31「依頼人との出会い」
小屋の隅、陰になっているので少し暗いその場所からひきつった呼吸音が聞こえる。
モンスターに怯えているのだろうか? 四十前後と思われるおじさんとおばさんが震えている。
とにかく、これ以上怖がらせないためにも落ち着かせてあげないとな。
笑顔で話しかけてあげようじゃないか。
「もう大丈夫ですよ。助けに……」
ゆっくりとハキハキ、落ち着いて話しかけたつもりだった。それも笑顔でだ。
でも、俺の声を聴いて振り向いたおじさんは……。
「……ご、ゴブリンキングだあああッ!」
『恐怖と敵意を確認。ステータスの微低下とダメージを受けます』
「ぐはッ!!」
体に電気が走ったかのような痛みと、体の重さがまた俺を襲う。このクソスキル、本当にいらない。
そしてこの痛みと重さで俺に大きな隙ができた。叫び声で怯んだと勘違いしたのか、おじさんは死に物狂いな表情で俺に拳を打ち付けてきた。
「こ、子供を放せ!」
恐らく俺をモンスターと勘違いしたこの人は、俺がミリィを背負っているのを見て子供をさらっているとでも勘違いしているのだろう。
隙だらけの大ぶりのパンチだ。普段なら避けるのも余裕だっただろう。
だが、スキルのせいで体に痛みがあったし、ステータスも少し下がっていた。
それにミリィも背負っていたし、下手に避けるとミリィに相手のパンチが当たるかもしれない。
その一瞬の思考の結果、俺は顔面にパンチを思いきり受ける事になった……。
「ぶふぉあッ!」
顔で思いきり受けたが、まあ骨とかは折れてはいないだろう。でもめちゃくちゃ痛い。鼻から何かが垂れている感覚があるので、おそらく鼻血が出てしまったのだろう。痛い。
「ちょっと! いきなり何するの!」
いきなり攻撃を受けてしまった俺とおじさんの間に割り込み、メルがショートソードを抜いた。そこでどうやらやっと相手が人間であることに気づいたのだろう。自分のしてしまった事も含めて少しパニックになっているようだ。
ちなみにもう一人……おばさんの方は、最初におじさんがゴブリンキングだと叫んだ時に驚いて尻もちをつき、動けなくなっていた。
「す、すまない……暗くてよく見えなかったんだ……それに、子供を助けなきゃと思ってしまって、つい……」
「まったく、人にいきなり殴りかかるなんて……!」
少し落ち着いたおじさんが謝ってくれたが、メルはまだ怒っている。俺はまあ……暴力はともかく驚かれること自体は慣れているからある程度仕方ないと思う。まだ痛いけど。
「まあ謝罪して貰えたし、もういいよ。それより、ひょっとしたらあんた達はホーンラビット討伐の依頼を出した人か?」
「おお、あんた達はやっぱり冒険者か! そうなんだ。ホーンラビットの群れが出てね。それに、今はどこかに行ったみたいだけどゴブリンも見かけたんだ。このままじゃ怖くて作業ができなくてな……」
「あのね、ホーンラビットはゴブリンに追われてこっちの方まで来てるように見えたの。最近ホーンラビットが増えてるのはゴブリンのせいなんじゃないかと思って……」
このおじさんとおばさんはやはり依頼主のようだ。
しかし、ゴブリンか……。ゴブリンと言われても、俺にはどういう存在なのかよくわからない。俺の知っているゲーム通りなら序盤の雑魚って感じなんだが、この二人が怖がっている所を見ると、ホーンラビットよりは怖い存在なのだろうか。
「ゴブリンもいるのかあ……ちょっと面倒だね。とりあえず見つけ次第どっちも倒すけど、ゴブリンは一回ギルドに戻った時に報告した方がいいかもね」
「ゴブリンって、そんなに面倒なのか?」
とりあえずわからない事は聞いてみよう。
「強さ自体はそこまででも無いんだけどね。子供くらいの大きさで、緑っぽいのとか茶色っぽいのがいるんだ。基本的に群れで行動するし、ずる賢い所もある。武器も持ってたりするから、油断できないんだ」
「ゴブリンを見かけたらちょっとした集落が近くに作られている事も警戒しなくちゃいけませんからね。一体見たら三十体はいると思え、なんていう言葉もありますよ」
メルとミリィがゴブリンの解説をしてくれた。
とりあえず俺の考えるイメージには近いみたいだ。でも一体見たら三十体……というのはなんだか嫌な黒光りする虫を想像して嫌だな……。
「あ、ゴンゾーさん。鼻血が出てるじゃないですか。わたし、治しますよ」
いつの間にか俺の背中から降りていたミリィが、俺の顔面の怪我をみて治療を申し出た。
そういえば、こいつは回復役だったな。回復魔法のスキルレベルも二とか言ってたし、この世界での回復魔法っていうのがどういう物かちょっと気にはなっていたんだ。
「なんと、お嬢ちゃんは回復魔法が使えるのかい! そうか、だからこうして討伐依頼に付いてきたんだね」
やはりミリィのような小さな子を普通は連れて討伐依頼なんかに出向かないのだろう。それを考えるとミリィが回復魔法を使えるのは色々と都合が良いな。
「じゃあ、じっとしててくださいね……あ、もうちょっと屈んでください」
立ったままだと俺の顔に手が届かないのだろう、ミリィはぴょんぴょん跳ねながら頑張ろうとしていたが、時間の無駄なので、さっさと屈むことにした。
そしてミリィは俺の鼻先に手をかざし、慈愛に満ちた眼差しで俺を見つめる。
その仕草はまるで、汚れたぬいぐるみを心配する子供のようで、俺の荒んだ心が少しだけ浄化される気がした。
「痛いの、とんでけー」
呪文の詠唱なのかもしれないが、なんか台無しだ。思わず気が抜けてしまった。
しかし、ミリィがそれを唱えた瞬間、彼女の手のひらから柔らかな淡い光が溢れ出した。
それは直視しても眩しくない、春の木漏れ日のような温かい光だ。
鼻の奥のツンとした痛みが、冷たい水ですすがれるようにスッと引いていく。同時に、スキルのせいで重かった体が軽くなる感覚があった。まあ体が軽くなったのは、スキル発動から五分くらい経過したからかもしれないが……。
「凄い……これが回復魔法なんだ……」
ミリィの回復魔法を見てメルが驚いている。
そういえば回復魔法は珍しいとかミリィも言っていたし、やはり使えるのは一般的では無いのだろう。こういう所でミリィの精霊設定に真実味が増しているな。
「おお、すっかり痛みが無くなったな。凄えじゃん」
傷も痛みも無くなった。HPという数値があるなら、全回復した気分だ。
「ふふん! わたしの優秀さにようやく気付いて頂けたようですね!」
ほんとに優秀ではあるんだけど、偉そうにされるとやっぱりムカつく。
まあそれはもう置いといて、傷も癒えたし、いい加減に依頼の話を進めるとしよう。




