44「新たな依頼」
さて、実はあれから五日ほど経過していた。
五日の間は何をしていたのかと言うと……実は特に変わった事はしていない。
朝起きて、皆でギルドに向かい、依頼を確認する。
ホーンラビットの間引きの依頼があるので、それを受ける。
依頼毎にホーンラビットが出る場所が違ったので、毎日違う場所に赴いて数匹のホーンラビットを狩る。朝から昼過ぎまで狩って六匹以上は狩れていた。多い日は十匹程の日もあった。一日で一人当たり一万アラド以上を稼げていたので、とても順調だった。
そんなルーティンだった。
そして今日も朝から皆でギルドに向かう所だった。
「じゃあ、今日もお願いします」
「はいよ、三人分だね」
宿から出る際、ベティさんから昼食用の携帯食を渡される。
昼食をどうするかと俺たちが悩んでいた時に、ベティさんがそれならばと声をかけてくれたのだ。さすがに無料ではないが、三人分を格安で提供してくれることになった。
「順調そうだね。じゃあ、今日も沢山稼いできなよ!」
「はーい、いってきまーす!」
ベティさんの見送りの言葉に、今日も元気に返事をするメル。
メルはひそかにベティさんの事が好きなのだが……まあ、歳の差とか性別とか色々と問題があるだろうけど、俺としてはノーコメントだ。
それからまた、いつものようにギルドに向かう。
さすがに数日暮らしていると、ある程度は見慣れてくる。
今更だが街並みを見渡していると、本当に日本とは何もかも違うのだという事を実感させられる。そういう事をしっかり確認する余裕もあまり無かったからな……。
足元に広がる、古びた石畳が敷き詰められた大きな通り。人々は活気よく歩いているが、その中には人々だけではない。
荷台を引いて走る馬車……いや、引いて走っているのは俺の知る馬では無いのだが。
馬よりも一回り以上大きく、頭にはねじれたツノを二本生やした異形の獣が、重そうな荷をものともせずに闊歩していた。見た目に反して大人しいのだろうか、当たり前の光景すぎるからなのだろうか、誰もその獣を気にしていない。
何だか自分だけが世界から浮いているような疎外感を少しだけ感じる。
だけど、今はミリィとメルが一緒に居てくれるからな。この異世界に放り出されて一人のままだったら色んな意味で生きていけなかったと思う。
「ベティさんも言ってたけど、最近順調だし、このまま今日もホーンラビットの依頼があるといいね!」
「わたしの浄化魔法のおかげで買取金額アップしてますしね!」
「……まあ、やりすぎは注意しとけよ? 今日もやるなら半分くらいまでだ。残りはクリーンにしとけ」
最初は単純に綺麗な状態の方がいいだろうという感じだったのだが、買取金額が上がるならとミリィが欲を出して最近はとりあえず浄化魔法をかけるようになっていた。結果、俺たちの狩るホーンラビットは特別に質が良いと、最近は少し目立ってしまった。
悪い事では無いのだろうけど、どうにも変に目立つと良くないんじゃないかという、悲しい小市民の性とでもいうのか……他人からのいわれのない嫉妬や批判を買いやすくなるんじゃないかと考えてしまう。
まあ、浄化魔法というものがそもそもかなり珍しいものみたいだし……変な所でミリィが実は精霊じゃないとバレるのも避けたいからな。
そんな事を思いつつ歩いていると、もうギルドに到着していた。宿から近いのが本当に良かったと思う、便利だし。
いつものようにギルドに入ると、やはり朝のうちはまだ人が少ない。冒険者たちは大体ギルド内の料理屋で朝食をとっているからだ。
空いている今のうちにと俺たちはさっさとクエストボードの前まで行き、今日もホーンラビットの依頼は無いかと探していたのだが、今日はそこに丁度リナさんが居た。どうやらクエストボードに依頼書を張り付けている途中のようだ。
「あら、今日も早いわね。今日もホーンラビットの依頼?」
そう言って小首を傾げたリナさんの髪が、肩の先で銀の波紋を描く。
彼女は手に持っていた紙束を胸元に寄せると、とろりと甘い視線をこちらへ向ける。
うん、今日もリナさんは色っぽい。
「ええ。今日もありますか?」
「うーん、あるにはあるんだけど……コヨンちゃんにあなた達が来たら呼んでくれって言われてるの。だから、ちょっと待っててくれる?」
リナさんは銀色のポニーテールを大きく揺らしてくるりと背を向ける。普段のゆったりとした淑やかな足取りとは裏腹に、ヒールを鳴らしてとてとてと小走りで奥の部屋へ消えていった。
はて、コヨンさんが俺たちに用事だなんて……何だろう?
悪い人じゃないんだろうけど、あまり良い予感はしないんだよな。結局貰った補償金だって、半分くらいは嘘をついて貰ったようなものだし、その元凶であるミリィが今ここに居るわけだし……。
「何だろうね、コヨンさんの用事って?」
「大した事じゃ無いならいいんだけどな……俺の持ってる日本の何かを売ってくれ、とか?」
研究熱心なのか好奇心旺盛なのか、日本の事や俺の持っている数少ない日本のアイテムにも興味を持っていたからな。それくらいの話ならいいんだが……。
「やあやあ、お待たせしました。今日は最近優秀なあなた方に良い話があったので、それを伝えたかったんですよ」
リナさんが呼びに行ってからすぐだったので別に待ってはいないのだが、そこはしっかりした大人、社交辞令もしっかりしている。
コヨンさんは、相変わらず長い銀髪がまるで鳥の巣のようにあちこちで跳ねており、彼女の生活の無頓着さを物語っている。特に目を引くのは、青白く浮き出た目の下の隈だ。少女のようなあどけない顔付きをしているのに、隈のせいでどこかアンニュイで、成熟した大人の哀愁が漂っている。
「まあハッキリ言って、あなた方がFランクのままなのは勿体無いと思ってましてね。いつも大量のホーンラビットを、かなり良い状態で納品してくれてますからね。ランクアップのいい機会かなと思いまして、それ用の依頼を受けてみませんか?」
「ランクアップ……ですか?」
そういえば冒険者にはそういうランクシステムがあるって言ってたな。上がらないと危険な依頼とかは受けられないんだっけか。
「でも、私達ホーンラビットしか倒してませんけど……」
確かに俺たちはホーンラビット以外にはゴブリンを倒したことがあるだけだ。そのゴブリンも依頼外のモンスターだったし。
「ホーンラビットは全て一撃と実力もある程度認められる、血抜きも完璧でクリーンもかけてある……とまあ、ここまでやってくれる人は案外少ないんですよ。それに、以前ゴブリンの情報をくれましたよね? 実はそれも関係あるんですよ」
そういえば、最初の依頼の時に本来見かけない場所でゴブリンを見かけたので討伐して、その情報をギルドに報告したんだっけ。それで情報提供とかで報酬も貰ったんだ。
「報告のあった場所の近くからまた、ゴブリンが目撃されましてね。あの辺りの森の奥を調査しておきたいんですよ。集落を作り出している可能性が高いですし、最悪、ゴブリンキングが発生しているかもしれませんからね……」
「ゴブリンキング、ですか……」
見た事は無いが、あまりいい思い出が無いモンスターだ。
依頼主の農民のおじさんにゴブリンキングだと間違われていきなり殴られたんだよな……嫌な思い出だ。
でも、そうなると顔は知らないが俺と同じ大きさくらいのモンスターのはずだ。普通のゴブリンはミリィよりも小さいが、俺と同じくらい……百八十センチはあると思うと、厄介なモンスターだろう。
「……でも、私達じゃゴブリンキングなんて出たら、倒せませんよ?」
メルが心配そうに言う。メルが俺たちでも倒せないというのなら、そうなのだろう。
旅もしていてそれなりに戦闘も慣れているメルの言葉は信憑性が高い。
「調査だけですし、倒す必要はありませんよ。本当にゴブリンキングがいるかもわかりませんし。……ですが、ゴブリンが集落を作っていたらそれはそれで危険なので、今回はベテラン冒険者が一人、一緒に行く事になっています。その方の評価も聞いて、ランクアップの可否を判断するという事になりますね」
なるほど、調査だけでキングとやらは倒さなくていいのか。
倒すのはおそらくゴブリンだけで、基本的には調査。しかもベテラン冒険者が一緒に付いてきてくれる……。結構いい話なんじゃないだろうか?
「どう思う? ベテランの人が一緒に来てくれるなら、俺はいい話だと思うんだが」
「そうだね……調査がメインみたいだし、私達が報告した事だもんね。私もいいと思う!」
「わたしも賛成です!」
全会一致もしたようなので、ランクアップ依頼は受ける方向で行こう。
「ふむ、皆さん意見が一致したようですかね? では、森の調査依頼をランクアップ試験と一緒に受けるという事で、ちゃちゃっと手続きしちゃいましょうか。──リナ、手続きの方をやっといてください。私は、ベテラン冒険者を呼んできますから」
依頼を受けることを決めると、今度はコヨンさんが奥の部屋へと向かった。
しかしそのベテラン冒険者、奥の部屋にいるのだろうか?
「はいはーい。じゃあ、受付の方に行きましょうか。……でも、気を付けてね? とにかくベテランさんの言う事はよく聞いて、あとは自分のできる事を無理せずやれば、あなた達なら何も問題ないと思うから」
そう言ってリナさんは、まるで巣立つ子供を見守るような慈愛に満ちた眼差しを俺たちに向けた。
先ほどまでの小悪魔的な雰囲気は鳴りを潜め、その表情は誰よりも頼れるギルドのお姉さんそのものだ。リナさんの温かな言葉に、不安が少しだけ晴れ、自然と背筋が伸びるような気がした。
そしてしばらく待った後、コヨンさんがベテラン冒険者と一緒に俺たちの前に戻ってきた。




