69「二人目の先生」
串焼き屋のおじさんと別れ、ゆっくりと一人で町を見物しながら歩いていたが、ギルドまでそんなに遠いわけでもない。結局あっさりとギルドに到着してしまった。
しかし、あまり早く着いても昨日の今日では新しい先生なんて見つかっていないだろう。
まあ、メルもミリィも朝から仕事だっていうのに、俺一人だけ昼まで寝てるっていうのも何か嫌だったから、そういう意味では仕方がないんだけど。
あまり期待はせずにギルドの中に入ると、丁度クエストボードの前にコヨンさんがいるのが見えた。誰かと話をしているようだ。
話を聞きたいところだけど、取り込み中の所に割って入るのも悪い。とりあえずコヨンさんが一人になるまで適当に休憩して待っていようと思っていたのだが、俺に気付いたコヨンさんが向こうから近付いてきた。
……何だろう、何故だか少しだけ嫌な予感がする。
「お早いですね、アダチヤマさん。もしかして、個別指導の依頼の件ですか?」
「ええまあ。メルとミリィが今日は朝から仕事だったんで、俺も一緒に散歩がてら出てみたって感じですけど」
「丁度よかった。実は、アダチヤマさんの依頼をやりたいという人がいま来ているんですけど……ちょっと問題がある人なんですけどね……」
コヨンさんが問題のある人って言うくらいなら、相当ヤバい人なんだろうか。嫌な予感の正体はこれだったのか。
「……ボードの前にいた、さっきまでコヨンさんが話していた人ですか?」
「そうですね、私の学生時代の先生なんですが……当時でも結構なご高齢だったんですけどね。さすがに今はもう引退しているんですけど、それで暇を持て余している所にアダチヤマさんの依頼を見つけたみたいなんです」
あれ? その話だけを聞くなら、そんなに悪い感じには聞こえないな。
元教師なら教え方が下手って事も無いだろうし。
「何か問題があるんですか? 先生をやっていた人なら、そんなに問題があるようには思えないんですけど」
「その……先生はだいぶお年を召されていましてね……。今日も家族に何も言わずにこちらに来たみたいでして。アダチヤマさんはとりあえず昨日の部屋を使って、先生の相手をしていてもらえませんか? ご家族も心配されていると思うので、その間に私が呼びに行こうかと思いまして……」
ああ、そういう事か……。ちょっとボケはじめてきちゃって、勝手にギルドに来ちゃったのかな。
でも、元教師なら話すだけなら普通にできるかもしれない。仮に認知症だったとしても、程度は色々あるだろうし。
「いいですよ。それに、元教師と話ができるっていうのもいい機会ですから」
「ああ、ありがとうございます。今回は依頼金をアダチヤマさんが払う事にはなりませんので安心してください。何と言ったらいいやら、まあ……迷子になったお年寄りを保護するようなものですから……」
夜中にひとり歩きなんかをする高齢者っていうのは、俺も日本にいた頃に近所で見かけたなぁ……。ああいう時って家族はめちゃくちゃ心配するだろうし、気持ちは分かる。でも当の本人は元気だったり、話したりすると案外普通だったりするから困惑するんだよな。
「では私は、先生に依頼を頼んだという事で話を進めてしまいますね。アダチヤマさんもそういう事で話を合わせてください」
「わかりました。……ちなみに、その方は教師としてはどういう人だったんですか?」
「私の頃は少し頑固ではありましたけど、熱心な良い先生でしたよ。ちょっと教え方が感覚的な所もありましたけど……」
感覚的な教え方か……俺の学校にも居たなぁ、そういう先生。特に体育だ。やった事も無いスポーツを、ルールも教えられずにやらされたりしたっけ。
でも、コヨンさんが良い先生って言うんだから、悪い人では無いんだろうな。
「ああ、先生。お待たせしました、こちらが依頼主のアダチヤマ・ゴンゾーさんです。言葉は話せるのですが、異国から来たのでまだ文字の読み書きができず、個別指導の依頼を出されたんです。それと、魔法も教えられていない国のようで、魔法の知識も無いそうです」
「どうも、安達山権蔵です。これでも十六歳です」
コヨンさんと二人でその先生の元へ歩き、挨拶をする。
何だかこちらに来てから挨拶で歳を言う度に驚かれている気がするので、とりあえず先に歳を言っておく。
「ふむ……その歳で異国から来て、色々と学ぼうという思いは立派じゃな。ワシはブライルド。歳は……コヨンや、ワシはいくつじゃったかな……?」
ブライルドと名乗ったその人は、短く切った白髪に、ふさふさとした白い眉と髭が特徴的だった。眼光はどこか鋭く、佇まいから老いてなお猛る猛火のような存在感を放っているように見える。道場にいた、剣道の達人だった爺さん連中を思い出す。
だが、自分の歳をコヨンさんに聞く姿はやはり普通のお年寄りだ。
「ええと、私の学生の頃が確か……あれくらいだから……今年で七十歳だったかと」
「ふむ、七十歳じゃな。ではゴンゾー、早速授業にするか。コヨンや、教室はどこじゃったかな?」
「はい、こっちですから一緒に来てください」
何かコヨンさんの気苦労が見える感じがする。恩師がこうやってギルドに来るのも、ちょっと複雑な気分だろう。
とりあえずコヨンさんに付いて行き、昨日の部屋に向かう。ブライルドさんは歩き方もしっかりしていて、とても七十の老人には思えなかった。元気そうなのになぁ。
「ではアダチヤマさん、昨日と同じように隅のテーブルを使ってください。先生も、こちらでお願いします」
昨日の部屋に入ると、当然だが同じような光景が映る。
だが、ひとつだけ違和感……というか、部屋には誰も居なかった。当然シノの姿も見えない。
「あの……シノはどうしたんですか?」
「ああ、シノビアラなら今日は昼からの勤務なんですよ。なのでその頃に会えると思いますよ」
なるほど、今日は昼からの勤務だったのか。
というか、だからブライルドさんの相手を俺に頼んだのかな。
「では……先生の家はちょっと遠いので、早くても一時間くらいはかかってしまうかもしれないので……その間、お願いしますね」
先にテーブルに向かったブライルドさんに聞こえないように、コヨンさんは小声で俺に話しかけた。
「まあ、話をしながら色々教えて貰うだけだと思うんで、大丈夫だと思いますよ」
「はい、お任せしますね。では先生、私はちょっと用事があるので席を外します。その間、お願いしますね」
声をかけられたブライルドさんは、しっかりとした声で返事をする。
さて、コヨンさんが部屋を出た事で二人きりになってしまった。何だか少し緊張する。
「ではゴンゾーよ、授業といこうか」
しっかりしているように見えるし、とてもボケているようには思えないんだよな……。
ともかく、授業だな。
「さて、文字と魔法の基礎を知りたいと依頼書にあったが……魔法はともかく、何故今さら文字なんじゃ? こうして話せておるし、共通語は話せるんじゃろ?」
やはりそういう所が引っかかるか。まあ、普通に喋れるのにまったく文字が分からないって少し不思議だもんな。
「えっと、言語習得ってスキルを持ってるみたいなんですよ。まだスキルレベルが一なんで、文字が理解できなくて……それで早く文字を覚えたくて、普通に勉強して覚えようと思いまして」
「なんじゃい、つまらん」
何だこのジジイ。ちゃんと説明したらいきなりつまらんとか言い出したぞ。
「そりゃ文字を勉強して覚えるより、スキルレベルを上げた方が早いわい。お前さん、魔法についても何も知らんのじゃろ? 魔力を体に巡らせた事も無さそうじゃし、そんなんじゃスキルも体に順応せんわい。なら魔法の基礎を覚えた方がええ」
クソジジイかと思ったら、なんだか分かりやすい説明がすらすらと出てきた。
ブライルドさん、ひょっとしたらかなり有能なのでは……?
「え、じゃあ文字の勉強とかは……?」
文字の勉強をする気満々だったのにこのままでは魔法の勉強だけになりそうだな。
実際に頭で覚えた方がいい気もするんだが、魔法の勉強の方が正直興味はある。それに、ブライルドさんに教えて貰えるのは下手したら一時間程度なんだし、魔法の事を教えて貰った方がいいかもしれないな。
「そんなもんいらん! まずは全身に力を込めて魔力を感じるんじゃ! 魔法はフィーリングが大事なんじゃ!」
やっぱり駄目そうだ。
コヨンさんの言う教え方が感覚的っていうのはそのまんまの意味だったのか……。
このジジイに色々教えて貰うの、本当に大丈夫なのかな……。




