65「個別指導の先生」
ギルドの受付前で話していると、いつの間にかコヨンさんとシノがやって来ていた。
「えっと、見張るって……?」
不穏な言葉だったので、思わず聞き返した。
「今回は~、私もお仕事なんですよ~。ゴンゾーさんへの個別指導は、今回はコヨンさんの知り合いの学生さんがやるらしいんですけど、ちゃんと指導できているかの確認、というか見守りですね~。……事務仕事をしながらなんですけどねぇ……」
シノも今回はそういう方向での仕事なのか。
でも、監視しながら通常業務もしなきゃいけないなんて……最近は忙しいとか言っていた気がするけど、マジなんだな……。
「将来教師を目指している、私の知り合いなんですけどね。人に教えた経験が無いので、その分お安くなりますし、今回は丁度いいかと思いまして。だからこそ、今回は私たちの方でも様子を見ることにしましたので、安心してください」
いつものように目の下のクマが印象的で、髪もこれまたいつものようにボサボサだが……ちょっと疲れた印象がいつもより強い気がする。
「ほらミリィちゃん、シノさんがゴンゾーと一緒にいてくれるみたいだから大丈夫だよ。だから一緒に教会の仕事に行こっか」
まるで小さな子供をなだめるかのように、メルが優しくミリィに言い聞かせていた。
……言動が子供みたいなことが多いけど、大人なんだけどなぁ。
「……わかりました。では、ゴンゾーさんの事をよろしくお願いします。ゴンゾーさん、しっかりお勉強するんですよ?」
今度はまるで子供を心配する親のように、俺に言い聞かせるような事を言い始めた。なんなんだこいつは。
「うふふ、後は私に任せてくださいね~」
二人……というかミリィは、心残りがあるのか何度も背後を気にして、何度か振り返りながら少しずつギルドの出口へと遠ざかって行った。
……大げさな奴だなぁ。
「愛されてますねぇ、アダチヤマさんは」
何だか微笑ましいものを見るような優しい目で俺を見ながらコヨンさんが呟く。
「愛……なんですかね、これ?」
まあ、心配されているという事だろうし、とりあえずは喜んでおくか。
それよりも、俺の家庭教師……まあ、家じゃないから個別指導と言った方がいいのかな、そちらの方が気になる。
「それで……俺に文字を教えてくれる人っていうのは、今日からでも大丈夫なんですかね?」
「ええ、今もギルドの図書室で個人的に勉強してるみたいですから、今日からでも大丈夫ですよ。本人もそのつもりのようですし」
そういえばギルドには図書室があるって聞いてたな。ギルドって本当に便利な施設だ。
教えてくれる人もその気みたいだし、個人的に勉強するくらいの人ならきっと真面目だろう。今回は俺も真面目に勉強したいから、そういう人の方が助かる。
「じゃあ早速今日からお願いします。一応紙とペンは買っておいたんですけど、他に何か必要な物ってありますかね?」
「おお、やる気があるようで良いですね。教科書代わりの本は図書室にありますし、その二つがあれば特に必要無いでしょう。では早速呼んできますので、シノビアラはアダチヤマさんを別室に案内しておいてください」
「は~い。じゃあゴンゾーさん、私に付いてきてくださいね~」
図書室はギルドの二階にあるのだろうか、コヨンさんは二階へ向かった。
一方、シノは受付横の廊下を進み、何だか恒例になってきたいつもの別室……かと思ったが、その近くにあったまた違う部屋だった。
「結構部屋が多いんだな……なんか迷いそうだ」
「そうですね~、無駄に部署が多いですからねぇ……。私も最初はどこがどの部屋なのかわかりませんでしたし……。とりあえず今日は、私の仕事部屋でもある事務室でするみたいですね~。今日は他に人がいませんし、あんまり他の人が出入りしないので、ちょうどいいんですよ~」
事務室か……。なんだか少し緊張するけど、他人の目が無い場所ならそこまで気にしなくても平気かな。
シノに案内されてその部屋に入ると、まず部屋の中央にあるいくつもの事務机が目に付いた。その上には書類らしきものがいくつも散らばっている。
壁一面の棚には本がいくつも並んでいる。まだ字は読めないが、何となく整理番号が振られているんだろうと思えた。
部屋の隅、少し奥まった場所には簡素な木製テーブルが置かれていた。その両端に椅子が二脚、対面するように配置されている。察するにここが今日の俺の指定席かな?
何というか……事務室というよりは、俺からすると学校の職員室みたいだ。
「そこの隅のテーブルを使ってくださいね~。私はこっちで事務作業しながら、見守ってますから~」
やはり隅のテーブルが指定席だったか。本来は休憩用か何かなんだろうな。
とりあえず椅子に腰を下ろし、テーブルの上に紙とペンを出しておく。
しかし……一体どんな人が来るんだろうか。少し怖くもあるが、楽しみでもある。
内心そわそわしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ~」
シノの方を見ると、書類に何かを書きながらドアの方に目も向けず、そのまま声を出していた。何だか、めっちゃ仕事のできるキャリアウーマンみたいだ。男だけど。
そんなシノの声に反応して、部屋のドアが開く。
まず入ってきたのは、コヨンさん。
そしてその後ろから入ってきたのは、少しふくよかと言うか、肉付きが良いというか……ぽっちゃりとした女性だ。
赤く長い髪をなびかせているが、女性的と言うよりは、その堂々とした振る舞いから何だか強そうな印象を受けた。
「お待たせしました。こちら、大学生のキャサリーナさんです。応用学校を出てすぐ大学に入学したので、アダチヤマさんと歳は同じくらいですよ」
大学生か……そういえばこの世界は普通の学校が十二歳まで、それから先が応用学校とかいうのに通う事もあって、十五が成人。大学はその後に通う所なのかな。
「キャサリーナ、こちらはアダチヤマ・ゴンゾーさんです。異国から来たので文字がまだ読めませんが、言語習得のスキルのおかげで会話はできますし、恐らくこちらの大学と同じような場所で学習していた方です。この国の知識はともかく、基礎的な学力は高い方ですよ」
キャサリーナと呼ばれた彼女は、コヨンさんの紹介が終わるやいなや、すっと俺の正面まで歩み寄ってきた。
ぽっちゃりとした体型とは裏腹に、その動作には一切の無駄がない。俺の前に立つと、彼女は品定めをするような鋭い眼差しを向け――。
『生理的嫌悪を確認。ダメージを受けます』
「ぐふっ!」
……ああ、忘れていた。初対面の時っていうのは、こういう事があるんだった。
でもいきなり生理的嫌悪は酷くないかな?
「ど、どうしましたアダチヤマさん?」
突然胸を押さえて、背を丸めて前かがみになった俺を心配するようにコヨンさんが声をかける。
他の人にはスキルの事なんてわからないからな。でも不審な動きをしたくないけど、突然くる痛みはどうしようもないんだよな……。
「す、すみません、ちょっと咳き込んじゃって……。えっと、俺は安達山権蔵です。一応これでも十六です。今日はよろしくお願いします」
何とかこれ以上嫌われないように、とりあえず痛みを我慢して普通に取り繕う。
「え、十六とか冗談でしょ? これでアタシと同い年とかマジ? 絶対サバ読んでるっしょ!」
……ああ、この態度でもうわかる。
こいつは駄目な奴だ。クラスにいた、俺を毛嫌いしていた女生徒と同じものを感じる。
というか、初対面でいきなりこんなことを言ってくるやつがまともなはずがないだろう。今までいい人とばかり知り合ってきたから油断していた。
「こら、キャサリーナ! 失礼でしょう! ……すみません、アダチヤマさん。これでもちゃんと勉強はできる子なんですけど……」
コヨンさんが慌ててフォローを入れるが……勉強はできると言われても、これではもう不安しかない。
「オバさん、本当に文字教えるだけで五千アラドも貰えんの?」
お、オバさん……?
もしやコヨンさんに言ったのか? いやいや、コヨンさんは目のクマや髪のボサボサ具合なんかで見た目にあまり気を使っていないように見えるが、顔立ちからしてかなりの美人だ。それに恐らく、リナさんと歳はそんなに変わらないだろうから、歳もまだ二十代前半だろう。
そんな人を、オバさん呼ばわり……。
「人前でオバさんは止めなさいと言ったでしょう。それに、教師を目指すのなら礼儀も正しくしなければいけません。これは仕事なんですから、ちゃんとやらないと報酬は出ませんからね」
「えー、なんか厳しい……」
ああ、オバさんって、叔母って事なのかな。
コヨンさんの態度からしても、そんな気がする。
しかし……第一印象は最悪だ。
俺、こんな人に文字を教えてもらわないといけないのか……?




