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71「臨時教師、コヨン?」


 一波乱終えて、コヨンさんも少し休みたかったのだろう。

 あの後すぐにコヨンさんがお茶を持ってきてくれて、二人でお茶を飲みながら休憩していた。

 

「そういえば、短い時間でしたけど、先生の教えはどうでしたか? あれでも先生は、初級と中級魔法のレベル三に、上級魔法レベル二を持つ凄い人なんですよ」


 上級魔法なんてスキルは初めて聞いたけど、それのレベル二となると、かなりの実力者というのがなんとなくわかる。……あの爺さん、教え方はともかく、現役時代はそんなに凄い人だったのか。


「凄い人だったんでしょうけど……俺に才能が無いのと、教え方が抽象的すぎてちょっと全然理解できませんでしたね……」


「ああ、先生は自分の感覚でそのまま伝えてきますからね……言葉で理解しようとすると、難しいですよね……」


「特に、魔力を見ろとか言われても、何もわからない俺には魔力なんて見えませんでしたし……やっぱり、魔法が使えるようになれば、魔力も見えるようになるんですか?」


「……ああ、またやったんですね、先生は。安心してください、魔力は見えないのが普通です。感じる事はできますけど、普通は見えません。……先生にも、本当に見えているのか私にはわかりませんけど」


 ……魔力が見えているとか、なんか色々言っていたけど、結局見えないのが普通なのかよ。

 というか、本当にボケている可能性が増してきた。いや、コヨンさんの学生時代からそうだったんなら、単にブライルドさんだけ本当に見えていたのか?

 何にせよ、俺がおかしい訳じゃなかったのか。魔法も落ちこぼれの才能無しなのかと思ったわ。


「そもそも、魔法とは学問ですからね。何となく魔力を感じる事ができたとしても、すぐに魔法が使えるわけではありません。感覚だけでそこまでできるのはごく一部の天才だけです。先生はその天才が教師になってしまった例なので、困ったものなんですけどね……」


「……そんなんでブライルドさんって、ちゃんと教師できてたんですか?」


「ええ、当時の先生の担当は高等魔術論や歴史でしたからね。まあ、今回のようなものは先生向きでは無かったでしょうね……。なので、本来ならお断りする所だったのですけど……恩師に言われると断りにくいですし、家族に無断で出ていたようですから、今回のような事になってしまいまして……」


 なるほど……小学生に算数を教えるのに、大学教授を連れてきたようなものか。そりゃ教え方が合わないわけだ。

 まあ、今回は徘徊していた老人を保護していたようなもんだし、コヨンさんにも立場とか色々あるだろうから仕方ないか。


「今回は色々教わるというよりも、コヨンさんが家族の人を呼んでくるまでの時間稼ぎみたいなもんでしたからね、仕方ないですよ。それより、さっき次からの先生が決まってるって言ってましたけど、次の先生ってどんな人なんですか?」


 ブライルドさんが帰る時に次の先生が決まっていると言っていたが、次はどんな先生なんだろうか。今度こそまともな先生だと嬉しいのだが。


「ああ、すみません……。あれは先生がまた来ないためについた嘘でして……。ですが、やりたいという人は多いはずですから、すぐに見つかると思いますよ」


 なんだ、まだ決まってなかったのか。

 でもまあ、ブライルドさんにまた来られても困るし、嘘も方便ってやつだな。


「ただ、二人も続けてこのような事になったので、次はちょっと軽く面接をして決めようと思いまして……。明日はしっかり人を見極めますので、明後日の昼過ぎにでもまた来てもらえますか?」


 次はしっかり面接をした後か、なら安心かな。

 というか、一人目も二人目もコヨンさんの関係者なんだよな。次は是非とも縁故採用を避けて頂きたいところだ。


「じゃあ次は明後日にまた来ますね」


「ええ。……ところで、今日はもうお暇ですか? もしよければ、私も少し時間に余裕があるので……一時間くらいになってしまいますけど、私が少し文字を教えましょうか? 勿論、お金は頂きませんよ」


 おお、ここでコヨンさんに少しでも教えて貰えるのはありがたい。しかもタダだ。


「是非お願いします! ブライルドさんが、魔力を体に巡らせればスキルが体に順応して言語習得のスキルレベルが上がる、だから文字を覚える必要無いって言ってたんですけど、やっぱり自分で覚えたいですから……」


「ああ、先生はそんな事も言ってたんですか……。ある意味では間違ってはいないと思いますけど……スキルは才能と努力を可視化したようなものですからね。私もしっかり努力する事の方が大事だと思いますよ」


 あの爺さん、もはやどこまで本当の事を言っていたのかすら怪しいな……。でも、コヨンさんもある意味間違っていないという言い方からして、諸説あるみたいな事なんだろうか。


「では、紙はありますか? 簡単な読み書き表を書いてあげますから、それで覚えていきましょう」


「ああ、それならキャサリーナさんが書いてくれたものがありますよ」


 良いところ無しかと思っていたキャサリーナさんだが、唯一マシだったのが五十音表のようなものを一応書いてくれたことだ。もっとも、早口すぎて何が何だかよくわからなかったのだが。


「ほう、キャサリーナも最低限のことはしていたみたいですね。ところで、この文字の隣にある記号のようなものは何ですか?」


「一応、同じ読み方の日本語を隣に書いて自分なりに覚えやすくしたんですよ」


「ほうほう、これがニホン語……これが共通語と同じ読み方になるわけですか……。つまりこれを基にすれば私もニホンの言葉を覚えられると……興味深い!」


 ……あ、これダメなやつだ。

 コヨンさんはなんか未知なものに対して研究心が湧くのか、日本に興味津々なんだよな。


「そういえば、以前にアダチヤマさんに書類にサインして頂いた時とは、随分文字の形が違う気がするのですが……。もっと複雑な形だったような?」


 あー……そういえば何か書類にサインする時に、漢字で名前書いたんだっけ。

 日本語はひらがな、カタカナ、漢字があるとか、説明すると長くなりそうだなぁ……。

 だけど説明せずに変に誤解されちゃうと、あの時のサインは適当に誤魔化して書いた、なんて思われちゃいそうだし……ちゃんと説明しといた方がいいかな。


「あー……日本語って結構複雑なんですよ。ひらがな、カタカナ、漢字と三種類の文字があって、それを組み合わせて使う事が多いですね。ちなみに、サインの時に書いたのは漢字で、その紙に書いたのはひらがなです」


「一つの言葉に三種類の文字を……? それを当たり前のように国民が覚えていて、当たり前のように使うんですか……? 頭おかしいですね……」


 そうだよな、異世界の人からしたら、なんでそんな面倒な事をしているんだ、となるよなぁ……。


「……まあ、小学校の六年間で少なくともひらがなとカタカナは全て覚えて、漢字もある程度は覚えますね。ひらがなだけでも日常的な言葉は書けるんですけど……改めて考えると確かに頭おかしい言語だと思います……」


「やはり随分と発達している国なんですね……。と、ところでもう一度その、漢字とやらでアダチヤマさんの名前を書いてみてくれませんか? 違いをちょっと確認してみたくて……」


 もう嫌な予感しかしない。いや、コヨンさんに付き合うこと自体は別にいいんだけど、これはもう俺の文字の勉強にはならない気がしてきた。


「えっと、安達山……権蔵……と。こう書きますね。ちなみに、ひらがなではこう書いて、カタカナだとこう書きます」


 また別の紙を取り出して、とりあえず名前を書いていく。

 ……これ、俺の勉強じゃなくて、コヨンさんの勉強になってないか?


「おお、やはり漢字というものだけ異様な程に複雑ですね! ひらがなというのは丸っこくて滑らかな線でできているのに、カタカナはその逆で角ばって直線的になっていますね。パッと見れば、漢字ともう一つ、ひらがなかカタカナのどちらかだけでも充分成立しそうなのに……面白いですねぇ!」


 目の下にクマが目立つ、普段は少し気怠そうな目をしているコヨンさんだが、今は新しいおもちゃを見つけた子供のように目をキラキラさせてはしゃいでいる。


「じゃ、じゃあ私の名前はどういう風に書くんでしょうか? ひらがなだと、文字表からして……こ……よ……ん……ですかね? カタカナだったらどうなるんでしょう? 漢字だとどんな字になるんでしょうか!」


 これはもうコヨンさんが満足するまで止まらない気がする。

 しかし……漢字でコヨンとは……弧四……古夜音……? ちょっと無理があるかな……。


 そんな感じで結局、コヨンさんに日本語を教えたり、日本の事を教えたりして一時間が過ぎてしまった。


「……本当に申し訳ない。文字を教えると言ったのに、逆にニホンの文字を私が教わるだけで終わってしまって……」


「ま、まあ仕方ないですよ。それに、キャサリーナさんの文字表が一応ありますから、少しは自習できますから」


 キャサリーナさんの文字表を指差しながら答えると、申し訳なさそうにコヨンさんも頷いた。


「そ、そうですか……。ではせめて、私が綺麗に清書しておきましょうかね。キャサリーナは癖字で、ちょっと文字が綺麗というわけでは無いので、私が読みやすい文字で……んん……?」


 ちらりと文字表を見ながら、何かに気付いたようにコヨンさんはハッとした表情で固まった。


「……この文字表、少し間違えてますね。やはり癖字のせいですかね、ギリギリ読めなくは無いですけど、正しい形では無いです。この文字は本来こう書くんです」


 ……キャサリーナさん、ここにきて文字表すら間違えていたのかよ。

 二度と会う事は無いのかもしれないけど、信用ガタ落ちだ。


 ああ、学生時代は勉強したいなんてそうそう思わなかったのに。


 まともに勉強がしたいよ……。


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