29「出発」
空を見上げると、太陽が眩しかった。
西から登ったお日様……なんて歌を聞いた覚えがある。もちろんそれは間違いなのだが、この歌がずっと頭に残っているせいで太陽はどちらから登るのか、と問われるとどうしても西という答えが頭をよぎってしまう。
だからこそ逆の東と答えればいいと、そういう風に頭に叩き込んでしまえばなんてことは無いのだが。
まあ何が言いたいかというと、西門はどっちだろうと思い、今はまだ朝なのだから、太陽の逆方向へ行けばいいのかなという俺の浅はかな考えだ。
「どしたのゴンゾー? こっちだよ!」
「ゴンゾーさん、のんびりお空を見上げてないで、早く行きましょう」
結局俺が考えるよりもこいつらに付いて行った方が早いんだよなチクショウめ。
まあこの世界のこと……というか、この街の地理くらいの話ではあるけど、そういうのはこれから覚えていけばいいんだ。
「それで今更だけど、ホーンラビットってどういうモンスターなんだ?」
メルは見た事も討伐したこともある慣れたモンスターかもしれないが、そもそも俺は見た事も無いモンスターだ。ツノがあるモンスターで、恐らくウサギだということくらいしかわからない。これでウサギじゃなかったらどうしよう。
「ん? そうだなあ……ぱっと見は大きなネズミみたいな感じで、ツノと長い耳が特徴かな」
ネズミかよ、と思ったけどウサギはげっ歯類……じゃないんだっけ? どうだったか思い出せないな。まあでも似てるっちゃ似てるかなあ。
「耳が良いから、足音には気をつけてね。見つかると逃げるか、ババーって突進してくるやつもいるよ」
「……ババーって、そんなに速いのか?」
「うん。刺さったら大怪我だけど、あいつら急に曲がれないから横に避ければ大丈夫! 一度にたくさん襲い掛かってきたらさすがに危ないけどね!」
「刺さったらわたしに任せてください! ……でも急所とか、太い血管のある所とかはできれば避けて貰えたら……」
「太い血管とか怖い事言うな」
この精霊もどきの元天使は本当に役に立ってくれるんだろうか? まあヒーラーなんて本当は役に立たずにパーティーに居てくれるだけでいい存在だとは思うから、保険でいいんだけど。ヒーラーが役に立ちまくる戦闘とか怖くてやりたくないからな。
「ゴンゾーは心配性だね。ゴンゾーのレベルならその武器で殴ったら一発だと思うよ? それ、鉄みたいに硬かったよね」
メルが俺の武器……アイアンウッドの木刀を指さしながらそう聞いてきた。
実はこれを買った後にどれだけ硬いのか少しチェックをしてみたのだが、俺の力でも折れそうに無いくらいだった。軽く叩いても手の方が痛いくらいだ。もはや軽い鉄の棒といってもいいくらいだ。高いだけの事はあった。
「確かにこれなら骨くらい軽く砕けそうなんだよな……」
「あ、それアイアンウッドですか? 珍しいですねえ。こっちの地方には無い木なんですよ。加工も難しいですし、結構高かったんじゃないですか?」
ミリィも俺の武器を見てそんな反応を示した。
やはり珍しいものであるのは間違いなかったんだな。なら、ぼったくられた訳では無さそうだ。
「あれ、ミリィちゃんそういうのよく知ってるね? 生まれたばっかりなのに」
「え……あっと、その……」
ほら見たことか。こういう所でボロが出るんだ、この駄目天使は。
生まれたばかりの精霊という事で通しているんだから何か上手い事言って誤魔化さないとやばい。天使が存在するとバレるのが困るらしいが、俺としても精霊とでも言わなければこいつと一緒に行動していると変な誤解が増えそうで困るのだ。
「その、受肉する前は霊体でして……色々な所を巡っていたので、それでこの世界の事については皆さんより詳しいと思います……よ……?」
何か適当にいい感じの助け舟を出してやろうかと思ったが、何とか誤魔化せそうな事を自力でミリィは言い出した。まあ霊体だったかどうかは知らんが、元々天使長でこの世界を色々管理していたんだろうし、詳しいのは事実なんだろう。
「そうなんだ! それでずっとミリィちゃんは自分の事を大人だって言ってたんだね」
「そ、そうですよ! これでもあなた方よりもずっと長く生きているんですから!」
まあ、長く生きてるのは本当っぽいな。でも、年齢は聞かない方がいいだろう。
メルみたいな若い女性はともかく、お年を召した方に年齢を聞いても碌な事にはならん。
「……ゴンゾーさん? なにか失礼なこと考えてないですか?」
ミリィから笑顔のまま、その幼い容姿からは想像できない殺意を持った何かを感じる。
まさかこいつ、俺の心の中が読めるとかいうんじゃないだろうな……?
「あ、門が見えてきたぞ! 出入りする時って何か手続きがいるものじゃ無いのかなあ!」
やばい流れになりそうだったのでなんとか話を逸らす。
まあ実際の所、本当に門は見えていたし、大体こういう所は出入りする時に税とか払ったりギルドカードとかの身分証を見せたりするのがお約束ってものだ。
「そうだね、こういう大きい街は入る時にお金がかかったりするけど、今回はギルドの依頼だし、依頼書とギルドカードを見せるだけで大丈夫だよ!」
「やっぱりそういうもんなんだな……」
そういえば俺は直接街の中に転移しちゃったから、街に入る税ってやつを払ってないな。
バレたらまずいのだろうか。でも、ギルドで転移したって話自体はしたんだし、何かまずい事になりそうならギルドに泣きつこう。
まあ何か起きたらそれはその時でいいか。とりあえずもう西門とやらも目の前だ。
「それじゃあちゃちゃっと依頼書見せて、早く外に出よっか。ホーンラビットの数が多かったら時間かかっちゃうかもしれないし、もしかしたら他のモンスターも出るかもしれないし」
他のモンスター……そういえばそういう可能性もあるよな。畑を荒らすモンスター……まあ俺の基準だと、イノシシとかサルとかタヌキなんかもだろうか。この世界だとそういう動物もモンスターっていう形で存在しているのかもしれないな。
「おっ、駆け出しの冒険者パーティーかな? でもそれにしちゃ小さな子もいるけど……君たち大丈夫?」
西門には門番らしき人が二人いた。そのうち一人が気さくに俺たちに話しかけてくれたが、やはりミリィのような小さな子を連れているとそう言われるのも仕方ないだろう。
「回復専門の子だから前衛には参加させないので大丈夫です。基本的に私達二人で何とかしますから!」
依頼書なんかを門番の人に見せながらメルがそう言ってミリィの事も何とか誤魔化してくれる。まあ回復専門ってのは嘘では無いのだが。
「そうか。そっちの兄ちゃん……いや、俺より年上か? よくわかんねぇけど、女の子二人に怪我させるんじゃないぞ! いくらホーンラビットって言っても危険が無いわけじゃないしな」
この門番の人、二十代後半くらいに見えるけど、俺はいったいいくつくらいに見られているのだろうか……。
まあ悪意を向けられたわけでも無し、純粋に心配してくれているんだし、善意は善意として受け取っておこう。
そんな感じで話しているうちに、手続きは本当にちゃちゃっと終わっていた。
メルが依頼書を見せて、門番の人が何かさらさらと書いて、最後に俺たち全員のギルドカードを確認したらおしまいだ。
さて、あとは現地に行って依頼のモンスターを討伐するだけだ。
気持ちを切り替えて行かなきゃな……。




