67「初日の終わり」
「アダチヤマさん、姪が失礼な事ばかり言った上に、ろくに文字も教えられず……申し訳ありませんでした……」
コヨンさんが申し訳なさそうに俺に頭を下げるが、大人に謝られるのは少し恥ずかしいというか、気まずい気持ちになるのは何故なんだろうか……。
というか、コヨンさんに謝られてもなあ……本人からの謝罪ならわかるんだけど。
「もういいですよ、一応文字表くらいは書いて貰えましたし……。というか、やっぱり身内の方だったんですね……」
収穫が全く無かった訳でも無いが、これだけで五千アラドは正直ちょっと痛い出費だ。まあ、社会の厳しさを知った代金といった所か。
「ええ。あれでも応用学校は常にトップクラスのまま卒業して、大学でも成績優秀だと聞いていたんですけどねえ……甘やかしすぎたんでしょうか……」
あの態度は甘やかしていたとか、そういう問題なのだろうか……。
「コヨンさんには悪いんですけど~、言葉遣いなんかも甘やかされて育った弊害だと思うんですよね~。なまじ優秀だっただけに注意される機会も少なく、他人を見下す事に慣れてしまったんじゃないでしょうかねぇ……」
「耳の痛い話ですが……今回は私も身内贔屓だったと反省すべき所ですね……。ああ、それとアダチヤマさん。今回の依頼料は全て返金となりますので、安心してくださいね。依頼も失敗扱いになりますし、こちらの人選ミスですから……」
そこそこ高い勉強代になるかと思ったが、返金になるならそれはありがたい。
少しコヨンさんに申し訳ない気持ちもあるが、やっぱりキャサリーナさんには少しムカついているので、彼女にしっかり反省してほしい気持ちも込めて、ここはしっかりと返金して貰おう。
「じゃあ、返金をしてもらうという事で……というか、そもそもまだ支払いをしてないと思うんですけど?」
「以前、ギルドに口座を作りましたよね? ギルドに依頼を出す時のお金は、直接受付で払うか口座から引いておく事になっているんですよ。なので今回は、口座にお金を戻しておく……というか変動無しという事ですね」
そういえばゴブリンキングの報酬金を全額ギルドに預けたんだった。
自分で依頼を出す時にもこうやって使えるんなら、便利だな。
「それと……個別指導の依頼はどうしましょう? さすがに今日は勉強にならなかったでしょうし、継続して依頼を出しますか?」
確かに簡易的な文字表だけではさすがに文字は覚えられない。
今回はお金もかからなかったことだし、当然次の先生を探した方がいいだろう。
「お願いします。俺も早く文字を覚えて、魔法ってのも使えるようになってみたいんで」
「わかりました。では今度こそちゃんとした人を見繕っておきますね。……そういえばアダチヤマさんの国……ニホンは魔法を使える人がいないんでしたね。ですが以前ステータスを見た限りでは、アダチヤマさんにも魔力はちゃんとありましたから、使い方を覚えれば問題なく魔法も使えるようになるでしょうね。条件に魔法の基本も教えられるというのを追加しておきましょうか?」
条件に魔法も教えてくれる人ってのを追加か……。文字を覚えた後になるかもしれないが、どちらも教えられる先生に継続して教えて貰った方がこっちもやりやすいだろう。
「そうですね、それでお願いします。でもそうなると高くなったりしませんか?」
「それくらいでしたら報酬金は変えなくても大丈夫ですよ。教える内容自体は、基礎学校と変わりませんから」
そういえばこの世界では魔法の基本も学校で教わるんだったな。
日本の感覚で言うなら……小学校低学年レベルの算数を教えて貰うついでに、国語とか別の授業って感じなのかな。
「じゃあ次こそは……教え方の上手い人をお願いしますね」
「ええ、任せてください。それでは今日は私もキャサリーナと話をしたり、普通に仕事もありますので、これで失礼します」
この後待ち受けているであろう姪っ子との話し合いがあまり気が進まないのか、単純に疲れているのか、ため息をつきながらコヨンさんは退室していった。
普通に仕事の途中だったんだろうなぁ……それが余計な仕事が増えてしまったんだろう。大人って大変だ……。
「では~、私も通常業務に戻りますね~。せっかくの二人っきりですし、本当はゴンゾーさんに色々教えてあげたいんですけど、今日はやる事が多いので~……残念です……」
「ああ、気持ちだけでも嬉しいよ。それと、さっきはありがとな」
「いえいえ~。好きな人が貶されているのは、見逃せませんからね~」
『軽度な好意を確認。ステータスが微上昇します』
シノのこういう正直なところは本当に嬉しく思う。
男じゃなかったら本当にすぐにでもお付き合いしたいんだけどな……。
しかし、シノも事務作業に戻るのか。残った俺は……今日はやる事がもう無いな。
予定よりずいぶん早く終わってしまったし、俺はどうしようかな……メル達は仕事が終わり次第、ギルドに戻ると言っていたけど。
図書室を見てみる……にしても、その本を読むための文字がまだわからないからな。
教会の場所を聞いて、二人を迎えに行くついでに見に行ってみるのもありかな。
「なあシノ、教会の場所って知ってるか?」
「もちろん知ってますけど……ああ、お二人を見に行くんですか~? でも教会でのお仕事が終わるまでは随分と時間がありますし、あまり一人で時間を潰せるような場所ではありませんけど~……」
確かに、長時間過ごすような場所でも無いだろうし、二人は仕事中だからな。俺と話してるような暇も無いだろうしな……。
どうすべきかと悩んでいると、シノが一つ案を出してくれた。
「もしよかったら、私のお手伝いをしませんか~? ちゃんと報酬も払いますけど~?」
ふむ……シノの手伝いか。
時間も潰せるし金も稼げてシノもそれで助かるんなら良いことずくめだけど……一体何を手伝えばいいんだろうか?
「シノがいいんなら俺は構わないけど……事務作業の手伝いで俺にできる事ってあるのか?」
「ふふ、居てくれるだけで嬉しいんですけどね~。でもそれじゃあお手伝いになりませんから……簡単な掃除をお願いしましょうかね~。机の上の書類をまとめておいて欲しいのと、床のゴミや埃を掃除して欲しいですねぇ。クリーンではゴミまで消すのは無理がありますから……」
確かにクリーンの魔法は色々と綺麗になるが、埃くらい小さなものなら消えるのだろうけど、ゴミとなると無理がある。というか、クリーンってどういう原理なんだろうか。ある程度の小さな埃や汚れを目視できないレベルまで小さくしているとか……?
「ああ、それくらいでいいなら俺でも大丈夫そうだな。でも、書類とか文字が読めない俺が触って大丈夫か?」
「ありがとうございます~。書類については種類ごとに大まかに積んであるので、そのまま揃えるだけで大丈夫ですよ~。それに、読めない方がある意味では都合が良いですし~。あ、あと掃除用具は隅のロッカーに入れてありますからね~」
「はいよ、了解」
なるほど、そもそも文字が読めないから、書類の内容とか他言しようとしてもできないもんな。もちろんそんなつもりは無いけど。
早速、机の上にある書類から整理していく。どの机の上にも色々と書類が散らばっているが、綺麗にまとめるだけなので、何も難しい事は無い。丁寧にやっても少しの時間で終わってしまった。
そして床の掃除……といっても、これも難しい事は無い。どういう掃除道具があるのかなと少し思ったくらいだが、ロッカーを開けてみれば特に何の変哲もないホウキとチリトリ、雑巾とバケツなんかが出てきただけだ。さすがに異世界でも掃除道具なんかは変わらない。
掃除は嫌いじゃないし、学校でも道場でも家でもよくやっていた方だ。ゴミを掃いて綺麗に拭き掃除までしていると、何か珍しい物を見るような目で、シノが話しかけてきた。
「……ゴンゾーさんは、そういうお仕事でも文句も言わず、真面目にやるんですねぇ。嫌がって真面目にやらない人も多いんですけど」
「いやいや、仕事なんだから真面目にやるだろ普通。……もしかして、不真面目な人が多いのか?」
今まで俺が出会ってきた人たちは基本的にいい人ばかりだったけど、今日出会ったキャサリーナさんみたいな人だったり、掃除すら真面目にしない人が大多数だったりするんだろうか……?
「そうですねぇ……普通の方なら、お仕事ですから真面目にするでしょうけど~。冒険者を目指す! なんて人は、掃除なんかはやりたがらない人が多いですねぇ……。だから、ちょっと新鮮に見えますね~」
「あー……冒険者ってやっぱりそういう人が多いんだな。まあ俺の場合は掃除はよくしてたから慣れてるっていうのもあるし、綺麗になるのは嫌いじゃないからな」
「……でも、どうしてゴンゾーさんのように真面目な方が冒険者を目指したんですか~? 確かにゴンゾーさんは強いですけど、もっと別の仕事でもしっかり稼げると思うんですけど……」
そういえばシノには俺の事情とかは話してなかったな。
といっても、冒険者になったのはその場の流れだったんだよな……。
「シノにはまだ詳しく言ってなかったっけ。俺は日本っていう国から来た……というか、飛ばされてきたんだけどな。詳しく知らないけど、翼人って奴のせいでな。それで何もわからないまま気付いたらこの町にいて、困ってる所でメルと出会って、そのままメルと一緒にギルドに来たら冒険者になった……って感じだな」
こうしてもう一度整理して話してみると、本当に行き当たりばったりだったな。メルが冒険者を目指してなかったら、ひょっとしたら別の事で稼いでいたかもしれないな。
「翼人……ああ、最近被害者が出たのは聞いていましたけど、ゴンゾーさんが転移魔法の被害者だったんですねぇ。大変だったでしょう……」
「そうだな……言葉も通じてなかったら本当に危なかったと思うよ。でも、出会った人たちには恵まれてると思うし、これから文字を覚えていけばもっと過ごしやすくなるだろうし。住めば都って言うしな」
「ふふ、ゴンゾーさんがそういう人柄だから、良い人に恵まれるんだと思いますよ~。……まあ、今日のはちょっとした事故みたいなものでしょうけど……」
「ははは、手厳しいな。でも、もしかしたらキャサリーナさんも別の出会い方をしてたら、もっと別の印象だったかもな」
こうしてシノと雑談をしながら掃除をこなして、夕方まで過ごした。
終わる頃には床まで雑巾でピカピカに磨いて綺麗にしていたのだが、クリーンより綺麗になったとシノが言ってくれて、報酬もなんと五千アラドもくれた。
数時間掃除しただけでこんなに貰うのは悪いと言ったんだが、仲間として早く文字を覚える為の費用に充ててくれと言われたら断れなかった。
散々な個別指導の初日だと思っていたけど、シノと話ができたので、今日はこれでよしとしよう。




