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51「ゴブリンキング」


「オ、俺がボスだ!」


 ゴブリンの村の中で、ゴブリンキングに出くわしてしまい、混乱しきった俺の口から出た言葉はまさかのボスになりきるという、自分でも訳の分からない言葉だった。


「エエッ!?」


「ドッチガボスダ!?」


 しかし、何故か周りのゴブリン達には思った以上に効果があったのか、本当にどちらが本物なのか分かっていないようだ。

 いつもならゴブリンキングに間違われてしまうような自分の顔を憎みたい所だが、今この瞬間に関しては良かったかも……いや、でも嬉しくはないな……。


「ナンダト! オマエニセモノ、ヨワソウ!」


 一方で、相手のゴブリンキングも言葉を返してくる。

 向こうからしたら突然現れた偽ゴブリンなんだろうから、当然だ。


「オマエチイサイ! ヨワイ! オレガボス!」


 おぉう、日本に居た頃でも小さいなんて言われた事はさすがに無かったな……。これでも百八十センチくらいあったから、同じ学年のクラス内でなら一番高い方だったんだが……。


「アッチノボス、チイサイ……ニセモノ?」


「タシカニ、チイサイ……」


 小さい小さいと連呼されるのはなんか新鮮な気分だが……今この状況はまずいな。

 完全に偽物にされてしまったら、糾弾される程度では済まないだろう。袋叩き……程度で済むのだろうか。普通に殺されてしまいそうだ。


「オ……俺のブキ、ツヨイ! 俺、ツヨイ!」


 何を言えばいいのかわからなくなって、咄嗟にアイアンウッドの木刀を持って猛烈にアピールする。

 ついでに近くにあった腐りかけて脆くなっていそうな、大きな木片を大げさに壊して見せた。何をやっているんだろうか、俺は……。武器をアピールしてもそれは武器が強いだけで俺が強い訳じゃ無いじゃないか。

 しかし、ゴブリン達はそこまで考える知能が無いのか、俺が木片を壊したら、大きく騒めいた。


「チイサイボス、ツヨイ……!」


「ヤッパリコッチガ、ボス……?」


 これで騙せるんなら、案外何とかなるのだろうか。でも、ちょっと悲しくなってくる。


「ギギ……オレデカイ! オレツヨイ!」


 負けじと本物のゴブリンキングも、俺でも両腕で抱えるのがやっとぐらいの大きさの岩を軽々と持ち上げた。

 持ち上げるだけでも凄いのに、ゴブリンキングは大岩を挟み込んだ両手に凄まじい力を込めている。やがて大岩に亀裂が走り、みしり、と岩の芯は悲鳴を上げて、次の瞬間には爆音と共に粉々に弾け飛んだ。


 ……人間技じゃ無ぇ。


 いや、人間じゃ無いんだけどな。

 でも、化け物だ。パワーが違いすぎる。あんな大岩を両腕の力だけで破壊するとかあり得ない。あんなの一人で倒すとか、無理だろ。


「ヤッパリ、デカイボス、ツヨイ!」


「デカイボス、ホンモノ!」


 ああ、せっかく俺をボスだと勘違いしてるゴブリンもいたのに、また形勢逆転じゃないか。

 何か、何か言わないとまずい……。


「オ、俺、ニンゲン倒した! ニンゲンの武器ト防具、ウバッタ! 俺ツヨイ!」


 ああ、本当に何を言ってるんだろう、俺は。

 もっと考えればこの場を切り抜けられる良い考えだったり、良い台詞もあっただろう。

 でも仕方がないじゃないか、さっきみたいに武器がアピールできたんだから、防具なんかもアピールできると思ったんだもの。他に何も思い浮かばなかったんだもの。


 言ってしまったものは仕方が無いので、とりあえず俺は解体用のナイフを取り出したり、革鎧やブーツをアピールしてみた。

 しかしこれが、思ったより効果があったのか──。


「ニ、ニンゲン……タオシタ……?」


「チイサイボス、スゴイ……」


「ニンゲンノブキ、ウバッタ……?」


 周りのゴブリン達からすれば、人間はやはり驚異なのか先ほどよりも驚いている。

 そして、ゴブリンキングも驚いているようだ。


「グギギ……オマエ! オレトタタカエ! オレツヨイ!」


 あ、やばい事になったかもしれない。

 思った以上に人間を倒したという嘘が効いてしまったのだろうか。


「カッタホウ、ボス!」


 結局こうなってしまうのか……どうしよう……シノさん、メル、ミリィでもいい……早く誰か来てくださいどうにか助けてください……。


「オマエタチ、タタカウバショ、ツクレ!」


 ゴブリンキングがそう命令すると、周りのゴブリン達は一斉に動き出して、散らかっていた広場を片付け始めた。

 これは本当にまずいぞ。決闘の流れになってしまった。

 もうここまで来て逃げる事は……無理だろう。逃げ出した瞬間に偽物確定だ。

 逃げ切れればいいが、無理なら……まず間違いなく死ぬだろう。


「ナンダ? コワイカ?」


 ゴブリンキングは黙っていた俺を軽く挑発し始めた。ずる賢いとは聞いていたし、これぐらいの知能はあるんだな。ちょっとムカつく。


「オマエ、ヨワムシ! ヤッパリニセモノ!」


 何も言い返してこない俺に対して、ゴブリンキングは更に言葉を続ける。

 勝てる相手じゃないし、何とか時間を稼いで凌ぎたい所だが……ここまで言われて黙っているのも何か……嫌だ。


「お前モ……クチダケ! 自信ナイカラ、シャベッテルダケ!」


 煽りには煽りだ。

 しかし、こんな奴らに俺の高度な煽りが通用するのかな?


「グ……グギギ……! オレ、クチダケジャナイ! ツヨイ! タタカエ!」


 あ、思ったより効いている。

 しかし、もう勝負からは逃げられない。そして相手は激昂してしまっている。

 ……どうしよう?


 いや、もう覚悟を決めるしかない。

 勝つ事は無理だろうけど、死なないように立ち回って時間を稼げばいい。シノさん達が来てくれたら、何とか……倒す事は無理でも逃げ切る事くらいはできるだろう。今回の目的はあくまで調査なんだから。


「ボス、デキタ!」


 散らかっていた広場からゴミが消え、そこはもう戦いのためのリングのように見えた。

 

「タタカウゾ! カッタホウ、ボス!」


 とうとう戦う事になってしまった……だが、一対一ならまだマシだし、決闘方式なのが救いだ。ゴブリン達全員が襲い掛かってきたり、怒ったゴブリンキングがいきなり俺に殴りかかってくることだって考えられたわけだ。今思えば俺は危ない事をしていたな……。


 気付けばその決闘場となった場所を囲むように、ゴブリン達が集結していた。

 俺とゴブリンキングがその決闘場の真ん中まで行くと、周囲のゴブリン達は興奮しているのか叫んだり、騒いだりし始めた。テンションがやけに高く、この決闘自体が奴らにとっての娯楽でもあるのだろう。


「コロス……!」


 相手はモンスターだがこれだけはわかる。憎悪に満ちた顔だ。

 ここにきて、ゴブリンキングが本当に怖い存在だったという事を痛感する。

 最初から言葉で誤魔化せる存在では無かったんだ。


 試合開始の合図なんてない、これはもうただの殺し合いだ。

 ゴブリンキングの巨大な拳が、空気を切り裂くような音を立てて繰り出された。

 一瞬、俺の脳裏に浮かんだのは、かつて道場で何度も繰り返した型の残像。大振りの一撃がどういう軌道を描くのか、どう回避するべきか、俺の体には染みついている。

 重心をわずかにずらし、かすめるように回避をすると、ゴブリンキングの拳は空を裂き、凄まじい衝撃波が俺の横を通り過ぎていくのを感じた。


「ヌ……! グギギ……!」


 まさか回避されるとは思っていなかったのだろう。悔しそうなゴブリンキングの声が聞こえる。


「チイサイボス、スゴイ!」

 

「チイサイボス、ツヨイゾ!」


 回避しただけでこの騒ぎようだ。でも、こちらも必死だ。

 簡単に避けたわけじゃない。あれだけ大振りで、軌道の予測ができなければ避けられない。パンチスピードが速すぎる。あれを喰らえば大抵の生き物は一撃で戦闘不能になるだろう。


 回避された事で更に怒り、思考が単純になっているのだろうか、もう一度同じ大振りの攻撃をゴブリンキングは繰り出してきた。

 今度はその繰り出された腕を掌で制し、その勢いを利用して、くるりと背後へ回り込む。

 合気道に近い、円の動きによる捌きの型。


 権蔵流古武術の動きだ。

 ……自分でも思う、恥ずかしい名前の古武術だ。俺の爺さんが子供の頃から継いできた古武術らしいのだが、その創始者らしい名前を孫の俺に無理やり付けやがったんだよな……。まあ、今はそれはいい。


 この型はこれだけではなく、そこから無防備な背中へ向けて渾身の力を込めた一撃を叩き込むまでが一連の流れだ。俺はその型の通り、ゴブリンキングの背後に一撃を叩き込んだ。

 ……しかし、伝わってきたのは、硬質なゴムを叩いたような鈍い感触だった。


「嘘だろ……?」


 思わず本音の言葉が漏れる。

 ゴブリンキングはわずかに体を揺らしただけだ。

 しかし、この一撃で周りのゴブリン達から更に歓声が沸く。

 ますます機嫌が悪くなったのだろう、ゴブリンキングは無茶苦茶な勢いで何度も拳を繰り出し続けた。


 死に物狂いで俺は拳を避け続ける。

 しかし、予測していた軌道とは全く違う所から、鋭い衝撃が腹部を襲う。


「グ……ハ……!」


 後ろに吹き飛ばされ、地面を転がる。

 ドッ、肺の空気が全て押し流されたようだ。

 口から鉄の味が広がり、胃の中身が逆流しそうになる。

 だが、致命傷では無い。


 どうやら蹴りを一発喰らってしまったようだ。

 そう、これは試合じゃない。蹴りだろうがなんだろうが何でもありだ。

 武道の経験からくる予測だけでは絶対に避け切れない。


 何とか立ち上がり、息も絶え絶えにゴブリンキングを見上げると、下卑た笑いをして俺を見下していた。

 舐め腐っているならそれでいい。正直、倒れた俺にそのまま追撃をするだけで終わっていただろう。


 そうだ、今の俺は仲間を信じて時間を稼ぐのが仕事だ。

 

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