52「ゴブリンキング2」
蹴りを一発喰らってはしまったが、やはり戦闘技術はこいつらはあまり高くないのだろう。
あの一撃はかなり痛かったが、痛みで逆に冷静になれた。
身体能力に頼り切っているのか、少なくとも戦い方に工夫は見えない。
爺さんの教えてくれた権蔵流古武術を思い出す。
合気道に近い所もあったが、それは実戦向けの、相手を戦闘不能にする武術。習いたての頃はそこまで厳しくなかったが、慣れてくると足技、頭突き、急所攻撃、何でもありだった。
ゴブリンキングからどんな攻撃が繰り出されるのかを、あの頃の爺さんだと思って必死に回避する。幸い、ゴブリンキングは爺さん程の多種多様な攻撃はしてこない。ただ、攻撃力やスピードだけは比べ物にならないが……。
「グ……アタラナイ……ナンデ……!」
「デカイボス、コウゲキ、アタラナイ……」
「デモ、チイサイボス、ヨケルダケ……」
反撃の隙が無い事も無いのだが、当てても効果は薄い。今はまだ回避に専念するべきだ。
だが、周りのゴブリン達の興奮も少しずつ収まってきているようだ。
繰り返される回避に、ゴブリンキングは限界を迎えたような咆哮を上げる。
両手の指を硬く組み合わせ、まるでその両腕をハンマーのようにして、大きく振り下ろしてきた。
何をしてくるかは予測できたし、避けるのも容易だった。しかし、今までにない圧倒的な破壊力があると一瞬で理解もできた。
凄まじい風圧を伴って振り下ろされたその両腕の鉄槌の一撃は、大げさに俺が避けたおかげで、大地と激突した。その瞬間、ズドンと大きな音がしたと思ったら、衝撃と共に土煙が舞い上がった。先ほどまで地面だった場所は、大きく陥没している。
……大げさに避けて正解だった。
やはり、普通の人間が勝てるような相手じゃない、化け物だという事をより一層認識する。
頭に血が上ったゴブリンキングは、また最初のような大振りの拳を繰り出してきた。
攻め手のないまま、ただ緊迫した空気が積み重なっていく状況をなんとかしようと、俺はまた死に物狂いで回避した後に、もう一度だけ攻撃をしてみることにした。
「どうだ……!」
顎先を狙った一撃。
人間なら急所──脳を揺らす一撃だが、こんな化け物にも通じるのだろうか……。
「グ、ギィ……!」
当たりはしたものの、効果があるようには思えなかった。やはり人間とは違うか。
だが、精神的な効果は少しはあったのかもしれない。
ゴブリンキングの怒りのボルテージが上がっていくのが見て取れる。
今度は闘牛のように、荒々しい突進を開始してきた。回避など許さないと言わんばかりの猛烈な速度が、大気を引き裂いて迫ってくる。
勢いだけは恐ろしいものがあったが直線的な動きなので、これも回避することはできた。
だが、勢い余ってゴブリンキングは、周囲に居たゴブリン達の中にそのまま突っ込んでしまった。巨体がそのまま群れを蹂躙し、ゴブリン達は悲鳴を上げながら紙屑のように吹き飛ばされた。周辺はもう滅茶苦茶で、土煙が上がっている。
哀れなゴブリン達……恨むならゴブリンキングを恨めよ……。
そんな余計な事を考えたのがよくなかった。油断していた。
土煙の中から何かが飛んできたのだけが分かった。瞬時に両手でガードはしたが、とんでもない威力と勢いだった。それだけで俺の腕に強烈な痛みが走る。
飛んできたのは、ゴブリンの死体だった。
怒らせすぎたのかもしれない。村の仲間だとか、部下だとか、そういう考えも吹き飛んでしまったのだろうか。
今のゴブリンキングにとって、もはや周りのゴブリン達も武器の一部なのだろう。
片方の腕の感覚が鈍い。折れてはいないと思うが、まともには使えそうにない。
この腕の状態で飛び道具まで出されると、回避し続けるのも難しい。
そんな絶体絶命の状況で、やっと俺にも希望が訪れてくれた。
「ゴンゾーさん! 無事ですか!」
間延びしていない、緊迫したシノさんの叫ぶような声が聞こえてきた。
良かった、俺の痕跡をちゃんと辿ってくれたんだ……。
「大丈夫!? ゴンゾー!」
「もう! じっとしてなさいって言ったじゃないですか!」
メルもミリィも居る。二人とも何ともないようでよかった。
でもミリィは俺を子供みたいに扱うのはやめてほしい。こっちも必死だったんだ。
「そんな……ゴブリンキング!? 嘘でしょう、ゴンゾーさん、あれと一人で戦っていたんですか……!?」
俺と対峙するゴブリンキングを見て、シノさんが驚きの声を上げる。
戦うと言っても避け続けていただけだが……とにかく助けが来てくれてよかった。
「ギギ! ニンゲン……!?」
「ボスタチ、タタカッテル……オレタチ、ドウスレバ……?」
ゴブリンキングによる同士討ち、そこに人間……シノさん達の乱入でゴブリン達も混乱しているようだ。
この混乱に乗じて、シノさん達にはまず一気に周りのゴブリンから片付けて欲しい所だ。
「ボス、ドウスル!?」
「ボス、ニゲル!?」
未だにゴブリン達は俺をボスだと思っているみたいだ……だが、もう俺はゴブリンキングじゃない。お前たちゴブリンの敵だ。
「皆、聞いた通りこいつら混乱してる! 今のうちに雑魚から片付けよう!」
俺はシノさん達に作戦を伝える。もうゴブリン達にはバレたっていい。
しかし──。
「き、聞いた通りってどういう事!?」
俺の声に対してメルが大きな声で答えた。
ボスであるゴブリンキングと偽ボスの俺が戦っている今、ゴブリンは混乱中だ。
大声で逃げようと叫んでるゴブリンもいたんだが、聞こえなかったんだろうか。
「だから、ゴブリンが言ってただろ!」
「そんなのわかんないよ!」
は?
だって、ゴブリン達は片言だけど喋ってるだろ?
そういう種類のゴブリンとかじゃないのか?
「ゴンゾーさん! 言語習得スキルでゴブリン語が理解できてるんです!」
「え?」
「普通の人にはギィギィとしか聞こえてません!」
「マジかよ!」
困惑していた所にミリィが衝撃の事実を伝えてくれた。
……じゃあ、喋れる変異種ゴブリンとかでは無かったのか。というか、このスキルがモンスター相手でも発動するとは……だから俺の言葉も通じていたのか。
「と、とにかくまずは周りの奴らを頼む! 俺がこいつを引き付けるから!」
「そんな! 無茶だよ!」
「数分くらいなら大丈夫だ! 今まで何とかなってたしな!」
まだ腕は痛むが、避ける事に集中すればなんとかなるだろう。
それよりも周りのゴブリン達が冷静になって、一気に囲まれる方が怖い。
「敵が混乱してる今、ゴブリンキングを引き付けて貰えるのなら……三分もあればやれます! ゴンゾーさん、ちょっとだけ頑張ってください!」
頼もしいシノさんの声がその場に響いた。ゴブリンキングの突進でいくらか数は減っただろうが、それでもまだ三十体近くはいる。
まあでも、シノさん達ならやってくれるだろう。俺はそれまで、何とかゴブリンキングだけ引き付けていればいい。
「どうした! かかってこないのか!」
もうゴブリンを真似たような言葉遣いはしなくてもいいだろう。
シノさん達人間の乱入を見て少し冷静さを取り戻したのか、ゴブリンキングはやや困惑した表情で言い返してきた。
「ナニシテル! ニンゲンタオス、サキダ!」
こいつ、俺をまだゴブリンの仲間だと思ってやがるのか。
それに今は争ってる場合じゃないという判断もできている。案外、ちゃんとしたボスの器だったのかもしれないな。
ただ、時間を稼ぐには丁度いい。
視界の隅で凄まじい速さでシノさんが動き、それと同時に鮮血が舞っている。
メルもショートソードでゴブリンと戦闘しているようだ。
ミリィは……よくわからないが、たぶん結界張って待機している。まあ戦えないからしょうがない。
ゴブリンキングは俺に見向きもせず、一番の強敵であるシノさんのもとへ向かおうとした。
シノさんなら回避できるだろうが、今はまだ俺に注目して貰わないと困る。
しかし片腕が使えない状態では攻撃した所でダメージにすらならない。いくらアイアンウッドの木刀でも無理だろう。片手持ちでは尚更だ。
「くそ……急がないと!」
ゴブリンキングが俺の横を通り過ぎていく。完全にもう、シノさんに狙いを定めているのだろう。
何かしなければいけない、焦った俺は咄嗟に腰に吊るしたままのある道具の事を思い出す。
──背中だ。
俺という存在を視界から消した、ゴブリンキングの隙だらけの部分。
思考するよりも先に、体が動く。
俺はゴブリンキングの背中目掛けて走りだし、それを突き刺した。
「グ……ギャァァァ!」
鋭利な切っ先が、あれだけ硬かった皮膚の隙間に吸い込まれる。
ドスリ、と鈍い音が聞こえた気がした。それは耳よりも、何故か手から直接感じられた。
そう、これは解体用のナイフ。
買ったばかりで、使う度にしっかりメンテしていたから、切れ味も抜群だ。
致命傷にはなっていないだろうが、ようやくまともにダメージを与える事ができただろう。
「オマエ……ナニヲ……!」
ボス争いとして、本当に俺を殺すつもりだったんだろう。激昂して仲間を巻き込んだりもしたし、武器のように扱ったりもした。
だが、仲間の為に人間を優先して狙う。
……こいつも群れのボスなんだな。そこにだけは敬意を払う。
俺も卑怯な事ばかりしてきたが、もうこいつに嘘をつくのはやめだ。
「俺は人間だ、馬鹿野郎」
「ナ……ニ……!」
片腕で顔を拭い、緑色の木の実汁をしっかり取る。鏡が無いので見えないが、恐らくはちゃんと人間らしい顔になっただろう。
そしてそんな俺の顔を見て、ゴブリンキングは驚きの表情を見せる。モンスターでもこんなに驚く表情をするんだな。
「ダマシタ……オマエ……! グガァァァァ!」
ひときわ大きな叫び声をあげて、ゴブリンキングはもう一度俺を狙い始める。
そうだ、それでいい。今はまだ俺を狙い続けろ。
そしてまた、大振りの拳が俺に向けて繰り出された。




