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63「食事会」


 ギルドで家庭教師を頼むことになったその日の夕方。

 報酬金も受け取ったし、シノも正式に仲間になることが決まったので、ランクアップ祝いも兼ねてシノを誘ってささやかな食事会を開いていた。


 こういう時にミリィは食べ過ぎて酷い事になるので止めさせたかったのだが……。

 いくらでも食べるミリィを面白がって、シノが鳥のヒナに餌をやるように美味そうな肉を口に運ぶ。それを次々と頬張るミリィがいた。

 結果……。


「く、苦しい……」


「いい加減に学習しろよ……」


「ご、ごめんなさいね~。あんまり美味しそうに食べるものだから~……」


 少し反省したようなシノの声。

 だけど俺は見ていた。

 シノは途中から完全に面白がっていた。「はい、あーんですよ~」とシノが言えば「あーん!」といくらでも口を開けて食べだすものだから、いつの間にか餌付け大会になっていた。

 何ならあの優しいメルも少し苦笑いだ。怒っているわけでは無いだろうが、呆れてはいる。


「ふ……ふふふ……、わたしも学習していないわけではないのですよ。今回はこれでもセーブしていたのです……。だから、なんとか動けるくらいには……うっぷ……」


「あーもう動くな喋るな、じっとしてろ」


 こんな所で吐かれたりしても困る。

 まあ、前回の時ほど苦しくは無さそうだ。これなら少しじっとしていればすぐに治るだろう。


「そういえば、ゴンゾーは明日の準備しなくちゃいけないんじゃない? 勉強の為の本……は、もしかしたら用意して貰えるかもしれないけど、紙とペンくらいは持っておいた方がいいよ」


 メルも最早慣れてしまったのか、そこまで心配するほどでもないと分かったからなのか、華麗にミリィをスルーして雑談を始めた。


「そうですね~。ギルドの一室をお貸ししますから、まあ紙もペンもあるにはありますけど、自分の物は持っておいた方がいいかもしれませんねぇ。本についてはギルドの図書室にちょうど良い物があるでしょうから、そちらはわざわざ買う必要は無いかと~」


 シノは少しだけミリィをちらちらと見てはいたが、俺たちがスルーしているのを見てとりあえず放置でいいと判断したのだろう、普通に話をし始めた。


 しかし、言われてみれば紙もペンも持っていなかった。

 生徒手帳のメモ欄に書き込めるくらいだが、勉強用としてはこれはダメだろう。


「そういう紙とペンってどこに売ってるんだ? ……ていうか、どれくらいするものなんだ?」


 紙は普通にあるのは知っているけど、そういえばペンはあるんだろうか。

 鉛筆とか、ボールペン……は難しいかもしれないが、万年筆みたいなものとかあるのかな。


「雑貨屋に全部あるよ。私が前に革袋を買いに行った……って、あの時もミリィちゃん食べ過ぎてたから私一人で行ったんだっけ。じゃあ後で一緒に行こっか。ミリィちゃんも、今日はもうちょっと休んだら大丈夫そうだし」


「ちなみに、紙は大きさにもよりますが一枚五アラドくらいですねぇ。上質な紙ならもっとしますけど~、勉強用ならそれくらいで充分です。ペンは……高い物と安い物の差が激しいんです。普通の鉄ペンや羽ペンなら五百から千アラド、インクがひと瓶五百アラドくらいですね~。ちなみに高い魔道具ペンは一万アラド以上しますよ~。先ほどコヨンさんが使っていたのも魔道具ペンですね~」


 なるほど、紙は思ったよりは安いな。

 しかしペンは……インクをつけて書くタイプなのかな?

 コヨンさんが使っていたものが、もしかしたら鉛筆やボールペンに近いのかもしれないが……ああ、そういえば最初にギルドに行った時に、何かサインとかで書いた覚えがある。その時は特に何も考えず、そのまま紙に書いていたけど、ボールペン感覚で普通に書けたんだよな。

 ああ、ポケットに普段から鉛筆かボールペンを入れておけばよかった。そうしたらこの世界に持ち込めたかもしれないのに。


「俺の国の鉛筆とかがあったら便利なんだけどな……後で雑貨屋を見てみるか。もしかしたら近いものがあるかもしれないし」


「エンピツ……ゴンゾーの国の、ニホンだっけ? もしかしてそっちはインクに付けて書くタイプじゃ無いの?」


「ああ、ちょっと違うな、形そのものはほぼ一緒なんだがな。安い物なら一本が五十アラドくらいだし。俺も詳しくは知らないんだけど、確か黒鉛っていう黒い石みたいなものを、木で挟んでるというか詰め込んでるというか……。それを紙の上で擦ると、黒鉛の粉が紙に付着して字になるんだよ。……うん、すまん。説明が難しいわ」


 鉛筆を説明しようと思ったが、どう説明すればいいのか咄嗟には難しかった。

 パソコンなりスマホなりで調べれば一発なんだろうけど、何も無しで覚えている知識だけで説明するのはやはり厳しい。たぶん正確には合ってないだろう。


「インクがいらないんだ。安いし、便利なんだね~」


「そんな良い物があれば、勉強も楽になりそうですね~」


 まあ、便利そうなものというのが伝わったみたいだし、それでいいや。


「ああ、そういえば明日の事なんですけど~、来るならお昼過ぎがいいと思いますよ~。今は結構忙しいみたいですから、紹介状を用意するのは明日の朝以降になると思うので~」


 ベテラン冒険者の印象が強いが、そういえばシノもギルド職員なんだった。

 こういう時に色々教えてくれるのはとても助かるな。


「じゃあ明日は……午前中に何か依頼をしてもいいけど、どうしようか?」


「そうだねー……ここ数日はゆっくり休んでたから、何か依頼をしたいところだけど……」


 今日大金が手に入ったからよかったけど、ここ数日は特に何も依頼をこなしていない。なので無収入だったわけだ。

 休みも必要ではあるが、メルもやはり少しは稼いでいないと不安なんだろう。


「あー……依頼も今は少ないんですよねぇ……。ゴブリンキングが倒されて環境が変わった事で、一時的にモンスターが減ったのかもしれませんね~。森の奥とか、山の方まで行かないといけない依頼が多いので、お昼までに帰るのは難しいと思いますよ~?」


 そう、この数日の間にもギルドに少し出向いた事はあった。その時にクエストボードを覗いたのだが、依頼の数が減っていたのだ。

 まあ、俺たちがよくやっていたホーンラビットの間引きの依頼は、ゴブリンキングが原因で出没していたのだから減って当然だ。


「そうですよね……。でも、教会でのお仕事を紹介して貰えるだけでも良い方なんですよね。でも教会ってどんなお仕事するんですか?」


「うふふ、もっと砕けた話し方で大丈夫ですよ~。もう仲間なんですし~。……あと、教会でのお仕事ですけど~……。教会と言っても、孤児院、学校、救護施設と色々な事をしていますから、ミリィさんは間違いなく回復魔法での救護員でしょうね~。メルランさんは生活魔法が得意みたいですから、ミリィさんのサポートと、クリーンの魔法をいろんな場所に使う事になるんじゃないでしょうか~?」


 そういえば俺はシノに敬語を使うのをやめたが、メルたちはまだだったな。

 こういう機会に皆の距離が縮まって仲良くなれるといいんだが。


「えっと……じゃあ……。それってどれくらい稼げるのかな? さすがにモンスター討伐の方が稼ぎはいいよね?」


 まだちょっと固い気もするが、まあ雑談だしこんなもんだろう。

 それに俺も少し討伐依頼以外ではどれくらい稼げるのかは気になっていた。


「そうですね~。命の危険のあるモンスター討伐と比べると……魔法の才能の必要があるとはいえ、ほとんど雑用のアルバイトですからねぇ……。午後からの半日の稼ぎとなると、四千アラドくらいになるんじゃないかと~」


 ふむ……半日で宿代は稼げるのか。

 生きていくだけならそれだけでもなんとかなるレベルか。


「ちなみに、ミリィさんが恐らくする事になる救護員なら、半日でも一万以上は軽く稼げるんじゃないでしょうか~。教会ではなく病院の方だともっと稼げると思いますよ~。その分激務になっちゃうと思いますけど~」


「高っ!」


 思わず声が出た。

 回復魔法は珍しいとか聞いた覚えがあるが、半日でそんなに稼げるんなら、ミリィはもうそっち専業の方が稼げるんじゃないか? まあ使命とか色々あるだろうし、そんなに俺から離れるような事はしないだろうけど。


「回復魔法が使える人材はどこでも人手不足ですからね~。なかなか覚えようと思っても努力だけでは難しい魔法ですし、回復魔法は魔力消費も激しいですから~」


「モンスター討伐と同じくらいの金額を稼げちゃうんだね……。凄いなぁ、ミリィちゃんは……私も回復魔法が使えたらなぁ」 


 メルのクリーンだって結構疲れるんだろうけど、日本でも医者の給料は高い。専門的な分野だし人の命を救う訳だからな、まあ高くて当然だろう。

 そんな中、いつの間にか復活していたミリィがドヤ顔でこちらを見ていた。


「なんだ、復活したのか?」


「ええまあ。ゴンゾーさんもわたしが優秀な事を理解できましたか? その気になればゴンゾーさん一人くらい本当に養う事もできますよ?」


 優秀なのは理解しているつもりだけど、養われるつもりは無い。

 こいつは何なんだ、女房気取りでもしたいのか?

 

「そんな事より、復活したんなら雑貨屋に行こうぜ。俺もどういう物が売ってるか見てみたいし」


「そうだね、ミリィちゃんも元気になったし、そろそろ行こっか。もうお店が閉まっちゃう頃だし、急がないと」


 それから皆で雑貨屋に急いで買い物に向かった。

 忘れがちだけど、やはり日本とは全然違うので閉店時間も早い。

 俺たちの食事がちょっと早めだったから間に合ったけど、日が落ちる頃……一般的な夕食の時間になると店を閉めるのが普通だ。深夜でも平気で営業しているコンビニが少し恋しくなってくる。


 雑貨屋は特に珍しい物はなかったが、ちょっとした便利そうな物がそれなりにあった。

 さっき話していた鉛筆のような物は無かったが、万年筆に近い物があったし、紙も言っていた通り安い値段で売っていた。

 工具のようなものもあったり、これとこれを組み合わせたらちょっとした物が作れるかも? と無駄に男心をくすぐる物が多かった。

 そして──。


「買ったねぇ、ゴンゾー……」


「やっちまった……」


 一つ一つが安いからと言って、合計二万アラド以上も買ってしまった。

 以前にメルが一人で雑貨屋に行っていた時にも、色々と衝動買いしていたみたいだが、俺も同じ穴のムジナだったようだ。


「わたしがいくら稼いでも、この人がいつも無駄遣いしちゃって……」


「うるせーよ。というか、お前は俺の何なんだよ」


 ドラマでしか聞かないような台詞をミリィが突然言い出した。

 当然、メル達は何のことだかよくわかっていないようだ。変な誤解をされそうだからやめてほしい。


「とにかく、今日はもうこれで解散だな」


 両手に大量の荷物を持ちながら、今日は解散となった。

 ……といっても、シノ以外は同じ宿だから感覚的にはシノと別れるだけなのだが。

 そういえば、シノはどのあたりに住んでるんだろうか? 宿暮らしなのか、家があるのか。

 もっと仲良くなったら、今度はそこら辺の話もしていけたらいいな。


 とにかく、宿に戻ったら明日の準備をしっかりするとしようかな。



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