60「異世界もそう悪くない」
ミリィは部屋に戻るとすぐにベッドに横になったが、数分経った頃には落ち着いたようで、普通に話せるくらいになっていた。
ついでにミリィに聞いておきたい事があった俺は一つ質問をしてみた。
「落ち着いたなら一つ聞きたい事があるんだけどさ、何でお前シノが男だって気付いてたんだ?」
男湯でシノと云々の話をした時に、メルは驚いていたがこいつはそうじゃなかったのが少し気になっていたのと、気付いていたなら早く教えて欲しかったという、まあクレームだ。
「あー、感覚で気付いた所もあるんですけど、一番の特徴は赤い瞳ですね。あれってアンティカ族の特徴なんですよ。アンティカ族は中性的な見た目の方が多いので、そこも気付いたポイントですね」
アンティカ族……そういえばシノも言っていたな。変わった特性があって気持ち悪がられていたとか、男性から嫌われることが多いとか……。
シノが女性にしか見えなかったのも種族的な事なのだろうか。
「アンティカ族って嫌われてたりするのか……?」
「うーん、私もそこまで詳しくはないんですけど……とりあえず器用で素早い方が多くて、隠密とかシーフみたいなスキル持ちが多い種族ですよ。日本で言うなら、忍者一族みたいなものですね」
ふむ、とても分かりやすい説明だ。日本の何かで例えてくれるのは俺としても助かる。
「後は……可愛い女性だと思ったら男だった、という意味では嫌われることもあるかもしれませんけど……。でも日本では喜ばれるんじゃありませんでしたっけ? 『こんなに可愛い子が女の子のはずがない』とか言うのでは?」
「それは一部の趣味の人だけだ」
確かに日本の何かに例えて説明してくれるのは助かるんだが、これはちょっと違う気がする。
というか、何でこいつは日本の変な所に詳しかったりするんだろうか。
「でもどうして急にそんな話を?」
「いや、それは……」
どうしよう。
こいつにはシノに告白されたと言っておくべきだろうか。
ちゃんと言っておけば他言はしないだろうし、現状では結局の所、一番頼れるのはこいつだし。
「実は……風呂場でシノに好きだって告白されてな……」
思い切って話してみたが、ミリィから返ってきた言葉は想像とは違った。
「ええ!? 良かったじゃないですか! なるほどそれで仲良くなったんですね。やっぱり人間の幸せというのは愛のある結婚ですからね! これでゴンゾーさんが幸せに天寿を全うするという使命の一つも果たせそうです!」
茶化している訳では無いのは言い方や態度で何となくわかる。こいつは本気で言っている。
……やはり、腐っても天使なのか、感性が違いすぎる。
「……いや、申し訳ないけどそういうつもりは無いぞ。俺は男だし、シノも男だ。男同士で結婚はできないだろ? ……できないよな? え……まさかこの世界同性婚とか普通なのか?」
ちょっと不安になるが、色んな種族がいる世界なんだし、メルも女の子が好きみたいだし、もしかしたら同性婚とか普通の事なのかもしれない。
「別に同性婚は禁止されてはいませんよ? あまり一般的では無いかもしれませんけど……本人たちが幸せなら何も問題ないのでは?」
「いや……確かにシノは可愛いと思うけど……俺は普通に女の子と結婚して、子供に色々武術とか教えたりするのが夢なんだが……」
ひそかな俺の夢。お互い好き合って普通に結婚して、子供が生まれたら武術を教えて一緒に体を動かしたりしたいんだ。一緒に釣りなんかにも行きたいんだよな。
「何も問題ないですよ? アンティカ族は男性でも子供を産めますし……」
「はぁ!?」
ちょっと待ってくれ。
今とんでもない事を言わなかったか?
「ちょっと待てよ、生物としてどうなってるんだよそれ!?」
「そう言われましても……地球ではメスしか子供を産めないんでしたっけ……?」
「そりゃそうだが……あー……まあ、世界が違うからそう言う事もある……のか。でも、どうやって産むんだ……?」
仮に俺がシノとお付き合いをして、一体どうやったら子供が……いや、ちょっと想像できない。
「別に説明するのはいいんですけど、生物とか、保健体育の授業みたいになって長くなっちゃいますけど……それでも聞きます……?」
確かに長くなりそうだし、なんだか俺の中の開いちゃいけない扉を開いてしまいそうだ。
それに変に知識を付けて、シノを変な目で見たくないしな。
シノは仲間で、俺を好きだと言ってくれた可愛い男。今はそれでいい。
とりあえず俺は無言でミリィの前で首を横に振った。
「しかし、惜しいですねえ……ゴンゾーさんと添い遂げて幸せにしてくれそうな人なのに……」
こいつはこいつで使命があるとはいえ、一応俺の将来を心配してくれてるんだな。
「まあ、いざとなったらわたしがゴンゾーさんと結婚しますから安心してください! あと十年もすれば子供が産めるくらいまでわたしも育つと思いますから!」
……好意として受け取るならとてもありがたいんだが、やはり感性が違いすぎる。
こいつにとって結婚とか出産は一大イベントでもなんでもないのだろうか。
「……ありがたいけど遠慮しておくよ。俺は普通にお互い好きになって結婚したいし……」
「えー、わたしゴンゾーさんのこと好きですけど……うーん、難しいですねえ……」
まるで頭上に疑問符を浮かべているような不思議そうな顔でミリィは唸っている。
こいつとはこんな感じで軽いノリで言い合うくらいで丁度いい。それにこいつと結婚とかちょっと考えられない。姿形が幼女だっていうのもあるが、異性を感じないんだよな……。
「あ、それよりお前さ、シノが男だとかアンティカ族とか気付いてたなら、次からはそういう情報は早めに俺に教えといてくれよ! 風呂場で本気で驚いたんだぞ!」
情報の共有は大事だ。
まして俺はただでさえこの世界についての知識や情報も少ない。そういう所はミリィにしっかり役立って貰わないとな。
「いや、今回はわたし悪くないですよ!? 言うタイミングありませんでしたし、シノビアラさん本人が言ってもいないのに、わたしから種族や性別をバラすのも変じゃないですか!」
「そういうのはこそっと俺だけに教えればいいんだよ!」
ミリィの言う事ももっともだが、何も全員の前で言いふらせと言っているわけじゃない。
せめて俺にだけでも教えておいて欲しいという事だ。
「むー……注文が多いですねぇ……。でも、あらかじめそれを知っていたからってシノビアラさんへの態度が変わったりしたんですか?」
「それは……まあ、変わらなかっただろうけどさ。でも最初から知ってたなら、もっと冷静に色々考えて、シノにもっといい返事ができたんじゃないかなって思ってな。ひょっとしたら傷つけたかもしれないって、今になって少し思うんだよ……」
結果的に俺はシノを振った事になる。それで本当の所はシノがどう思ったのかはわからない。
でもシノは諦めないとか、そういえば子供が欲しいなら頑張れるとか、なんか言っていた気がするけど……。あれは傷ついたことを俺に気付かせまいと言った事ではなく、本気だったのだろうか。
「シノビアラさんの事は嫌いじゃないんですよね? 別に恋愛感情を返せなくてもいいんですよ。好きになってくれた事を大切に思うだけでも、十分誠実です。それだけ誠実に考えられる人間が返してくれた言葉なら、きっと本人も納得していますよ」
途端にミリィは今まで何だったのかと思うくらい真面目に答えてくれる。
まあ真面目な事には真面目に返してくれるということだろう。
「……何かお前、急に天使っぽいな」
「最初からずっと天使ですけど?」
何を当たり前の事を? とでも言いたそうな表情でミリィは答えた。
今でこそ幼女化した上に精霊のフリまでさせているが、やはり元天使長というのは伊達じゃない。
「しかし……異世界に来てまだ一週間くらいしか経ってないのに、なんだか一か月以上は過ごした気がするな……」
ミリィのミスでこの世界に来ることになってから、まだ一週間程度。
しかし、あまりにも濃密な時間だった。
初日でメルと出会っていなかったら詰んでいたかもしれない。
リナさん、コヨンさん達のおかげで補償金が貰えたから生活基盤を整えられた。
宿屋でもお店でも、日本にいた頃のように顔のせいで店員に露骨に態度を変えられる事も無かった。
シノは生まれて初めて、好意を寄せてくれた相手だ。同性だったけど、本当に嬉しかった。
ミリィは……まあ結局こいつのせいで色々あったけど、なんだかんだで頼れる奴だ。
「……やっぱり、日本が恋しいですか?」
ぽつりとミリィから溢された言葉が、静まり返った部屋に寂しく響いた。
向けられた瞳には、今までのミリィからは感じられない罪悪感と、何だか今にも泣きだしてしまいそうな色が浮かんでいる。
「……まあ、やっぱり思い出す事もあるし、忘れられないけどな。それでも、今の生活には満足してるよ。日本に居ても、高校卒業したら家を出て自立してたかもしれないし、今の生活はそれが早まったような感じだな。……あと、男からとはいえ告白されるなんて経験は、日本じゃできなかっただろうしな。そういう意味では異世界でモテたいって夢はある意味叶えられたのかもな」
俺の言葉をじっと聞いていたミリィは、呆気に取られたように瞬きを繰り返した。
それから、ふっと張り詰めていた肩の力を抜いて、小さく噴き出す。今にも零れ落ちそうだった涙の膜はどこかへ消えて、そこにはいつもの親しみやすい笑顔が戻っていた。
「……最初から思っていましたけど、ゴンゾーさん……やっぱりあなたは優しい人ですね。顔は怖いですけど……」
「……喧嘩売ってるわけじゃないよな?」
「ふふ、違いますよ。最初に会った時を思い出しただけです。でも、やっぱりゴンゾーさんだからこそ、今後もずっとお手伝いしていけると思えました。これからもよろしくお願いしますね?」
そんなミリィの言葉と共に差し出された微笑みを見て、なんだか胸のつかえが取れたような気がした。
でも、ミリィをちょっと安心させてやろうと精一杯の微笑みを返したのだが、こいつの肩が一瞬ビクッと跳ねたのを俺は見逃さなかった。いい加減、俺の顔にもちょっと慣れて欲しい。
一週間前の絶望的な状態から、今日までの激動の日々。
確かに大変な事ばかりだったが、目の前で笑うミリィや、出会ってきたみんなの存在が、異世界もそう悪いものではないと思わせてくれる。
静まり返っていた部屋には、いつの間にか、いつも通りの穏やかな夜の空気が満ちていた。
「とりあえず、明日は何をするかな……ゴブリンキングの報酬をいきなり受け取りに行っていいものかな? ああでも、ランクアップ手続きに数日かかるとか言ってたっけ?」
「詳細が聞きたいのでゆっくり時間が取れる時と言ってましたし、ランクアップ手続きに二、三日かかるとも言ってましたね。三日後くらいに行けばいいんじゃないでしょうか。わたしたちも二、三日はゆっくり休んだ方がいいですよ」
休みか……でも確かに異世界に来てから生きる事に必死で、休日を取っていなかった気がする。
せめて明日くらいはゆっくり過ごす……たまには二度寝なんかしてみてもいいだろう。
「そうだな……明日はゆっくり寝て過ごすのもいいかもな。それから先は……まあ、ゆっくり考えていけばいいか」
ギルドに行けば報酬で三十万アラド以上の大金が手に入るし、異世界に来て最初に貰った補償金の残りも合わせると結構な額になる。貯金とかのシステムがあるならそういう事も聞いておいた方がいいだろう。
なんだかんだでやる事は多い。休める時にしっかり休んでおいた方がいいだろう。
ふとミリィの方を見ると、目を瞑ってこっくりこっくりと舟を漕ぎ、もう眠りかけていた。
こいつも今日は疲れたんだろう。沢山食べていたのも、本当に魔力補給なんかに必要だったのかもしれない。
それから、部屋の窓から外の景色を何となく眺めてみた。
相変わらず、日本とは似ても似つかない町の風景。
夜でも明るい日本とは全然違う。見下ろす町並みはまるで黒いインクを流し込んだように薄暗い。日本だったら、この時間でもコンビニの灯りや車のヘッドライトが嫌でも視界を騒がせていたはずだ。
でも、今見えているこの景色に不快感は無い。
夜空を見上げると、今にも零れ落ちそうな星々が瞬き、巨大な月が圧倒的な存在感で地上を照らしている。排気ガスで汚れていない空気のせいか、それともこの世界そのもののせいなのか、月明かりだけでも世界がうっすらと照らされていた。
月の光がこんなに明るかったなんて、日本では知る事も無かっただろう。
現代日本で過ごしていた俺からすると、不便だし、危険だし、暗いし、何も無い世界だ。
だけど、このどこまでも静かで美しい夜も悪くはない。
そんなことを思いながら、俺は異世界の夜風を深く吸い込んだ。
もう日本には帰れないだろう。
家族にも会えないだろう。
だけど──この世界には。
メルがいて。
ミリィがいて。
シノがいて。
世話になった人たちがいて。
明日からも頑張ろうと思える理由もある。
まあ、なんだかんだでしばらくは忙しい日々になりそうだ。
ゴンゾーの異世界生活も、ここが一旦キリのいい所になります!
一章終了といった所です!
以降はストックがあまり無いのもありまして投稿頻度が落ちてしまいますが、お話はちゃんと考えていますし書き続けていく予定なので、今後も見て頂けたら嬉しいです!




