23「精霊なんです」
「あの……お嬢ちゃん……よく聞こえなかったんだけど……何の精霊……なの……?」
「せ、せいえき……?」
首を傾げながら、自分でもよくわかっていないようだが、ミリィはそう答えた。
俺たちの反応からして、何か間違った事を言ってしまったのだと察しているのだろう。
チラチラと俺の方を見ているが、今は本当にやめて欲しい。俺を見るな。
「そんなものにも精霊っているの……? で、でも何でうちみたいな宿にそんな精霊が……? ま、まさかゴンゾーさんから産まれた精霊……とか……? だから部屋の中に……?」
やめて欲しい。これ以上事態をややこしくしないで欲しい。
とりあえず目だけで全力でミリィに抗議する。
「違いますよベティさん、言葉が上手く言えてないだけですよ。たぶんアレじゃないですか、『聖域』とか!」
今はもう、全力で誤魔化すしかない。多少無茶があろうとも『せいえき』よりはマシだ。
ミリィも察したのか、俺の言葉に対してうんうんと頷いた。
「そ、そういえば最初にゴンゾーさんが口を引っ張ってたし、それがまだ痛くて上手く言えなかっただけよね……そっか、聖域か……浄化の精霊さんなのね……」
よし、これで何とか上手く事が運びそうだ。
さっきの口パクは上手く伝わらなかったみたいなので、今度こそこの方向で行くぞとミリィに目で合図する。さすがにさっきのはダメだったと理解しているのだろう、今度こそはとミリィも俺に目で合図を送る。
「ベティさん、ゴンゾー、何かあったの!」
ここでまた事態をややこしくしそうな人物、メルがやってきた。
険しい顔つきで、刃は収めたままだが、手にはショートソードを握っている。
ベティさんが叫んだ時のせいだろう。でもそれを考えると、メルは何一つ悪くない。
「あ、メルちゃん。ごめんなさいね、私の勘違いだったみたい。ゴンゾーさんもごめんなさい。勘違いとはいえ、酷い事を言ってしまって……」
「いえ、気にしないでください。あんな場面見たら仕方ないですよ」
まあベティさんは本当に悪くないだろう。
大体はミリィのせいだ。
「えっと、何があったのか聞いてもいいかな? それと……その子も誰?」
メルの疑問はもっともだろう。
とりあえず、俺とベティさんは簡単にメルに説明をしてあげた。
「なんだ精霊さんだったのかー、私も初めて見たよ。でも何でゴンゾーの部屋に居たの?」
そういえばそういう事は何も考えていなかった。
「あー……突然出てきた感じだったから、まだ生まれたばかりの精霊とかじゃ、ないのかな……?」
苦しい言い訳かもしれないが、もう適当にそれっぽい事を言っていくしかない。
「確かにこの子小さいもんね。でも、どうしようか? 精霊さんを放って置くわけにもいかないし……」
ミリィもどうしたらいいのかわからないようで、オロオロしている。
その姿が庇護欲を駆られたのか、ベティさんが反応した。
「うちの宿から生まれた精霊さんなら、うちに居てくれて構わないけど……えっと、何て呼んだらいいのかな?」
「あ、こいつミリィって言うみたいですよ」
「そっか、ミリィちゃんか。ミリィちゃんさえ良ければうちの宿にずっと居てくれるかい? いいお部屋も用意するよ?」
優しく微笑みながらベティさんがミリィに向かって話しかける。
しかし、ミリィは困ったようにしながら、俺の方に顔を向けた。やめろ、俺を見るな。
「あれ、ゴンゾーの側がいいのかな……?」
「困ったねえ……いくら精霊さんとはいえ女の子が男と同室っていう訳には……」
「もしかしたら、生まれて最初に見たのがゴンゾーだから、ゴンゾーを親みたいに思ってるんじゃないかな……?」
メルがとんでもない事を言い出した。
そんなヒヨコみたいなことがあってたまるか。
「そうか……ゴンゾーさんが父親代わりって事か……。それじゃあ仕方がないね、今日の所は簡易的な寝床をもう一つ部屋に用意するよ。家族部屋が空いたらそっちに部屋を移すといいさ。ゴンゾーさんもそれでいいよね?」
何か勝手に話が進んでいるが、性犯罪者とかに間違われるよりはずっといい。
とりあえずこの方向で話を進めよう。
「ええ、それでお願いします」
「じゃあとりあえず私はゴンゾーさんの寝る場所の用意をしてくるから、ミリィちゃんと待っててよ」
「ゴンゾーなら大丈夫だよね! ……あ、ベティさん私も手伝うよ!」
こうしてとりあえず二人は何とか部屋から出て行った。嵐は去ったのだ。
さて、二人も見えなくなった事だし……。
「おい、お前……とんでもない事言ってくれたな! なんだ『せいえき』って!」
「だ、だって……口パクじゃ何言ってるかわかんないですよ!」
「少しは考えろよ! ていうか会話の流れを読んだらわかるだろ! 『せいえき』でどう乗り切る気だったんだよ!」
「娼婦の設定のまま誤魔化すのかなって……」
「お前のような見た目幼女の娼婦連れ込んだら社会的に死ぬんだってば! ていうか、お前本当に天使なの?」
娼婦だのせいえきだの、さっきはベティさんを敵だと思えとか言うし、こいつは本当に天使なのだろうか? 駄目天使、略して駄天使では?
「ま、まあ聖域を司る精霊という事で上手くいったじゃないですか! 幸い、わたしは回復魔法以外にも浄化魔法や結界魔法も使えますし、精霊ってのはいい案かもしれないですよ」
使える魔法だけ聞くと案外有能っぽいなこいつ。
腐っても天使って自分でも言ってたけど、ここは天使ポイントが高い。
「まあ何とか誤魔化せてよかったけどな……それに、俺もお前に聞きたい事が山ほどあるからな。結果的に一緒に行動できそうでよかったよ、うん」
本当に聞きたいことはたくさんある。まあこの世界の事なんかも色々聞きたいが、転生を失敗しやがった事とかね。せっかく生まれ変わってイケメンモテモテライフ、とか考えてたのにね、ああ思い出したらまたイライラしてきた。
「わたしとしても一緒に行動できるのは嬉しいのですが……その、アダチヤマさん? こ、怖いですよ? 怒ってます? 怒ってませんか?」
「なーに怒ってないさ。あ、それと俺の事はゴンゾーでいいぞ。名字呼びだとまたややこしい事になるかもしれん」
「ああ、確かに家名持ちの方は地方によっては珍しいですからね。場所によっては貴族だったりしますし」
「そう、それだよ。そういうこの世界の常識をお前から聞いておかないとな。本来ならどこかの家で、幼い頃からゆっくりと覚えていくはずだった事とか色々とな」
「うう……誠心誠意サポートさせて頂きます……」
かなり反省しているみたいだし、幼女と思うくらい小さな姿になってしまったからか、何か罪悪感が凄いな……。
まあ、今後は色々と役に立ってくれるだろうし、一緒に行動するんなら気まずくなるのはよくない。これくらいで許しておこう。
それからしばらくして、毛布や寝袋を二人が持ってきてくれた。
この部屋にベッドは一つ。俺はそっちの寝袋で寝ろって事ですよね、わかります。
そんな俺を見て、ミリィが「ベッドはゴンゾーさんに……」なんて言ったもんだから、二人のミリィへの好感度が爆上がりしていくのが見ていてよくわかった。
申し訳なさそうにしながらも、ミリィがベッドで寝る事になったが、それを見て二人は安心したのか部屋を出て行った。
とにかく本当に、本当に疲れた。
そういえば明日はメルと一緒に討伐依頼を受けに行くんだった。
それで早く寝ようとしていたのに、まったく寝る前にとんでもない事が起こったもんだ。
今度こそ、泥のように眠りにつくとしよう……。




