68「一人の日」
シノの手伝いを終えた俺だが、シノはまだ少し仕事が残っているらしく、俺は一人でギルドの広間で二人を待っていようと適当に椅子に座ってくつろいでいた。
もう夕方だからか、依頼から帰ってくる冒険者が多い。混雑している受付を見ると忙しそうなリナさんが見える。
働くって大変そうだな……。本来ならまだ俺も学生で、勉強や部活で忙しかったが、自分で金を稼いで生きていく事になるなんて思ってもいなかったからな……。
日本でも武道ばっかりだった俺が普通に働いて金を稼ぐなんていうのは正直あまり向いてない気がするし、なんだかんだで流されてなった気がする冒険者っていうのは俺向きだった気もするな。
「あ、ゴンゾーお待たせー! こっちは結構大変だったんだよー。そっちはどうだった?」
物思いに耽っていると、気がついたら側にメルとミリィが立っていた。
メルは大変だとは言っているがまだまだ元気そうだ。
一方でミリィは俯いて、なんだか疲れているように見える。
「こっちは散々だったよ。結局勉強にはならなかったから、また明日からやり直しって感じだ。……ところで、ミリィはどうしたんだ?」
「負傷者が少なかったので、回復役のわたしは早々に暇になると思っていたんですけど、空いた時間は孤児院の子供たちの世話をしろと言われまして……。近頃の子供たちはパワフルです……疲れ知らずです……大変でした……」
なるほど、子供と一緒に遊んで疲れたのか。
そんなことくらいで、と一瞬思ったが、元気一杯の子供たちと一緒に遊ぶ苦労は俺もよく知っている。道場の子たちとよく遊んだものだ。
あいつらの体力は底無しかと思うくらいだった。かと思ったら、突然電池切れになったかのように止まる。体力の限界ギリギリまで遊ぶものだから付き合う方も大変なんだよな……。
「本当は初日だし、ミリィちゃんが小さいからね……教会の人たちも善意で、暇な時間は子供たちと一緒に遊ばせてあげようって感じだったんだけど……余計に疲れちゃったみたい」
教会は孤児院とか救護施設とか色々とやってるみたいだから、時間が空いても他の事に回されるんだろうな……。
「もう子供の相手は嫌です……普通に回復魔法を使い続けていた方がマシです……」
「……まあ、子供の遊び相手での苦労は俺もわかるよ。とりあえず今日はもう帰ろうぜ。腹も減ってきたから、さっさと飯にしたいし」
「私も今日はたくさん魔法使ったからお腹空いちゃったよ! 家にいた頃より使ったかも……」
メルもやっぱり疲れていたみたいだ。
しかし、家にいた頃より魔法を使ったって……そういえばメルは家を出て旅をしていたとは聞いていたけど、メルのそういう話ってあまり聞いたことがない。
なんだか家でコキ使われていたようにも聞こえるし、聞かない方がいいのかもしれないな。
結局この日は宿に戻って、二人の仕事場での話を聞きながらの夕食になった。
俺の話も少しはしたが……まあコヨンさんの姪っ子で、色々と問題のある人で勉強にならなかったという事ですぐに俺の話は終わった。
一方で二人は結構大変だったみたいだ。
メルは救護施設のいろんな場所をとにかくクリーンの魔法で清潔にしていたのと、あとは普通に雑用をしていたみたいだ。
そしてミリィはその救護施設で討伐依頼なんかでの軽めの負傷者に回復魔法をかけていたみたいだ。ちなみに、もっと重い怪我や病気なんかは病院に行くらしい。似たような施設だが、一応差別化はしているみたいだ。
回復魔法使いはとにかく珍しいみたいで、毎日でも来て欲しいと言われていたみたいだが、今日は比較的負傷者が少なかったようだ。だがそのせいで、孤児院に回されて子供の遊び相手をしていたという事らしい……。
「シノさんの言ってた通り、私は半日で四千の稼ぎだったよ。いざとなったらこういう稼ぎもできるってわかったからいいんだけど、やっぱり外で体を動かしてた方が性に合ってるって思ったなぁ……」
「わたしは一万二千ほど貰いましたけど、救護施設の仕事が多かったらもう少し貰えるみたいです。回復魔法だけしていたいです……子供のお世話はもうこりごりです……」
同じ拘束時間でも三倍も稼ぎが違うのか、凄いな。やっぱり回復魔法ってレアなんだなぁ。
「あ、それでねゴンゾー。私たち、明日は朝から来れないかって言われてるんだよね」
「お給金は増えるでしょうけど……ゴンゾーさん一人の時間が増えちゃいますし、どうしましょうか……?」
ミリィのやつ、まだ俺が一人になる事を気にしているんだろうか。
今日だって勉強にはならなかったが、危険な事なんて何も無かったし、心配することなんてないのにな。
「別にいいんじゃないか? 俺も朝からギルドに行ってみたらいいだけだしな。さすがに一日ですぐに代わりの良い人が見つかるかはわかんないけどさ」
俺の依頼書はたぶんクエストボードに貼ってあるんだろうけど、さすがに明日の朝では、まだ代わりの人なんて見つかってないだろう。けど、たまには一人で色々見てみるのもいいかもしれない。思えば異世界に来てからずっと誰かと一緒にいたからな。
「じゃあ明日は朝からお仕事に行っちゃいますね。……しっかりわたしが稼いできますから、無駄遣いしないでくださいね?」
「いつ俺がお前の金を使い込んだんだよ。そうやって俺を社会的に殺そうとするのをやめろ」
また妙な事を口走りやがる。こいつは俺をどうしたいんだ。
「じゃあ明日は私たち二人は朝からそのまま教会に向かうね。終わったらどうしよっか? まだ新しい先生が見つかるかわからないし……そのまま宿に帰っちゃう?」
「そうだな、ずっとギルドにいても邪魔になっちゃうだろうし……俺も明日は終わり次第、宿に帰ってのんびりするかな」
翌日の予定を決めた俺たちは、その後はゆっくり雑談をしながら夕食を済ませて、明日に備えて早く寝る事にした。……まあ、俺は特に備える必要もないんだろうけど、もしかしたら明日朝でも先生が見つかっている可能性もあるからな。
そして翌日。
軽く宿で朝食を済ませて、俺たちは宿を出た。
「それじゃあ、行ってくるね! ゴンゾーも新しい先生が早く見つかってるといいね!」
「じゃあ行ってきますね。早く勉強ができるといいですね」
途中までは同じ道だったが、教会はギルドとは別方向のようで、すぐに二人と別れる事になった。
こうして一人になって道を歩いていると……何だか少しだけ不安になってくる。
いつも大体一緒にいたから、やはり一人では何かあった時を思うと少し怖い。言葉も通じるし、金もあるからそうそう困った事にはならないとは思うけど。
あまり急いでギルドに向かっても仕方が無いので、迷わない程度にゆっくりと町を見物しながら歩いていくと、朝飯が軽くだったからか足が勝手にいい匂いのする方に釣られていく。
この匂いは……少し懐かしい気がする。俺が初めてこの異世界に来た時に食べた串焼きの匂いだ。
「どうだい、新鮮なファングボアの肉だよ! 一本二百アラドで──あれ? もしかして、ちょいと前に転移魔法で飛ばされた兄ちゃんかい?」
ふらふらと露店に近づいて行くと、店のおじさんに声をかけられた。
よくよく見ると、俺が異世界に来てすぐ優しくしてくれたおじさんじゃないか。
「ああ、お久しぶりです! おかげさまで、あれからギルドに行ってなんとか稼げるようになったんですよ!」
「良かったじゃないか。それで、稼げるようになったから来てくれたのかい?」
そういえば、稼げるようになったらまた来てくれって言われてたな。ただの常套句みたいなものだろうけど、最初にこの人に優しくしてもらえたから、異世界で頑張れたっていうのもある。それに、もう少し腹に何か入れておきたいという気分だ。ここはひとつ、少しでも売り上げに貢献しておこう。
「今日は依頼の事でギルドに行く途中なんですけど……小腹が空いてるし、とりあえず一本ください!」
「はっは、そうこなくちゃあな!」
おじさんに二百アラドを支払い、食欲をそそるソースのいい匂いのする串焼きにかぶりつく。
串焼き自体は、実はミリィと一緒に他の露店でも少し食べていたのだが、この店の串焼きはやはり少しレベルが違う。
他の店が不味かった訳ではないのだが、やはりこのソースの味が決め手なのだろうか。甘辛い強い味が口いっぱいに広がる。
「ああ、やっぱりこの店のは特別美味いですね!」
「嬉しい事言ってくれるねぇ! うちは他とは味付けをこだわってるからな。兄ちゃんもギルドに出入りするんなら、冒険者なんかの知り合いにうちを宣伝してってくれよな!」
『軽度な好意を確認。一時的にステータスが微上昇します』
ああ、この感じも懐かしい。
そういえば、このおじさんのおかげでこのスキルでも良い効果があるってわかったんだよな。
「丁度うちのメンバーに食い意地の張ったやつがいるんで、宣伝しときますよ」
肉に対してなんか異様に食い意地が張ってるし、稼いだ金も気が付いたら串焼きとかに使っているし、特に美味しいこの店をミリィに教えたら常連になってそうだな……。まあ、おじさんが儲かるならそれでいいけど。
小腹も膨れたことだし、おじさんに軽く挨拶をして俺はまたゆっくりとギルドに向かい始めた。
こうして朝からいい人と出会えたんだから、次の先生が早く見つかって、その人も良い人だといいな。




