59「シノと呼んだ日」
「やべぇ! メルとミリィを待たせてるかも……。シノさん、すみませんけど俺、もう上がりますから!」
短い時間で色々あったし、もっとシノさんと話をしていたかったが……長湯しすぎたせいで、二人を外で待たせているかもしれない。さすがにもう出よう。
「ああ、そういえばそうでしたね~。……あと、これからは呼び捨てで、何ならもっと楽な口調でも構いませんよ~。仲間、なんですよねぇ?」
「え、それって……」
もっと気軽に呼んでもいいという事だろうか。
同性だと分かった訳だが……年上を気軽に呼ぶのか……。
「シノ、でいいですよ~。敬語も不要です。メルさんやミリィさん達に話すような口調で構いませんよ~」
正直少し抵抗はあるが、シノさん……シノがそう望むんなら、そうした方がいいだろう。
俺も部活で後輩に、ずっと敬語で余所余所しくされるのは嫌だったから何となく気持ちはわかる。まあ、即タメ口で舐めた態度の奴は論外だったが。
「じゃあ……これからはシノ、でいいかな。シノも俺達には、口調とかあんまり気を使わなくていいからな」
これからもっと仲良くなれるだろうか。
そうなれたらいいと思う。
「ありがとうございます~。でも、この話し方は仕事柄もありますし、もう癖になってるんですよねぇ~。……ああ、ゴンゾーさんが私に振り向いてくれる日が来たら、変わるかもしれませんよ~?」
なんだか少し肩透かしを食らった気分だ。
よく考えたらシノは社会人な訳だし、そういう癖みたいなものは仕方ないのかな。
しかし……男だと分かっていても可愛い……なんか悔しい……!
シノが女の子だったら、きっと悩まなかったんだろうな。
「……っていけね、本当に急がなきゃ。それじゃあまた時間ある時にな!」
ちょっと名残惜しいが、本当に二人を待たせてるだろうし急いだ方がいいだろう。
「ふふ、残念ですけど仕方ありませんねぇ。せっかく二人きりだったんですけど……今なら胸も見放題でしたのに~」
小悪魔的な微笑みで無い胸を見せつけてシノは俺を誘惑してくる。
こいつ、俺が見ていた事に気付いていたのか……!
……男だ、シノは男だ……。
なんとか誘惑に打ち勝ち、急いで風呂場を後にした。
素早く着替えを済ませて、脱衣所から出ると、思った通り二人は待っていたようだ。
「ごめん、遅くなった!」
開口一番、とにかく謝っておく。
しかし、二人は特に怒っている様子もなく、のんびりとした様子だった。
「全然待ってないよー。私達もさっき出た所なんだ」
「ほらね、日本人はお風呂大好きで長風呂になるから、これくらいで大丈夫だって言ったでしょう?」
なるほど、ミリィの助言があったのか。
しかも何一つ間違っていないのがなんか悔しい所だが……あまり待たせた様子では無さそうでよかった。
「でも本当にお風呂大好きなんだね。私はミリィちゃんがいたから退屈しなかったけど、ゴンゾーは一人でずっとのんびり浸かってたの?」
風呂でただのんびりするっていう文化というか、そういう思想はこっちにはあまり無いのだろうか。まあメルはなんかカラスの行水なイメージがあるけど。
「いや、ちょっとシノさん……シノが後から入ってきたんだよ。それで話してたら遅くなったんだ」
「何でシノさんが男湯に? ……っていうか、もしかしてシノさん男の人だったの!?」
あ、やっぱりメルもシノが男だって気付いてなかったのか。
見た目も声も完全に美少女だったから無理もない。俺も下半身を見てしまうまで気づけなかったし。
「あー、それで遅かったんですか。男同士、親睦を深めたりとかありますもんね」
……こいつはシノが男だって気付いてたっぽいな。気付いてたんならこういう事はもっと早く言ってほしいものだ。
「え? 気付いてなかったのもしかして私だけ……?」
メルが少し不安そうに俺とミリィを交互に見つめる。
「いや、俺も風呂の中で初めて知った。わからなくて当然だと思う……」
「そうだよねえ……。あ、でもシノって呼び捨てにしてるね。やっぱりお風呂で話して仲良くなったの?」
……さすがに『告白されました』なんて言えないよなぁ。
メルはそういうのまったく気にしないだろうけど、勝手にそういう事を話すのはシノにも悪いし。
「まあ……ちょっとは仲良くなれたかな。今後も一緒に依頼に行ったり、時間はたっぷりあるだろうし、ゆっくり親睦を深められたらいいさ」
「そうだね。私もシノさんともっと仲良くなって、色んなこと教えて貰いたいなー」
シノが男だって分かっても、たぶん接し方なんかはあまり変わらないだろう。
というか、俺も未だに自分が見たのが真実だったのかが信じ切れていない。露骨に同性に接するようにするのはちょっとまだ難しそうだ。……そもそも、可愛すぎるんだよな。
「とりあえず、お腹が空きましたから早く宿に戻りませんか? 明日は大金が手に入る訳ですし、お祝いに良いもの食べたいです!」
またこいつは食い意地が張って……だが、今回は俺もそれに賛成だ。
ゴブリンキングとの死闘は正直かなり消耗した。精神的にも、肉体的にも……つまりカロリーだ。腹が減ってきた。
「そうだな……たまには違ったメニューも食べてみたいし、今日くらいは少し贅沢するか!」
宿の夕食は美味しいのだが、まだまだ育ち盛りの俺としてはちと足りない。
それに、まだまだ食べた事のない……というか、俺からしてみれば知らないメニューばかりなので食べたい物も多い。
死闘を終えた今日はとにかく沢山食べようじゃないか。
「いいね! 私あれ食べてみたかったんだ、大勢で食べるファングボア料理の……確か『ナベ』ってやつ! お肉と沢山の野菜を一緒に煮込む料理なんだよね?」
そういえばこっちにも鍋料理はあるんだったな。俺もまだ食べた事は無いが、ファングボアは猪みたいなものだし、ぼたん鍋みたいなものだろう。
「それ、俺も気になってたんだよな。それじゃあ、今日はさっさと帰って飯にするか!」
こうして腹をすかせた俺たちはさっさと宿に帰り夕飯にする事にした。
さすがにまだ夕飯には早かったが、いつもの夕飯とは別に色々と注文するのと、ファングボア鍋はちょっと時間がかかるらしいのでむしろ早く帰って丁度よかった。
「今日はちょっと豪勢なんだね。今日の依頼は稼げたの?」
ファングボア鍋やその他諸々を注文した時に、ベティさんにそんな質問をされた。
まあ普段は宿泊費に含まれてる夕食で済ませてるから、ベティさんも少し気になったのだろう。
「今日はランクアップの依頼だったんだ! それが上手くいったから皆でお祝い!」
ベティさんの前では元気にはしゃぐ少年のようになってしまうメルが答えた。
「お、随分と早いじゃない。じゃあこれからはジャンジャン稼げるようになるね! その調子でうちをもっと繁盛させてよ?」
「はーい!」
軽く話を終えるとベティさんは厨房へ戻っていった。メルは少しでも話ができたので満足そうだ。
……なんか、美人の先生の事が大好きな小学生を見ているような気分だ。
それから三十分近く待ち、ミリィのお腹が限界になりそうになった辺りで、やっとファングボアの鍋が俺たちの席に到着した。
味噌や醤油は無いので、俺の知らない味付けだろうけど、美味そうな匂いだけはわかる。
「さあ食べましょう! 早く食べましょう!」
ミリィの奴はもう待ちきれないみたいだ。さっさと食べる事にしよう。
しかし、仲間同士で同じ鍋をつつく……といっても箸は無いし、各自の取り皿にお玉で取るのだが……こうやって鍋を囲んで同じものを食べるのはいいものだ。
食べながら自然と会話が弾むし、なんだか最高に『仲間』というものを感じられる。
この場にシノがいないのが少し残念だが、まあ機会はいくらでもあるだろう。
そして鍋以外にも色んな料理を各自注文して腹いっぱい食べた。
それはもう、満腹になるまで。
「うぅ……食べ過ぎました……動けません……」
「お前はちょっとは学習ってものをだなぁ……」
案の定、食べ過ぎて動けなくなったミリィがそこにいた。
こいつは以前吐きそうになるほど苦しくなっていたのに、懲りてないのだろうか。
「あはは……前にも見た光景だけど……宿で良かったね。すぐに休めるし」
さすがのメルも少し呆れているように見える。
「ほら、部屋に戻るぞ。おんぶしてやるから」
「す、すみません……。己の限界の見極めを誤りました……」
刺激を与えないようにミリィを背負い、俺たちは自分の部屋に戻る事にした。
「じゃあゴンゾー、また明日ね。ミリィちゃんも、もう無茶したら駄目だよ?」
「……努力します」
こいつ以前にも似たような事言ってなかったかな。
ともかく、メルと別れて俺とミリィは部屋に戻り、ゆっくりと休むことにした。




