30「初めての外」
重厚な石造りの門をくぐり抜けた瞬間、風の質が変わったような気がした。
街の喧噪を押し潰すような、圧倒的な静寂。石畳は途切れたが、整備された街道が続いているのが見える。踏み締めた土の感触は柔らかく、街の外に出たんだなと感じられた。
視界を遮るような建物はもちろん、木々もほとんど見えない。ただひたすらに草原が視界を埋め尽くしていた。
現代日本を知る俺には、とても美しい景色に思えた。そして同時に、少しの恐怖も感じた。日本で言うなら、もうここから先はモンスターという名の野生動物がいて、それに命を奪われる危険もあるのだ。
「街道をまっすぐ進んだら畑が見えてくるはずだよ。街から離れたら雑草も増えてくるし、畑の側には農具小屋とか水路とか、何なら野営地なんかもあるだろうからすぐにわかると思うよ。ひょっとしたらそこに依頼主さんもいるかもね」
歩きながら、メルが色々と教えてくれる。この世界の基本的な知識がない俺にはとてもありがたい。
「ミリィちゃんは大丈夫かな? まだまだ結構歩くけど……」
辺りを見てもまだ街の近くなので、畑らしいものは見えない。
まだまだ目的地までは遠そうだ。
「大丈夫ですよ。それにいざとなったらわたし、飛べますから」
「凄いね、飛べるんだ! さすがは精霊だなあ……」
飛べるのは俺も初耳だな。
しかし、天使だという正体を隠すために今は翼も収納して見えないようにしているらしいのだが、飛ぶには翼を出さなきゃいけないとかじゃなければいいが。
咄嗟に飛ぶことになって翼を出してしまい、妙なことになるなんて事態にならなければいいけど……。
しかし、ふと疑問に思った事がある。
なんで街の近くに畑を作らないんだろうか。
近くにあったほうが便利そうなんだが、やはり街のすぐ側には何もない。
まだ歩きそうだし、雑談がてら聞いてみよう。
「そういえばさ、なんで街のすぐ側に畑を作らないんだ? すぐ側だと収穫とか水とか色々便利そうなのによ」
農家の人とかも街には居ると思うんだけど、仕事のためにわざわざ外に出て、結構歩かなきゃいけないのは大変だろう。
「たぶん、視界の確保とか安全のためとかじゃないかな? 農作物とかでモンスターが隠れて見えないとか、そもそも農作物にモンスターが寄ってきちゃうこともあるから、街にモンスターを寄せ付けないためとか……? 私もあんまり詳しくないからわかんないけど」
なるほどな。まあ実際ホーンラビットが畑を荒らしてるわけだし、畑が街に近いと最悪、街にホーンラビットが入ってくる可能性もあるわけか。
「それもありますが、将来的に街を拡張する時に農地があると、潰さないといけなくなって余計にコストがかかっちゃいますからね。それに門の側なんかは場合によっては野営地になったりしますからね」
更に追加でミリィが答えてくれる。
見た目は幼女のくせにやはり長い時を生きた元天使長。詳しいじゃないか。
「へーそうなんだ。ミリィちゃん長く生きてたって言ってたし、やっぱり色んな事に詳しいんだね!」
「ああ、さすがだよな。やはり年の功って──おい睨むなよ……」
メルに褒められて笑顔だったが、歳の事を言った瞬間に目線が怖くなった。こいつの事を年齢でいじるのはやめておいた方がよさそうだ。
そんな感じで雑談しながら十分程……距離にしておそらく一キロ程度歩いていたが、少しずつ景色が変わっていった。草原の草も伸びて荒れているし、街道も少し荒れてきた。
そこからさらに歩いていると、平気だと言っていたミリィもちょっとしんどそうにしていた。さすがに体が小さいと疲れも早いだろうし、歩幅も俺達と違うから余計にしんどいのだろう。
額に汗を浮かべ、肩で息をしていたので、おんぶしてやることにした。
「す、すみません……。肉体を持つの……久しぶりだったので……」
「いいよ、これくらい。別にたいして重くも無いからな」
「ありがたいですけど、そこは『軽い』って言うところですよ……」
めんどくせえな、こいつ。
ちなみに背負っていた荷物は代わりにメルに持ってもらっているが、まあ元々大した荷物が入っているわけでは無いから重くはないだろう。
代わりに背負ったミリィも三十キロも無さそうだ。荷物よりは重いだろうが、部活なんかで大量の水入りペットボトルを入れたリュックを背負ってランニングとかしていたし、それに比べたら歩くだけだし、全然楽だ。
「あ、見えてきたよ。畑と……ちょっと離れた所に人がいるね。依頼者さんかな?」
少し離れた場所をメルが指さしたので、俺もそちらを見てみると、いくつかの畑と農具小屋らしき小さな小屋が見える。その小屋の側に確かに人が二人いるみたいだ。
しかしなんだか……畑の方をこっそり見ながら小屋の陰に隠れているようにも見える。
「何かから隠れてる……? もしかして、もう畑にモンスターがいるのかな?」
「あー……もしそうなら、あんまり大きな音を立てずに近づいた方がいいかもな」
「そうだね。ホーンラビットなら突進してくるかもだし、逃げられても面倒な事になりそうだしね」
面倒な事にならないために、俺たちはゆっくりと遠目に見える人たちに近づくことにした。
街道を逸れて、荒れた草だらけの地面を歩いていく。
一応辺りをよく見回してみるが、モンスターらしきものは見えない。
茂みの揺れ一つが、それがモンスターではないかという緊張が走る。
警戒しながら歩き、そして俺たちは依頼人らしき人の近くまで到着した。




