40「お祝いの食事」
ギルド内にある料理屋は、あまり高級感こそないが、それ故に居心地の良い空間だった。
昼時ということもあり、冒険者たちの怒号に近い笑い声と、鉄板で肉が焼ける香ばしい匂いに包まれている。
「お待たせしましたー! ファングボアのステーキセットに、ホーンラビットのスタミナ炒め、ファッティバードの塩焼きです!」
運ばれてきたのは、大皿に盛られた暴力的なまでの肉料理。
正直、見た目はあまり洗練されていない。だが、空腹の胃袋を直接掴んでくるようなスパイスの香りに、俺の喉と腹が鳴り響く。
「美味しそうだね……こんなに沢山のお肉は久しぶりだよ! いただきまーす!」
「確かにこれは美味そうだな……いただきます!」
「わたしも受肉してからのちゃんとした食事は久しぶりです! いただきます!」
一口食べた瞬間、ホーンラビットの弾力ある肉から溢れる旨味と、ガツンと効いたニンニクのような風味が口の中に広がった。
朝からろくに食わず、ひと仕事終えた後のこの味。高級店じゃ絶対に出せない、脳に直接響く美味さだ。まあ、高級店の味なんて実際には知らないのだが。
「……あ、こらミリィ! 自分の分がまだあるだろ!」
「何を仰るんですかゴンゾーさん。わたしは育ち盛り……いえ、魔力の回復には栄養が必要不可欠なのです! さあ、そのお肉をこちらへ!」
さっきまでの不憫な様子はどこへやら。ミリィは小さな体を乗り出して、俺の皿にある肉を虎視眈々と狙っている。
一方のメルは、そんな俺たちのやり取りを、スープを飲みながらニコニコと眺めていた。
「ふふっ、二人とも仲良しだね。……あ、ミリィちゃん口元が汚れちゃってる。ほら、拭いてあげるからこっち向いて……」
そんなメルの一言に恥ずかしくなったのか、ミリィは「むう……」とあからさまに頬を膨らませながらも、おとなしくメルに口元を拭かれている。自称大人の威厳はどこへ行ったのだろうか。
「……一万四千アラド、か」
俺は食事をゆっくりと堪能しながら、懐にある革袋の重みを確かめるように呟いた。
さっきリナさんが並べてくれた硬貨。半日の労働で得た、日本にいた頃のバイト代を優に超える稼ぎ。
メルと出会い、ミリィが加わり、なんとか手にした最初の実績だ。
「ゴンゾーさん、何を浸っているんですか? ほら、追加の料理が来ましたよ。冷めないうちにわたしが食べてあげてもいいんですよ?」
「……お前、さっきから食うことしか考えてないな。食いすぎて苦しくなっても知らんぞ」
呆れながらも、俺は追加で運ばれてきた湯気の立つ料理に手を伸ばした。
そうして三人で雑談を交えながら、ゆっくりと食事を終える事ができた。結構注文したつもりだったが、思っていたよりも安く、そういう所も含めてギルド内にあるのかとも思った。冒険者なんていう職業は体が資本だし、食べる事はかなり大事だからな。
「よし、飯も食ったし……これからどうするかな? まだ昼だけど……さすがにこれからまた依頼ってのもな……」
正直満腹になったので少し眠いくらいだ。それに、今ゴブリンを倒したときのような動きをしたら吐いてしまう気がする。
「そうだねー……正直今日は準備が甘かったからね。素材を入れる革袋もだし、携帯食も用意しておくべきだったかなーって思ったんだ。だから、雑貨屋とかで買い出しかな」
確かに、今回の依頼は昨晩から突然決めた事だった上に、朝早くに向かったからな。
本来ならば、最悪野営もできるように色々と買っておくものなんだろう。まあ、メルは旅をしていたのだから自分の物は最低限は持っているだろうけど……。
「俺も野営とかできる物なんかを買っておくべきだったかな。じゃあ今日はそういった物を買いに行くか?」
「うーん、依頼の為だけだったらそこまで時間のかかる依頼は受けるつもりが無いから、まだ必要ないかもね。あと、私一人で行ったほうがいいかも……」
メルは少し困り顔で答えた。
やはり俺のような男と一緒に買い物は……いや、短い付き合いだがメルはそんな子じゃない。ではどうしてだろうと思っていると──。
「ミリィちゃん、眠そうだしね。ゴンゾーはミリィちゃんを宿に連れて帰って、部屋で休ませてあげて。私はその間に雑貨屋を回ってくるから」
その一言でミリィの方を向いて見ると、お腹がぽっこりと膨れた、今にも寝てしまいそうな微笑ましくもムカつく幼女がいた。
「うぅ……お腹がいっぱいで、目が開かないのです……」
「だからあれほど食うなと言っただろ……」
こいつは本当に優秀だと思った途端にポンコツな部分を見せてきやがる。
「ゴンゾー、ミリィちゃんの事よろしくね。私は革袋とか、色々見てみるから」
「ああ、悪いなメル。頼んだ……と、金はどうする? 出そうか?」
「ううん、いいよ。食事代も出してもらったし、革袋なんかは沢山あっても困るものじゃないし」
メルはそう言って、今日の報酬の入った革袋をしっかりと握り締め、頼もしい足取りで再び街へと繰り出していった。
さて。結果的に都合よくミリィと二人きりになった訳だ。
こいつには色々と聞きたいことがまだ沢山あるからな。二人で話せるのは丁度いい……が。
「おい、動けそうか?」
「すみません……歩くと天使として見せてはいけない物をお見せしてしまいそうです……」
「……精霊な? 余裕が無いんだろうけど気を付けろよ」
幸い周りは騒がしい客だらけで、俺たちの会話なんて聞いている人は居なかったが、少し気を付けて欲しいものだ。しかし気持ちもわからんでもない。俺も今日は少し食いすぎたし、何なら日本に居た頃、食い放題で限界に挑んだ時は今のこいつと同じような状況になった事もあるからな。
「ほら、おんぶしてやるから行くぞ。……背中で吐いたらさすがに怒るからな?」
「……努力します」
あまり刺激を与えないようにゆっくりとミリィを背負い、俺たちはさっさと宿屋に戻る事にした。
しかしその帰り道……。
「……ちょっと、あれ……」
「誘拐……? 警備の人を呼んだ方が……」
眠っているように見える幼女を背負っているゴリラ顔の男というのは、さぞ不審に見えるのだろう。まあ、どう見ても親子や兄妹には見えない。俺だってそう思う。
『生理的嫌悪を確認。ダメージを受けます』
「ぎゃああ!!」
そして予想できたかの如く、電撃が走ったかのような痛みが俺を襲う。
その痛みで一瞬、ミリィを落としそうになり体も不安定に揺れてしまった。
「ゴ、ゴンゾーさん……揺らさないで……うっぷ……」
「やめろ吐くな! ……ちくしょうやっぱいらねぇこのスキル……」
これ以上目立たないようにとにかく足早にこの場を去ろう。声が聞こえなくなればスキルの範囲外になるはずだ。受けたダメージそのものが無くなるわけでは無いが、少なくともこれ以上継続してダメージは受けなくなるはずだ。
それに、直接犯罪行為をしたわけでは無いんだ。妙な事にはならないだろうし、警察官みたいな人が居たとして、疑われたとしても話せば何とかわかってくれるだろう。
「何とか無事に帰れたか……おい、平気か?」
「はい……だいぶ楽になりました……あ、もう降ろしてもらって大丈夫ですよ」
どうにかこうにか不審者扱いする人たちから逃れ、無事に宿屋まで帰る事ができた。
「とりあえずさ、部屋に着いたらお前にいくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ふぇ……なんですか? お肉の話なら、もう入らないですよ……?」
誰が肉の話をすると言ったんだこのポンコツは。
「……まあ、部屋に戻ったら聞くわ。この世界の事とかいろいろ、聞きそびれたことが多いからな」
「ああ、そうでしたね。昨夜はいきなりでしたし、今朝も早かったからあまり説明できませんでしたからね。任せてください! ゴンゾーさんの疑問に何でも答えちゃいますよ!」
……不安だ。
こいつ、性能自体は有能なはずなのに所々がポンコツなせいでイマイチ信用できない。
まあ今の俺には頼れる人は少ないし、俺の事情を知るのはこいつだけなんだ。
何とか信じてやっていくしかないな……。




