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62「新たな課題」


 結局あれから数十分、特に俺が喋る事も無いまま依頼の詳細を報告していた。

 はっきり言って俺だけ手持ち無沙汰だ。

 俺も覚えている限りの事を何か言って、役に立てるかとも思ってはいたんだが……テーブルの上には地図が置かれ、それに色んな情報を書き込みながら皆は話している。

 言葉だけなら理解できるのに、地図のいろんな場所を指さしつつ書き込みながら話しているせいで、俺はもう話について行くことができなかった。


「……おや、どうしましたかアダチヤマさん? もしかしてこういった報告書の類の話は苦手ですか?」


 そんな風に黙ったままの俺を見て、コヨンさんが気にしてくれたのか声をかけてくれた。


「ああ、違います……いや、まあ苦手ではありますけど。ただ、俺は未だに文字の読み書きができないんで、こういう時何もできないなーって思っちゃいまして」


「ふむ……お仲間の方々に教えて貰う訳にはいかないんですか?」


 そういえばそうだ。

 でも仲間だからと言って、タダで時間を割いて教えて貰うっていうのも少し気が引けるし……。かといって金を払うと言っても拒否されそうなんだよな。距離が近いだけに頼みにくい。


「うーん、私は人にものを教えるのは苦手で……。でも、文字くらいなら何とかなるかなぁ?」


 そういえばメルは前にそんなことを言っていた気がする。あれは魔法についてだったかな? 

 でも普段からメルには世話になりっぱなしなのに、そこまで負担を増やしてしまうのも少し気が引ける。


「わたしならちゃんと教えられますよ! この世界の文字や言葉はある程度習得済みです!」


 ミリィに教わるのか……。軽く想像してみるが、なんだか小さい子供にひらがなの書き方を教えてもらっているような気分になって、ちょっと俺のプライドがへし折れてしまいそうな気がする。


「時間さえあれば私が教えてもいいんですけど~……普段はギルドのお仕事もありますから~……お休みの日や、一緒に依頼に行ったついでなら全然いいんですけどね~。二人っきりになれますし……」


 シノが笑顔で前向きに発言してくれているが、やはり厳しそうだ。

 そしてそんなシノの発言を聞いて『なぜあなたが?』とでも言いたそうな表情でコヨンさんがシノの事を見ている。たぶんシノが俺たちの仲間になるという話を聞いていないのだろう。


「……シノビアラ。いつの間にそんなに仲良くなったんです?」


「うふふ、色々ありましてぇ~」


 コヨンさんの問いをスルーしているシノの笑顔がそこにあった。……まあ、別にわざわざ隠すような事でもないだろうし、シノからそのうち言うだろう。一緒に依頼に行くときにも分かる事だろうし。


「えっと……文字のついでに、魔法を少し覚えられたらいいなって考えてるんですよ。生活魔法とか、ちょっとでも使えるようになれたらなって。たしか本来は学校で習うんですよね?」


 どうせ教えて貰うなら文字以外のことも一緒に教えて貰いたい。

 以前にミリィが『アイテムボックス』というスキルだか加護だかよくわからんが、凄く便利そうなものが俺にも使えるようになるかもしれないと言っていたのを思い出した。

 でも、それには魔法を習得していた方がいいとも言っていたので、魔法は覚えておいた方がいいだろう。


 それに、いつまでも飲み水を出してもらうのをメルやミリィに任せっぱなしなのも少し悪い気もする。魔法の事はよくわからないけど、やはり少しは疲れるものなんだろうし。

 学校があるならそこに通うのも一つの手だ。ある程度の常識が学べるだろう。


「確かに学校へ通うという手段はありますね。子供の頃に通えなかった方の為に午後からやっている学校もありますが……冒険者を続けながらでは少し難しいかもしれませんね。学習進度……勉強のペースが普通の学校より遅めですから、魔法までとなると数か月はかかるかもしれません」


「ああ、夜間学校や定時制みたいなの、こっちにもあるんですね。でも確かに、そんなに時間がかかるんじゃあ先にお金が尽きそうだし、依頼にも行けなくなるか……」


 さすがに数か月は厳しいな……。

 やはり恥を捨てて、ミリィに教わるべきだろうか。なんやかんやで最終的にはちゃんと教えてくれるだろうし。

 だけどいくらミリィでも何日も付き合わせるわけにもいかないか……。


「ふむ……それでしたら依頼を出してみてはいかがです? 家庭教師とか、個別指導というものですね。例えば午後から夕方まで付きっきりで教えて貰えば、学校よりも早く覚えられると思いますよ。確かアダチヤマさんはニホンで、こちらでいう応用学校や大学で学習していたのですよね? 言葉が通じますし基礎学力が高そうですから、ちゃんとした家庭教師に教われば文字も魔法もひと月かからずに習得できると思いますよ」


「家庭教師ですか……」


 うーん……そういうのって高いイメージがあるんだよな。でも大金を手に入れた後だし、学校は時間がかかりすぎるし……家庭教師なら気兼ねなく色々聞けるかもしれないな。


「ちなみに家庭教師を頼むと、どれくらいお金がかかるんですか?」


「そうですね……午後から夕方まで雇ったとして、一日あたり五千から一万アラドくらいでしょうか。五千アラドならやりたがる人もそれなりにいるでしょうし、一万アラドも払えば条件を付けてそれなりの学歴の人を雇えるでしょうね」


 半日雇ってそれなら、思っていたよりは安い方か。

 まあ教える内容が本来学校で教わる、日本で言う小学生レベルだろうから、そんなものなのかもしれない。


「え、ゴンゾーさん家庭教師頼んじゃうんですか? わたしなら一日串焼き三本でいいですよ。お金がもったいないと思いません?」


「じゃあコヨンさん、とりあえず五千アラドでやってくれる人を探してみたいんですけど」


「え? 無視ですか?」


 ミリィがなんか言い出したけど、スルーしておこう。金銭的にも、最終的に色々覚えられるかどうかも考えたらミリィに頼んだ方がいいだろう。

 けど、こいつに頼むとなんか負けたような気がするし、金銭的にお得でもなんかムカつく。

 それに、十日で五万。ひと月かかっても十五万なら払える範囲だ。


「いいですよ。貧困層や生活に困っている学生、引退した学者なんかに紹介する仕事をちょうど探していましたし、それならギルドにある部屋を一室お貸しできますよ。ギルド内でしたらちゃんと仕事をしているかの確認もできますし、何か問題が起きてもすぐ対応できますからね」


 多少の金銭がかかるのは仕方ないが、とにかくこれで俺の懸念が一つ解消されそうだ。

 やはりコヨンさんは頼りになる。ちゃんとした大人って凄い。


「じゃあ、しばらくは一緒に依頼に行く時は午前中だけで終わりそうなものにしよっか。午後はゴンゾーがお勉強するんなら、私とミリィちゃんは何しよっか……?」


 安堵の息を吐く俺の横で、メルは少しだけ変わってしまう日常の過ごし方を考え始めているようだった。

 そうだ、午後から俺が勉強するんなら、メル達は俺抜きで行動することになる。当たり前のことなのにそこまで考えが至らなかった。


「あ、俺の都合で勝手に決めちゃってごめんな……」


 俺がそう言うと、メルは気にするなとばかりに首を横に振った。その純粋な優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「ううん、全然いいよ。確かにゴンゾーも文字が読めないのは不便だもんね。私もできそうなことは協力するよ!」


 そんなやり取りを微笑ましく見ていたコヨンさんが、ふと思い出したように口を開いた。


「ふむ……もしお暇でしたら、教会か病院でアルバイトをしてみてはいかがですか? ミリィさんは回復魔法が使えるみたいですから、引く手あまたでしょうし。ただ、ミリィさんの見た目ですと保護者役が必要になりそうですから、メルランさんもご一緒がいいですね。でも生活魔法が使えるならメルランさんも問題なく働けると思いますよ」


 なるほど……確かにそれなら俺抜きの方が都合がいいだろう。

 回復魔法は珍しいとか言っていた気がするし、いい稼ぎにもなるんじゃないかな。


「午前中は依頼を受けて午後からはミリィちゃんと二人でお仕事か……いいかも! ミリィちゃんはどうかな?」


「そうですね、ゴンゾーさんと離れるのは少し心配ですけど……。まあ、ゴンゾーさんを養うためだと思えばそういう仕事をするのもいいですね」


 ミリィはどういう立場のつもりなんだ。

 少なくとも俺はこいつに養われるつもりはないぞ。


「では家庭教師の件と、お二人のアルバイトの紹介状も作っておきますので、また明日にでもギルドに来てください。調査記録の話も終わるところでしたし、今日のところはもう帰っても……ああ、ちょっとだけ待っててください、忘れるところでした。皆さんのギルドカードに預金情報を紐付けるので……」


 そう言えばそうだった。すっかり別の話をしていたせいで忘れていた。

 コヨンさんは皆からギルドカードを受け取り、部屋から出て行った。


 少し時間がかかるのかなと思い、軽く雑談をし始めたほんの数分でコヨンさんは戻ってきた。

 複雑そうな手続きそのものは後で裏でやるんだろうか?


「さて、これで以降は受付でお金を預けたり引き出したりできますよ。これからも当ギルドをしっかり活用してください。ギルドが潤うと私も昇進とか色々と助かりますので」


 そういえばコヨンさんもミリィみたいに無駄に役職が長いんだよな。やっぱり昇進して短くてわかりやすい役職になりたいんだろうか。

 差し出されたギルドカードを受け取ると、まだ文字は分からないが、以前とは違う所があるのが何となくわかる気がした。


「あ、ゴンゾー気付いた? これがランクEだよ! 以前はFって書いてたから、ランクが上がったって実感できるね!」


 ギルドカードの一部分を指さし、メルが嬉しそうに声を上げる。

 そうか、これがランクの文字か。

 まだ俺には適当な記号にしか見えないが……これがこの世界の文字で、これから俺が覚えていくべきものだ。


 言語習得とかいうスキルのレベルが上がれば文字も覚えられるだろうという話だったが、それもいつになるかわからない。


 これから先も本気でこの世界で生きていくためにも、今後は文字の勉強だな。

 

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