41「ミリィに質問タイム」
宿屋に戻ると、受付にはベティさんが居て俺たちを出迎えてくれた。
「おや、ゴンゾーさんにミリィちゃん。お早いお帰りだけど……メルちゃんは?」
「依頼が早く終わったんですよ。それでメルは次の依頼用の雑貨を買い出しに。俺たちは、さっきまでミリィが食べ過ぎで調子悪かったんで先に帰ってきました」
「なら依頼は成功したって事かしらね。これからもじゃんじゃん稼いで、うちにお金を落としてねー。……でも、精霊さんって人間と同じものを食べるの? 夕食、昨日と同じような感じで大丈夫そうかしら?」
そんなベティさんの問いにミリィが答える。
「元々は霊体でしたけど、今は受肉しているので、人間と変わりませんよ。……あ、でもお肉が好きです!」
こいつまだ肉を食う気か。懲りてないみたいだな。
「こいつの言う事はあんまり気にしないでください。さっきも肉の食いすぎで吐きそうになってたんですから。……ああ、それと、こいつの分の宿代なんですが……」
ちゃんと収入を得た訳だし、ミリィの分の宿代もやはり払っておくべきだろう。
というか、こいつはこいつでしっかり一万四千アラドが懐にあるんだし、自分で払えという話だ。
「ああ、ミリィちゃんの分なら必要ないよ。精霊だって言うのもあるんだけど、実は今朝のミリィちゃんの祝福のおかげか、お客さんがいっぱい来てね! 精霊に祝福された宿屋だって繁盛してるのさ! だからミリィちゃんは居てくれるだけで大丈夫!」
ああ、今朝のミリィがやった祝福という名の浄化と光魔法の組み合わせ技ってやつか。
実際に宿全体が綺麗になったし、効果は凄かった。
「だけど、代わりに部屋が全部埋まっちゃってね。ゴンゾーさんに部屋を移って貰う話は、悪いんだけどしばらくは待ってもらえるかな? 一応部屋に簡易ベッドをもう一つ用意しておいたんだけど……」
「ああ、全然構いませんよ。寝床さえちゃんとしてれば特に困りませんし」
「悪いね。その分は食事なんかでサービスするよ」
どうやら部屋が変わる事はしばらくは無さそうだ。まあ実際の所、あまり困ってる訳ではないからな。着替えなんかがミリィに丸見えというのはあるだろうが……まあ、こいつに見られても逆に見てしまっても別に……って感じだ。
とにかくさっさと部屋に戻ろう。まだ俺は知らない事が多すぎる。こいつは知識と魔法だけは頼りになるんだから、とにかく今日は色々と聞いておきたい。
「しかし、半日程度の事なのに、なんか随分疲れちまったな……」
部屋に戻り、そういえば簡易ベッドとは何処だと思って見ると、元々あったベッドの側に少し小さなベッドが置かれていた。サイズ的にもミリィに丁度良さそうだ。
ミリィもそう思ったのだろう。ベッドを見つけると、ぽふんと飛び込んでいた。元のベッドよりも柔らかくて快適そうだ。
「はぁ……ようやく痛みもマシになってきた。誘拐犯に間違われるなんてな……これが無けりゃもう少しまともにやっていけそうなんだけどな、この異世界生活ってやつは」
俺は自分の胸を押さえながらイスに深く腰掛けた。
この俺のスキル……情緒の天秤とやらは、ミリィが言うには、周囲の人間の好感度によって力を得られるスキル。まあ天秤というくらいなので、逆に嫌われればダメージを受けたりステータスが下がったりするわけだ。
あの不審者扱いによる電撃のような痛みは、何度味わっても慣れるものでは無い。
「本当にお疲れさまでした、ゴンゾーさん。でも、街の人たちは見る目が無いですよね。わたしの目にはゴンゾーさんはとっても格好良くて頼もしい、立派な男性に見えてますよ? だから元気出してくださいね!」
ベッドに横たわったまま、ミリィがふにゃりと締まりのない笑顔でそんなことを言ってきた。
……だが、俺のステータスが変動する気配はない。
「……なあ、お世辞なら無理して言わなくていいんだぞ?」
「え、ええ!? お世辞なんて言ってませんよ! わたしはちゃんと、心から本心で言ってますよ! 降格してこの世界で生きる事になりましたけど、相手がゴンゾーさんで良かったって思ってます!」
不貞腐れたかのような俺の言葉に対し、真摯にミリィは答えている。
それは、どう見ても嘘を言っているようには思えなかった。
「でもなあ……メルが俺を褒めてくれる時はステータスが上がるから本心だってわかるんだよ。お前が褒めても、一切ステータスに変化が無いんだが……」
そうなのだ。メルが俺を褒めてくれた時には、スキルが反応してステータスが上昇したのだが、こいつの言葉にはスキルの反応が一切無い。まあ、ダメージを受けたりする事は無いから、こいつも俺を嫌っているわけでは無いのだろうが。
「え……ああ! それは違いますよ! そもそもそのスキルは、自分と種族が近い者や、一定以上の知的生命体の色んな感情や発言に限定されているんです!」
一定以上の知的生命体……だと……?
じゃあつまり……こいつは知能が足りていないから……?
確かにこいつはポンコツだからな……スキルからもそういう風に見なされているのか……不憫な……。
「……失礼な事を考えているのは分かりますからね? 今のわたしは、仮の肉体に受肉しているとはいえ、本質は人間とは違う、もっと上級の『天使』ですからね! スキルのシステムが、わたしを対象として認識できないんですよ」
「……マジかよ。じゃあお前がどれだけ俺に好感を持とうが褒めちぎろうが、俺のステータスには何一つ影響が無いってことか?」
「残念ながら……。ああ、それとそのスキルは確かにそういう使い方で嘘を見抜くことに使えなくも無いのですが、同じ人間からのスキル発動はある程度時間を置かないと次が発動しなかったり、色々と制約もあるので気を付けてくださいね?」
そういう大事な事はもっと早く教えといて欲しかった。
でもまあ、少なくともこいつがお世辞を言っているわけでは無いと分かってほっとした。
なんやかんやで長い付き合いになるだろうし、なるべく仲良くやっていきたいからな。
とりあえず疑問の一つが解消されたが、まだまだ聞いておきたい事もある。
しかし、次の質問をしようと思った所、突如俺とミリィの間の空間が歪み、ピキリと亀裂が入る。
「え……?」
呆然とする俺の目の前で、空間が裂けていった。裂け目の中は、真っ暗なようで、青っぽくて、まるで宇宙の中のようで……何かが渦巻いているようにも見える。
そこから、大きな鳥の羽のようなものが数枚、ふわりと頼りなく浮かんできた。
綺麗だな、なんて思って見とれていた。
するとその羽は、突然凄まじいスピードでミリィの方へ飛んで行った。
突然の事にミリィも俺も混乱していたのだろう。ミリィは動く事すらできず、その羽はミリィの頬を掠めて、そのまま壁に突き刺さった。
つーっと赤い液体がミリィの頬を伝って顎からこぼれ落ちる。
そして突然、ミリィが空間の裂け目に向かって思いきり土下座をして──。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 違うんです! そういうつもりじゃ無いんです!」
……豪快に謝罪をし始めた。
「……何が起きたんだ? つーか、何してるんだ、お前?」
摩訶不思議すぎる出来事だが、十中八九、こいつのせい……天界とかいう訳の分からん関連の物だろう。
気が付いたら空間の裂け目は消えていた。なんだか、大したことじゃないような気がする。
「ごめんなさいさっきのはそういう意図じゃ無いんです上級天使だなんてそんなつもり無いんです元天使長だったからって調子に乗った訳じゃないんですぅ!」
さっきまで裂け目があった場所にミリィはまだ土下座と謝罪を続けている。
それから数十秒、しばらく何度も頭を下げ続けていたかと思うと、何かが終わったのかミリィは静かになり、俺の方に向き直った。
「……ふぅ。ああ……えっと……ですね、さっき上級の天使、等と言ってしまいましたから、それでお叱りを受けまして……。そういう意図では無かったので、すぐに許しては貰えたのですが……」
ああ、なんか言ってたな。まあ人間とは生き物のランクが違うとかそういう意味での上級である『天使』と言いたかったんだろうな。ただ天使としても恐らく下級天使とか上級天使とそういう位があるのだろう。ややこしい。
「役職詐称は懲罰対象ですからね……今のわたしは『下級天使見習い補佐代理心得』ですし……気をつけないと……」
なんか、役職だの懲罰だのとこいつの今までの色々を見聞きしてるとブラック企業に務めているだけのようにも見えてくるな……。今更だけど下級天使ってだけでももはや最下級っぽいのにそれの見習いの補佐の代理で心得ってもはや何なんだよ一体。
「しかし……俺には一切聞こえなかったんだけど、叱られてたんだな」
「はい……人間には聞こえないようになっていますから。ですがわたしが受肉しているので、懲罰はどうしても物理的な事になるのであのような事に……」
天界、怖ぇな。
とりあえず、壁に刺さった羽を取り除いておこう。原状回復費用とか、取られないよな……?
そして、そんな空気では無くなってはきたが……でも、話の続きをするか。




