喧嘩するならご飯いっぱいご馳走してもらうよ!!」
「それは御免だ!!!」
紅の一言に、料理人全員から総ツッコミが入った。
マルメッタの街を出て街道を歩く三人。街が見えなくなる頃、ふと、卓が歩みを止めた。さっきまでの明るい顔はどこへやら、顔色も良くない。
「どうしたの?」
「腹でも痛いのか」
首を傾げる紅と蒼龍に向かって、卓は突然勢いよく頭を下げる。呆気に取られる二人に、卓はそのまま土下座をした。
「……ごめんなさい!今回の件、アタシのせいなの!!」
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「もう、いい加減にしなさいよこの街!」
物見遊山で訪れたマルメッタだが、卓は苛立っていた。
たった二人の有力者のせいで皆、無駄にいがみ合っている。お陰で街の雰囲気は最悪、美食が台無しだ。火種が大なれど小なれど、一都市の内紛が辿る末路は想像が付く。この街の文化ごと廃れ、やがて滅びてしまうだろう。
文化は人類の叡智。せっかく「料理」という素晴らしい文化が発達しているのに、絶やしてはならない。
卓はまず、ベロニカに接触し懐に潜り込んだ。護衛として雇ってもらい、その流れで玄斎とも面識を持つ。
数日を共に過ごす内に、卓は悟った。
この二人、決して悪い人間ではない。むしろ、街の発展に尽力する姿は敬意さえ覚える。二人が手を組めば鬼に金棒、マルメッタは更に繁栄するだろう。ただ、料理の方向性が絶望的に違う。それだけではなく、お互いの天を貫くようなプライドの高さが邪魔をして、相手を受け入れられないのだ。
対立する二人に手を組ませる手っ取り早い方法――「共通の敵」を作ればいい。
そこで卓は、荒療治を試みる。
キャラバンの行商から殺傷能力は低いが分裂するという魔物、ポメラーニャンを手に入れると、「貴族の流行り」という触れ込みで飼うようベロニカを唆す。その上、散歩と称して玄斎に見せつけ、ライバル心を焚き付け、飼うように仕向ける。
ポメラーニャンが一日一回分裂している事は把握済み。その上で、分裂体を街へ放っていたのは卓である。自分の飼っている魔物のせいで騒ぎが起これば責任感の強い二人の事だ、何らかの行動に出る事は間違いない。
「さあ、二人が焦るくらいイタズラしてらっしゃい」
しかし卓は知らなかった。
ポメラーニャンが環境によっては、文字通り「爆発的に」増殖する事を。
玄斎の屋敷で、応接テーブルを踏み抜いた時浮かべていた般若のような笑みは、二人を脅していただけではない。卓は内心、焦っていたのだ。
(やばい。アタシ、完全にやらかした)
内心の動揺を隠すように、咄嗟に「東西対決」などとそれっぽい事を言い、事態を収める事に集中する。
偶然とはいえ、紅と蒼龍の協力は大きかった。結果的に大した被害がなく収束したのは、本当に幸いだったと思う。
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「…という訳で、アタシが余計なお節介心を出さなければ、ポメラーニャンについてちゃんと知っておけば起こらなかった事なの!取り返しのつかない事になるところだったわ」
土下座を続ける卓に対し、紅と蒼龍は顔を見合わせる。
「馬鹿だな」
「馬鹿だね」
「返す言葉もございません……」
「でも、卓も色々良くしようと考えてやった事なんでしょ?」
「へ?」
卓は顔を上げる。紅は笑っていた。
「街がなくなった訳じゃないし、結果的にあの二人も仲直りしたし、ね」
「ポメラーニャン討伐の時、お前が出した指示はどれも的確だった。人にも街にも被害が少なくなるよう配慮したのだろう。お陰で全員が混乱せずに戦えて、最短で事が済んだ」
「卓、ちゃんと解決しようとしてたもん。反省してるなら、それでいいんじゃないかな」
二人の言葉に、卓はぽかんと呆けた後、ぷっと吹き出すと大笑いを始めた。
「……アッハハハハ!!アンタ達、どんだけお人好しなの!?」
卓は膝に付いた土を払い落とすと立ち上がり、紅を抱き締める。
「…紅ちゃん、ありがと」
「これからは気を付けようね」
「……うん」
「ちゃんと反省してるのは分かってるから大丈夫だよ。私達、家族だもん」
紅の言葉が何とも言えず嬉しくて、卓は抱き締める両腕に力を込めた。
紅の身体を解放すると、卓は自分の荷物を背負い直す。その歩みの先は、紅達とは違う方向。
「行くのか」
「ええ」
マルメッタを出立する時、紅と蒼龍はベロニカから一つ頼まれた事があった。
『隣の都市アブサンで困った事が起きてるらしいの……良ければ力になってあげてちょうだい』
そこで二人は、次の目的地をアブサンに定めた。しかし卓は「ちょっと気になる事が出来た」と言い、別の場所へ向かう事になっている。
「アンタ達とは一旦お別れね」
「卓、また会えるよね?」
「アンタが緋夕の家に帰って来れば、いつでも会えるわよ?」
「うえぇ…」
「冗談よ。また会えるに決まってるじゃない。だってアタシ達、家族でしょ?」
嫌そうな顔を浮かべる紅の頭を優しく撫でる。そして、蒼龍に手を差し出した。
「ロンロン、紅ちゃんの事よろしくね……まあ、アンタなら何の問題もないと思うけど」
「どういう意味だ」
「別にぃ?」
手を握り返しながら訝しむ蒼龍に、卓は少し揶揄うような仕草を返してみせた。
そして、卓は踵を返し歩き出す。
「卓!またね!!」
呼び掛ける紅に、卓は軽く振り向いて手を上げて応える。
「俺達も行くか」
「うん!」
紅と蒼龍は背嚢を背負い直すと、次の目的地へ向かい並んで歩きはじめた。




