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45「シノビアラ」


「やあやあ、お待たせしました」


 コヨンさんが連れてきたそのベテラン冒険者さんは、一見するとあまり俺たちと歳が変わらないように見える、美少女だった。

 一目見て、俺は思わず瞬きをした。藍色の髪を短く切り揃えたその姿は、ギルドの喧騒の中ではあまりに清廉で、場違いにすら感じられる。

 赤い瞳の奥はどこか虚無的で、無駄のないスレンダーな体躯は、武骨な冒険者というよりは、どこか繊細な芸術品のようだ。

 とても魔物の血を浴びて戦うようなベテラン冒険者には見えない。……というか、普通に深窓の令嬢とか言われた方が納得できる。


 ただ……俺のタイプではあった。可愛い。

 メルもかなりの美少女だと思う。でもこの子はメルとはまた違う種類の綺麗さをしていた。


「はじめまして~。私はシノビアラっていいます。よろしくお願いしますね~」


 シノビアラさんというのか。声も素敵だし、笑顔も可憐だ。間延びした口調もとてもチャーミング。可愛い。


「よろしくお願いします、俺はゴンゾーです。そしてこっちがメルラン、こいつがミリィです」


 可愛い子には嫌われたくないと思い、とりあえず無難に挨拶をした。だが──。 


『不信感による嫌悪を確認。ダメージを受けます』


「がっ……ぐぅ……!」


 現実は非情だった。まだ何もしてない……挨拶しかしていないのにこれだ。

 ただの挨拶だけでいきなり嫌われるはずが無いだろう。結局俺の顔のせいだ。

 俺の異世界での初恋よ……さようなら……。


「あの~……どうかしましたか?」


「あ、いや……お気になさらず……」


 シノビアラさんは痛みで呻いた俺を見て少し不審に思ったのか、それでも心配そうに声をかけてくれた。内心では嫌悪感があるのに、表には出さない。こういう所はしっかりとしたベテラン冒険者なんだろうな……。


「とりあえず、私の事は好きに呼んでくださいね~。シノ、なんて略して呼ばれることが多いですよぉ。ゴンゾーさんは目上の方みたいですし」


 ああ、いつもの勘違いだ。やはり俺を初見で十六歳と見抜く人は中々いない。


「え? じゃあシノ…さんはおいくつなんですか? 私は十六で、ゴンゾーも私と同い年の十六なんですけど……」


「え?」


 それまでずっと笑顔だったシノビアラさんの表情が、メルの言葉で固まってしまった。

 信じられない事実に驚愕したのか、一瞬フリーズしたようだ。


「あ、あはは~……すみません、勘違いしてました……。あ、それと私は十八ですよぉ。あまり歳も変わらないみたいですから、どうぞ気軽にお願いします」


 なんか……歳を勘違いされただけでこんな空気になるなんて……俺何か悪いことした?


「と、ところで噂で聞いたんですけど、そちらのミリィさんはバルトロさんの『折れた剣の宿』で生まれた精霊だというのは本当なんですか~? 確かゴンゾーさんと契約してるって噂なんですけど~」


 変な空気を戻そうとシノビアラさんが話題を変える。

 しかし……早くもそんな噂が広まっていたのか。まあミリィは見た目はただの幼女だし、そんな子供を討伐依頼なんかに連れて行ったらそもそも目立つからな。宿でも精霊が生まれた宿だって思いきり宣伝していたから、その辺りからバレたのだろう。


「本当ですよ! わたしは聖域を司る精霊! 回復、浄化、結界と補助魔法全般は任せてください!」


 ミリィがまた調子に乗りだした。……まあ、一緒に行く以上は隠し通すのは無理だろうし、素直に言った方がいいだろう。素直にと言っても精霊なのは嘘で本当は天使な訳だが。


「はえ~……本当に精霊って居たんですねぇ。それに、回復魔法が使える方が一緒に居るなら心強いですね。ゴブリンキングがいたら正直逃げた方がいいですけど……ゴブリンの群れと戦うとなると、多少の怪我は覚悟しなきゃいけませんから、回復役がいるととても頼もしいんですよ~」


 可憐な見た目だが、そこから発せられた言葉はやはり冒険……戦闘にも慣れた人なんだろうなと思わせる。


「さて、お話はそれくらいで、仲良くなるのは後は道すがらでお願いしますよ。シノビアラは大丈夫ですが、あなた方は依頼書の確認と手続きをお願いします」


 話の途中でコヨンさんが割って入る……が、まあ当然だ。俺たちは今から本当に危険かもしれない調査に行くんだ。雑談なら歩きながらでいいしな。


「えっと……先日、街の西門を出た先の畑付近にてゴブリンが発見された報告があった。付近を調査すると、更にゴブリンが発見された。足跡等から、近くの森から出現していると思われ、集落ができている可能性が高い。最悪の場合、ゴブリンキングの発生も考えられる。森の奥に入り、調査とゴブリンの討伐を求める……だって」


 相変わらず俺はまだ字が読めないので、代わりにメルに依頼書を読んでもらった。

 一応読んではもらったが、今回は全員やる気だ。俺たちは手早く手続きを済ませ、シノビアラさんと一緒に依頼の場所へ向かう事にした。


 街の門から出る際の手続きにも俺たちは慣れたもので、スムーズに事が進む。

 ……まあ、俺たちは他の冒険者よりも目立つ要素があるだろうし、門番さんに完全に顔を覚えられているというのもあるのだが。そしてスムーズなのは大体メルがやってくれるからである。いい加減読み書きができるようにならないと、そろそろ男として恥ずかしくなってくる。


 街の外に出ると、町中からは感じられなかった草の香りと足元の土の感触が心地良い。

 ずっと引きこもって楽をしていたいという欲も多少あるが、やはりこうして外に出ると心も体もすっきりするな。

 そして依頼の場所へ歩き始めようとした時、シノビアラさんが話し始めた。


「じゃあ~、歩きながら大体でもいいから皆のレベルや得意分野を教えてくれるかなぁ? 私はレベル二十二で、スカウトスキル、シーフスキル、短剣術スキルなんかがあるから探索が得意でぇ、今回調査に選ばれたんですよ~」


 ……は?

 確かにベテラン冒険者だと言っていたが、レベル二十二……俺のレベルの倍以上だ。スキルのレベルについては細かく言ってくれなかったが、中にはレベル二以上の物もあるだろう。

 とても可愛らしくて歳も近いのに、やはり人は見かけで判断してはいけないという事だな……。


「私はレベル八で、生活魔法とシューターのスキルがあります! 大体いつもは遠くから石を投げてホーンラビットを倒してますよ!」


 元気よくメルが最初に言いだした。メルもレベルと所持スキルについては話しているが、スキルレベルについては話していない。こういう時は、スキルレベルまで詳しく話さないものなんだろうか?


「わたしは……レベルは一ですが……レベル二十並の魔力がありますよ! 回復魔法と浄化魔法、結界魔法、光魔法が得意です。補助は任せてくださいね!」


 次にミリィが答えたが、こいつは相変わらずレベルが一のままだ。まあレベルが上がる条件がよくわからんが、こいつは直接討伐には参加してないからな。経験値のようなものがあるなら、こいつには経験値が入っていないのかもしれない。……ただ、そうなるとこいつはずっとレベル一のままなのだろうか。不憫な……。


「俺はレベル十。剣術と格闘術スキルがあって……後、この国じゃない所から来たから、まだ文字の読み書きができない。一応言語習得ってスキルのおかげで会話だけはできてるけどな」


 情緒の天秤スキルについては当然秘匿する。

 後はまあ、言語習得や異国から来たことくらいは話しておいていいだろう。実際に文字の読み書きができないから、何かの時に迷惑をかけるかもしれないし。


「コヨンさんが言ってたけど、本当に駆け出しとは思えない強さですねぇ。前衛、後衛、補助とバランスも良いですし。ゴブリンくらいなら何も問題無さそうですねぇ」

  

 笑顔のまま俺たちを褒めてくれる、そんなベテランのシノビアラさんだったが、その後一瞬だけ笑顔が曇り、言った。 


「……ああ、でも本当にゴブリンキングがいたら、とりあえず逃げてね? 私でも一人じゃ倒せるか怪しいし、即席のメンバーで連携して倒せるかってなると、わからないから~」


 いくら俺たちが優秀だったとしても、それはあくまで駆け出しのレベル。後衛からの攻撃や補助があっても、初めて出会った俺たちと連携して戦闘をしても、普段の力は出せないだろう。

 そもそも、レベル二十二のシノビアラさんでも勝てるか怪しいのか、ゴブリンキングってやつは……出会わない事を祈りたい。

 

「まあ、ゴブリン集落が作られてて、二、三十体倒すって感じになると思うから、あんまり心配しないでくださいね~。だから皆は自分にできる事を……あら~?」


 話の途中でシノビアラさんは何かに気づいたのか、辺りを見渡し始めた。

 正直俺は何も気づけなかった。それは、メルたちも同じだろう。


「向こう、何かが走って来てますねぇ。危ないかもしれないから、下がっててくださいね~」


 街道を逸れた草むらの方にシノビアラさんは歩き出した。視線を俺たちに向けないまま、ひらりと片手を後ろに回して、手を大きく広げて背後へ突き出した。

 振り向きもせず、呼吸も乱さず、ただ背後へ向かって来るな、と告げるサイン。

 何かあっても、俺たちでは邪魔になるだけなのだろう。


 そしてそれは、その通りになった。

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