58「シノさんの告白」
何故?
なんで?
ホワイ?
どうして男湯にシノさんが入ってきたんだ……? 俺が間違えた……?
いやそんなはずはない。最初にメル達と入口でちゃんと男湯と女湯で別れたはずだ。
脱衣所だけ別で中は混浴ってパターンもあると聞いた事があるが、ここはそんなんじゃないっていうのも造りでわかる。
俺は文字がまだわからないが、何か重大な間違いをしたとは思えない。
なら、なんで……?
「あ、あの……この時間なら他に人がいないと思いまして~……ゴンゾーさんと少しお話がしたくってぇ……」
そんな……シノさんってそんなに大胆な人だったのか……。いや嬉しいですけど。
「……ところで、どうして獣族用の浴槽に浸かってるんですか~……?」
「え……? 獣族用……?」
「種族によっては、その……抜け毛が多かったりしますから、浴槽を分けてあるんですけど~……」
ここからがいいところだと思っていたのに、俺の馬鹿! 変なミスしやがって!
「あ、あはは! まだ字が読めないもんで……」
とりあえず、ゆっくり立ち上がって隣の浴槽に入る。ちらりとシノさんの方を見てしまったが、湯気で大事な所は見えなかった。
「えっと……。私……こんな気持ちになったの初めてで……それで、ちゃんとゴンゾーさんには私の事、知って欲しくて~……」
緊張しているのか、シノさんは少しだけいつもと口調が違う。
俺も今、心臓がドキドキしている。
正直言ってシノさんは俺のタイプだ。そんな人が今、生まれたままの姿で、こんなに近くにいる事が信じられない。
「異国から訪れた精霊使いだなんて、普通じゃ考えられないものを目の当たりにして……それで、おとぎ話の騎士様だと思い込んでるだけかもしれません。だけど、あなたと一緒に冒険して、あなたを見ていると……もう一度人を信じてもいいかと、思えたんです……」
シノさんは、何を言っているんだろう。
でも、一つ思い出せるのは、初対面の時の事だ。
あの時は『不信感による嫌悪』とやらでスキルが発動した。
他人を信用できない……そんな気持ちが、シノさんにはあるのだろうか。
「……私はアンティカ族という、この辺りでは珍しい変わった種族なんです。変わった特性もあって、そのせいで気持ち悪がられたりすることも沢山ありました。この町で暮らすようになってからは、そういう事は減りましたけど……。やっぱり、男性からは嫌われることも多くて……」
種族差別……。
どんな世界でも、やっぱりそういう事はあるんだな。
俺だって、顔で嫌われてきた人間だ。だから、シノさんの気持ちも少しはわかるつもりだ。
だけど、男性から嫌われるって、何だろうか……。
「俺も……故郷では顔がおかしいとか、顔が受け付けられないって、ずっと嫌われてきましたから……。気持ちは少しだけ、わかりますよ……」
慰めにもならないかもしれないけど、少しでも同じような気持ちを共有できたらと思い、自分の事を少しだけ話す。
「……その人たちは、見る目が無かったんでしょうね~……。あなたを知れば……知ろうとすれば、良い人だってことくらい、すぐわかるのに……」
シノさんは寂しげな声で、まるで何か別の物と重ねるように、そう呟いた。
「……おとぎ話の騎士様が好きでした。強さも、優しさも持ち合わせた、そんな男性に憧れをずっと持っていたんです。本当はそんな人はいないって事くらいは、分かってます。だけど、あなたを見ていると……あの頃憧れていた騎士様が、本当に目の前に現れたみたいで……」
湯気でシノさんの表情すら確認できないが、恐らく照れたような表情で……そう思うような声で、憧れの存在と俺を重ねてくれている。
「……だから、その……」
にぶい俺でもシノさんの気持ちとこの後に続く言葉は、少しはわかる。
だけど、こんな俺でもいいんだろうか?
「……あなたが、好きなんです!」
『強い好意を確認。ステータスが大幅に上昇します』
今まで生きていて、初めて聞いた言葉だ。
空気を読まないスキルの発動が、そんなシノさんの言葉が嘘偽りのない言葉であることを示している。
だけど、そんなスキルはなくても、本音の気持ちくらいは分かる。
「お、俺……。俺は、その……」
こういう時、どうしたらいいのかわからない。
誰かに好意をストレートに伝えられるなんて初めてだから。
思わず慌てて立ち上がった瞬間、湯気が少し流れていく。
その時俺は初めて、シノさんの全身を見てしまった。
滴る雫が鎖骨の窪みを滑り落ちていく。その光景は、もはや芸術と言ってもいいほどに可憐で、無防備だった。
そして俺の視線は、そのままシノさんの胸元へ吸い寄せられる。
思っていたよりも随分と慎ましいが、愛らしいピンク色の先端に思わず目が奪われる。
こんな時に駄目だ、シノさんに返事をしなければとわかっている。
だけど、どうしても視線が動いてしまう。
俺はその下の部分に、腹部のくびれから、更にその先へ。
期待と抗えないスケベ心で視線を落とした。
──そして、そこにあるはずのない『それ』を、俺の瞳が捉えた。
自分にもついている、見慣れたもの。
思考が一瞬、停止する。
華奢な腰回りに、白く滑らかな太ももの間。
そこに確かに存在する、女性とは明らかに違う形状。
脳内の血液が一瞬ですべて足元に落ちたような感覚だった。
見間違いだと自分に言い聞かせる間もなく、視覚情報が残酷なまでに俺の頭の中に事実を叩き込んでくる。
シノさんは、男……だったのか……。
「あ、あの……ゴンゾーさん……?」
そうだ、落ち込んでる場合じゃない。
シノさんは真剣に言ってくれたんじゃないか。
それに、シノさんは一度も自分が女性だなんて言っていなかったじゃないか。騙していた訳じゃないし、勝手に勘違いしていたのは俺だ。
そもそも男湯に入ってきたんだから、気付けなかった俺が悪い。
だから俺も、真剣に答えよう。
「その……凄く嬉しいです! 俺、今まで好きだなんて言われた事無かったから、どうしたらいいのかわからなくなっちゃって……」
嫌とかじゃない。
だけど、俺の人生経験の中には対処方法が載っていない。
だから俺も、素直な気持ちで答えよう。
「シノさんは誰よりも可愛くて、女の子よりもずっと女の子らしいし、俺が今まで見てきた誰よりも魅力的です。だけど……これだけは嘘をつきたくないんです。俺は……どうしても好きな子と、その……添い遂げたいとか、結婚したいとか……こ、子供が欲しいな、と思っていて……。シノさんが悪いとか、嫌いとかじゃないんです。一人の人間として、大切に思いますし、その真っ直ぐな気持ちを中途半端な関係とか言葉で汚したくなくて……」
シノさんは真剣な眼差しで、それでいて少し怯えたように俺の目を見つめてくれている。
「すみません、シノさんの綺麗な気持ちを、俺はまだ受け取るのが難しくて……。でも、俺を好きになってくれて、本当に嬉しいです。だから、その……これからは、俺の一番の大切な友達でいてくれませんか? 誰よりも大切な、かけがえのない仲間として」
そう言って、俺はシノさんの瞳を覗き込む。
「せっかく仲良くなれたシノさんと離れるなんて、凄く嫌なんだ。……こんな勝手な俺ですけど、駄目ですか?」
そんな身勝手な俺の言葉に、シノさんはなんだか憑き物が落ちたように、少し晴れやかな表情で答えた。
「……正直な人ですね~。そういう所も素敵ですよぉ。……ちょっぴり傷つきましたけど、それでも嬉しいです」
「すみません……。でも、俺の正直な気持ちなんです」
「謝らなくてもいいですよぉ。でも、ふふ……子供が欲しい、ですか~。……それなら、まだ頑張れるかもしれませんし……私、この程度じゃ諦めませんよ?」
何だかよくわからない台詞を言い残しているが、ちょっと俺には理解できなさそうだ。
「これからも仲間として、きっとあなたを振り向かせてみせますから!」
こうして、シノさんが本当に俺たちの仲間になってくれた。
──しかし、何かを忘れているような。
ああ!
早く風呂から出ないとメルとミリィが待ってるかもしれないじゃないか!
シノビアラの正体は最初から決めていました。
でも……可愛いから……!




