19「宿の夕食」
「目当ての物も買えたし、結構時間も経っちゃったけど、これからどうするゴンゾー?」
時計が無いのと、この世界の時間間隔がよくわからないが、辺りは少し暗くなってきた感じがする。たぶん夕方くらいの時間なのだろう。
しかし……なんか疲れた。
濃い一日だった。
異世界転生できると思ったら体はそのままの転移。スキルは貰えたが、メリットもデメリットもあるよくわからないスキル。何も知らない場所で独りぼっちで生き抜いていかなきゃいけないかと思っていた所を、運よくメルに助けて貰った。メルがいなかったら色々と危なかったかもしれない。少なくとも、こんなに上手く事は運んでいなかっただろう。
とにかく疲れた。腹も減った。
「今日は色々あって疲れたし腹も減ったな……もう宿に戻らないか?」
「ちょっと早いけど……そうだね、早くしないと席が埋まっちゃうかもしれないし、戻ろっか」
「席が埋まるって……何のだ?」
宿の部屋はもう取っているし、何の事だろう。
「あの宿屋は食堂もやってるからね、夜になるとそれ目当てのお客さんが来て混むんだよ。だから早めに席を確保しとかないとね!」
なるほどな、あそこは食堂も兼ねてたのか。確かに宿泊客に食事も出すんだし、宿だけで経営するよりは食事専用の客も取った方が儲けはいいだろう。
「席が空くまで待つ事になるのも嫌だしな。……つーか、マジで腹減ってきたから早く何か食いたい」
飯の事を考えていたら更に腹が減ってきた気がする。
そのせいか、俺の腹から豪快にグゥと音が鳴り響いた。
「ふふ、ゴンゾーのお腹の音聞いたら私もお腹すいてきちゃった。それじゃ、急いで戻ろー!」
そんな訳で、俺たち二人は『折れた剣の宿』に早く戻る事にした。
途中で何度も俺の腹が鳴り、その度にメルに笑われたが、それも心地良い。
実はその時スキルも発動したのだが、好意によるステータス上昇だった。
会ったばかりだというのに、それなりの付き合いのような友達みたいに接してくれるのも嬉しいし、スキルのおかげとはいえ、それが好意であることがわかるのも嬉しかった。
顔の事で差別されず、仲良くできるというだけでこんなに楽しいんだな、と再確認できた気がする。
さて、そんな感じで宿まではそこまで距離があるわけでもないので、割と早く到着した。
「ただいまー! お腹空いたー!」
宿に入るなりメルの大きな声が響く。
受付にはベティさんが居て、俺たちを出迎えてくれた。
「お帰り。お、ゴンゾーさんは見違えたね。この国の服も似合ってるよ!」
「あ、ベティさん、私も見て! 新しい剣買ったんだ!」
ベティさんに惚れているメルも自分をアピールし始めた。なんか構ってほしい子供みたいだ。
「メルもカッコいいじゃないか! 明日から冒険者デビューかい?」
「うん! でもモンスター討伐は村で前からやってたんだけどね」
「ははは、頼もしいね! でも気を付けるんだよ。そこまで危険なモンスターはこの辺りは少ないけど、それでも無茶して死んだ冒険者の話なんてのは毎年数件はあるんだから」
「はーい」
やっぱりそういう話はあるんだな。魔法がある世界みたいだから、回復魔法とかでどうにかなる……のかはまだわからないけど、やっぱりモンスター討伐みたいな依頼は死の危険もあるよな。というか、それくらい危険だからこそ依頼として成立して稼げるんだろう。
そんなことを思っていたら、また俺のお腹がグゥグゥと大きく鳴り響いた。
その音を聞いて、ベティさんが反応する。
「ああ、もうそろそろ夕食の時間だもんね。ちょっと早いけど、二人とも夕食にするかい?」
「うん、もう腹ペコ! ところで今日の献立はなに?」
「ああ、今日のメインはホーンラビットの香草焼きだね。それにスープとパン。二人には追加でパンと干し肉を付けるから、一緒に食べるか朝飯に取っとくといいよ」
ホーンラビット……まあ、ウサギ肉かな。食べたことは無いが、まあ露店のよくわからん肉の串焼きでかなり美味しかったんだし、期待はできる。
「じゃあ二人とも席について待っててね。あ、水はメルちゃん任せていいかな?」
「お任せあれ!」
受付の隣にある部屋はどうやら食堂になっているみたいで、俺たちはそこに案内された。
まだ早い時間だからか、席はかなり空いている。それでも俺たちと同じように、混む前に食事を済ませようとする人たちもいるのだろう、食事中の人もちらほらと居た。
部屋の奥にはキッチンが見えて、ベティさんはそこからコップを二つ持ってきて、メルに手渡した。
「じゃあお願いね。もうほとんどできてるみたいだから、五分くらいで出せるよ」
「りょーかい!」
とりあえず俺は近くの席に座り、メルはテーブルの上にコップを置いて、何か言いだした。
「綺麗なお水さん、おいでー」
少し気の抜けるような口調でメルが言ったと思ったら、メルの手からきれいな水がちょろちょろと出てきて、それがコップの中を満たしていった。
まるで手品のようだが、これが魔法なのだろう。という事はさっきの言葉は……詠唱? あまり必要な言葉とは思えないが、たぶん必要な言葉なんだろう。
「おー、これが魔法か。凄いな!」
「あれ? もしかしてゴンゾー、魔法見た事無かったの?」
「うん、そういうのは無かったからなあ。代わりに何というか、魔道具みたいなのが発達してたからそういう事に困らなかったんだ」
「そうなんだ……でも、魔法無しでも困らないなんて、やっぱり凄い国なんだね」
「俺は魔法の方が凄いと思うけどなあ……」
メルの魔法で入れられた水を飲んでみるが、普通の水だ。美味い。
これが生活魔法ってやつなんだろうけど、便利そうだな。
「なあ、この魔法っての、俺も使えるようになれないのかな?」
「うーん……魔法って、結構勉強しないといけないからね……。でも生活魔法をちょっと使うだけなら、十日くらい勉強して魔力も鍛えればできるようになると思うよ!」
魔法は便利なもの、くらいに思っていたけど結局は学問に近いのかな。魔力を鍛えるとも言っているし、結局は努力の賜物なんだろう。ただそもそもとして、俺に魔力とやらがあるのかが全然わからんのだよな。
「ちなみにそういうのってどこで勉強できるんだ?」
「うーん、普通は学校で先生に教えて貰いながら、学校の教本を読んで覚えていくんだけど……あ、ゴンゾーまだこっちの字が読めないもんね……」
「教本か……それじゃあ俺が魔法を覚えるのは、まず文字を読めるようになってからになりそうだな」
「ごめんね、私が教えられたらよかったんだけど、そういうのは苦手だし、教本も持ってないし……」
「メルが謝る事じゃないよ。でも、教本って学校以外じゃ手に入らないのか?」
「魔法の教本なら本屋にあるはずだよ。教本だからちょっと高くて五千アラドくらいかなあ? そういえば、子供向けの文字を覚える本とかもあるよ!」
なるほど、学習用の本か。文字は俺の言語習得とかいうスキルのレベルが上がったら読み書きできるようになるって話だったけど、自分で努力して覚えたっていい。というか、そうすることでスキルレベルが上がるのが早くなるかもしれない。ちょっと本を買うのも視野に入れておこう。
そんなことを思いつつ、メルと話をしていたらベティさんが夕飯を持ってきてくれた。
「ほい、二人ともお待たせ」
美味そうな匂いだ。香草焼きと言っていたが、実に食欲をそそるいい香り。ニンニクにちょっと近い気がする。
ホーンラビット……恐らくウサギ肉なんだろうけど、案外大きく、ボリュームもたっぷりだ。正直足りないかと思っていたが、これなら満足できそうだ。
「美味しそう!」
「ああ、見たことない料理だけど、美味そうだな!」
「まだそんなに人は来ないだろうし、それじゃあごゆっくり」
俺たち二人は少し早い夕飯をゆっくり楽しむことにした。
ウサギ肉は少し淡白な感じだったが、柔らかくて美味しかった。
安い宿みたいだけど、食事がこれだけ美味しいなら十分満足だ。
とりあえず今はゆっくり食事を楽しみながら、メルと話をしてみるとするか。




