64「新しい日々」
宿の自室。
朝というには遅く、昼にはまだ早いそんな時間。
バチンッ! と乾いた衝撃音が部屋に響き、床に並べた紙の一枚がペラリと無様に裏返った。
「よっしゃー!」
「あー! ずるいです! 無防備な方から狙うなんて!」
悔しそうにミリィが吠える。うーん、いい気分だ。
「狙いやすいやつから狙うのがセオリーなんだよ。ほら、次はお前の番でいいから。本当は裏返したら連続でやるんだが、初心者相手だから一回交代ルールだ」
「くっ……なんという屈辱……! ですが、甘く見ないでください! すぐに吠え面かかせてやりますよ!」
ミリィは必死にそれを握りしめると、獲物を狙う猛獣のように目を鋭くさせた。
息を止め、大きく体を反らせたかと思うと、今度は渾身の力を込めてそれを床に叩きつけた。
「とぉっ!」
ベシ! と派手な音がしたが、それだけだった。
「嘘でしょう……?」
ミリィは茫然とした目で地面のそれを見つめ、次いで俺を上目遣いでじっと睨みつけた。
「もう一回! もう一回です!」
心なしかその目にはうっすらと悔し涙がたまっているようにも見える。
そんなに悔しい事か……?
「駄目だ、次は俺の番だ。そういうルールなんだよ」
「卑怯です! わたしはまだこの遊びに慣れてないのに!」
そうやって部屋で二人ではしゃいでいると、突然背後から声が聞こえた。
「……なにしてるの?」
「うお!? なんだメルか……びっくりしたなあ……」
どうやらメルの声だったみたいだ。
しかし、部屋に入ってきていたなんて気付かなかった。白熱しすぎていたようだ。
「何度もノックしたよ? なんかミリィちゃんの叫び声みたいなのも聞こえたし、鍵もかかってなかったから。それで……それは何?」
床に散らばる紙を指さし、メルが聞いてきた。
「ああ、これは昨日雑貨屋で買った物で作ってみたんだ。メンコっていう俺の故郷の古い遊びだ。厚紙を床に叩きつけて、風圧で相手の札をひっくり返すだけの単純な遊びなんだけど、これなら簡単に作れるかなって思ってさ」
メンコと言っても、紙の間にボロ布を糊でくっつけて、表側に適当に絵を描いただけのシンプルなものだ。
今となってはかなり珍しいかもだけど、小さい頃に爺さんがこういう遊びをよくしてくれてたんだよな。竹トンボや水鉄砲を作ってくれたりもしたっけな。
「ゴンゾーさんったら、初めてのわたし相手に手加減無しで卑怯なんです!」
まるで先生に告げ口する小学生みたいに俺を指さしながら、ミリィはメルに言いつけていた。
卑怯でも何でもなく、ただ普通にやってただけなんだがなぁ……。
「うーん……じゃあ、私と遊んでみる? 私もこの遊び初めてだし。これってどうやって遊ぶものなの?」
ここでメルの参戦か。
シンプルな遊びだし、器用なメルなら、下手したら最初から俺より強いんじゃないだろうか。
「最初にお互いのメンコをいくつか床に並べて、その後に順番を決めるんだ。それから自分の番が来たら、自分のメンコを地面に叩きつけて、その風圧とか衝撃で相手のメンコをひっくり返す遊びだよ」
実は俺も詳しい正式なルールは知らない。なのでとりあえず遊べそうな基本ルールだけ教えておく。
「えっと……それだけ? 随分と簡単なんだね」
「ふっふっふ、これでも案外難しいものなんですよ……。ですが! 完全に初心者のメルランさん相手なら、今度こそわたしの勝利は揺るぎません!」
そんな大見得を切っていたミリィだが──十数分後。
まあ、想像していた通りの事態になっていた。
「ぐぅぅ……なぜなんですか! わたしがやっても全然めくれないのに……!」
ミリィがいくらやっても一枚もめくれず、一方でメルは最初こそめくれていなかったが、二投目、三投目あたりでコツを掴んだのか、以降はパーフェクトだった。
「ご、ごめんね……思ってたより簡単だったから……」
メル、その言い方は余計に傷を抉っているぞ……。
「お前は力任せに適当に叩き付けすぎるんだよ。もっとこう、手首は最初は固定したままで、投げる寸前だけスナップを効かせる感じで投げるんだ」
「なるほど……こういう感じですか?」
実演しながらアドバイスをしてみたが、ミリィは言われた通りに俺の投げ方を真似している。 うん、手の動きはかなりいい感じだ。
「そうそう、そんな感じだ」
「よぉし、これでコツは掴みましたよ! さあもう一回やりましょう! 次は負けませんよ!」
ほんの少し投げ方のコツを教えただけで、なんだか凄く勝気になっているミリィ。一体なにがこいつをここまで本気にさせているんだろうか……。
「あー、ミリィちゃん……そろそろ終わりにして、早めにお昼を済ませないと。お昼からギルドに行って私達はお仕事、ゴンゾーは勉強だからね」
そう言えばそうだった。今日は昼過ぎに来た方がいいとシノが言っていたんだ。
それでメルが部屋に来たというわけか。ちょっと早いなと思ってたんだが。
「むぅ……これからがいいところなのに……仕方ないですね……」
一体メンコの何がそこまで気に入ったのだろうか、それともただ負けたことが悔しいのだろうか、ミリィは不満げだ。
「あーもう……しょうがねぇな。ほら、このメンコはお前にやるから、暇な時間にでも練習してろよ」
放っておいても面倒くさそうなので、とりあえず作っておいた十枚くらいのメンコを全てミリィにあげる事にした。
「え、いいんですか!」
「また作るからいいよ。材料は雑貨屋で手に入るし、簡単に作れるしな」
一枚当たりの値段も大した事無いし、試作だったから別にいいか。
次はもう少し丁寧に作りたかったし、丁度いい。
「やりました! これで次はお二人にも負けませんよ!」
何だろうなぁ……元天使長の威厳とかそういうの、どこへ行っちゃったんだろうな……。
とりあえずミリィもメンコをあげたことで満足したみたいだし、俺たちは早めの昼食をとる事にした。
ギルドまで行って、そこで食べてもよかったのだが、今回は宿で食べる事にした。
そういえばそろそろ宿に泊まり続けて、それなりに日数が経過した。ミリィの事があるから色々とサービスもあるし、別にこのまま連泊を続けてもいいのだが……アパート暮らしみたいに、どこかに部屋を借りた方が安く済むのだろうか。
でも、俺は料理が苦手だし……ミリィも得意だとは思えない。そう考えると、今のまま宿に住み続けた方がいいのかな。
早めの昼食を終えてギルドへ向かうと、料理屋の方が結構混雑していた。やはり宿で食事を済ませて正解だったかもしれない。
こういう時は受付の方は空いているのだが……やはり人は少なかった。
やはり顔見知りの方が話しやすいというのもあって、受付のいつもの場所……リナさんを探す。リナさんはコヨンさんと仲が良いというのもあるし、結局こういう時はリナさんに話を付けるのが一番早く事が進むんだよな。
「あ、リナさんいるね。早く行こっか!」
先にメルがリナさんがいつもの場所にいるのを見つけて、小走り気味に受付に向かった。
一方で、リナさんも俺たちをすぐに見つけたようで、すぐに手を上げて反応してくれた。まあ、俺たちはちょっと目立つ一行だからなあ……。
「丁度いい時間に来てくれたわねー、コヨンちゃんから話は聞いてるわよ。ちょっと待っててねー」
受付の前に行くと、すぐにリナさんは奥に何かを取りに行った。どうやらもう話は伝わっているようだ。
それにしても、シノから昼に行くのがいいと聞いていたのはよかったかもしれない。確かにこの時間は他の冒険者達は昼食をとっている時間だし、受付も比較的暇な時間帯だろう。
「じゃあ、メルランさんとミリィちゃんの二人は、教会でのお仕事の紹介状を預かってたから、これね。教会は人手不足みたいだから、今日からでも来て欲しいそうよ」
「はーい! それじゃあ早速今日から行こうと思います!」
封のされた手紙のような物を受け取ると、メルは元気よく返事をした。
ミリィは何だかそわそわしているようだ。なんだろう、トイレかな?
「アダチヤマさんの依頼の方は、朝から依頼書を作ってボードに貼ろうと思ってたんですけど、コヨンちゃんが伝手があるって言うので……。さっき呼んだから、もうすぐコヨンちゃんが来ると思うから待っててくださいね」
こっちも話が早い。それも、コヨンさんが直接探してくれたみたいだ。
もしかしたら今日は家庭教師をしてくれる人を探すだけで終わるかもと思っていたけれど、今日からしっかり勉強できそうだな。
「それじゃあ俺は今日からここでしっかり勉強できそうだな。二人も今日から働けるみたいだし、頑張れよ!」
「うん、ゴンゾーもね! じゃあ仕事が終わったら私たちはまたここに戻るから、それで落ち合おっか。それじゃミリィちゃん、一緒に……あれ?」
二人と別れて落ち合う約束をしたかと思ったら、なんだかミリィが元気がない。本当にどうしたんだろうか。
「どうしたんだ、ミリィ?」
「いえ……ゴンゾーさんと離れるのがちょっと不安でして……。危険は無いでしょうけど、ちょっと気になっちゃいまして……」
そういえば一応こいつの任務は俺の天寿を全うするのを見届ける事と、その時にスキルを回収する事だったな。
前回のゴブリンキングの時、ミリィと離れた途端に何度か死にかけてしまったからな。
天界が怖いのもあるだろうけど、さすがにそれなりに仲良くなったと思う。
友人……くらいに思ってくれているかは分からないが、そんな相手が自分の見ていない間に死なれるのが怖いんだろうな。
「……やっぱり、契約者と離れるのが不安なのね。精霊とはいえ生まれたばかりだもんね。そんな生まれたばかりの精霊を働かせて自分は家庭教師を雇って勉強を……。でも家庭教師と個室で二人切り、何も起こらないはずがなく……! 稼ぎを全て使い込む横暴な主人と懸命に主人に尽くす子供……! 駄目よ、アダチヤマさん!」
「アンタが駄目だよ」
また変な妄想をしている。この人はかわいそうな人だ。
それか午前中は忙しいとかシノが言っていたから、午前中に忙しさで壊れてしまったのかもしれない。無視しとこう。
「ギルド内だし、勉強するだけだから何も危険な事は起きねーよ。大丈夫だから、メルと一緒に行ってこい。メルも、ミリィを頼むな」
「そうそう、何も危険な事なんて無いですよ~。私が見張ってますからね~」
ミリィに声をかけたと思ったら、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
どうやらコヨンさんと一緒にシノが出てきたみたいだ。でもなんでシノもいるんだろう?
というか、見張るって何なんだろうか。
順調に家庭教師の件が進んだと思っていたけど、少しだけ不安になってきた。




