16「服屋」
「あー……ちょっと緊張しちゃった!」
宿屋を出てしばらく歩いていると、突然メルが何か言いだした。
「ん? 何かあったか?」
宿屋でも、別にメルの態度は何も変わっていなかったように思えたが。
「いやーベティさんはやっぱり素敵な人だなーって。私上手く喋れてたかな……」
ふむ、ベティさんか。確かに美人で喋りやすいしいい人だったけど。
「普通に喋れてたんじゃないか? 別におかしな所は無かったと思うけど」
「お客さんも紹介できたし、私の好感度上がったかなー、あわよくばデートとかしてくれないかなー……」
……なるほど、そういう事か。
「……もしかして、メルは、その……女の子が好きなのか?」
「え? うーん……女の子だけって訳じゃないけどね。顔の良し悪しってよくわかんないからさ、話したりしてて楽しい人が好きなんだ! だから、ベティさんって素敵じゃない?」
「それはそう思う」
俺はもう、俺と普通に話をしてくれる女性ってだけでかなり高ポイントだよ。
「……あ! ベティさんは私が先に目を付けたんだからね! ゴンゾーは抜け駆けとかしないでよ!」
え、そういう話だったの?
「しないから安心してくれ……」
どうやらメルは女性が好きというよりは、どちらもいけるというか、性格が合えばそれでいい、というタイプなんだろう。
この異世界では一般的なのかどうか知らんが、日本では珍しくはない考え方だ。
別に俺もそういうのに対して偏見は無いつもりだし、メルとはいい友人でありたいと思う。
メル本人が気にしてないならいいけど、俺からあまり変な事は言わないでおこう。
「あ、あそこが服屋だよ!」
目立つ看板のある建物をメルが指差しながら言う。
「おお、あれがそうか」
看板には服のような絵が描かれている。あれなら文字の分からない俺にも理解できる。
しかし、服屋なんて久しぶりだ。もともと日本でもオシャレとかに一切興味が無かったので、私服は大体親が買ってくるものばかりだった。これからは、服もそうだが色々と自分でどうにかしないといけないんだよな……。
「お邪魔しまーす!」
早速、元気な声を出しながらメルが店に入っていった。俺もあとに続く。
「はい、いらっしゃいま……せ」
店員のおばさんはメルと俺を見て、一瞬だけ戸惑ったみたいだ。
なんだか久しぶりに感じるが、やっぱりこういう反応なんだよな。
「異国から来た友人の服を見繕ってください!」
「あ、俺の服です。お願いします」
メルがすぐに俺の言いたいことを先に言ってくれて、非常に助かる。
店員のおばさんは、最初に少し戸惑ったものの、すぐに商売モードに入ったようだ。
「うちは色んな種族の方の服も取り揃えてますからね、お客さんくらいの大柄な人のサイズもバッチリありますよ。どういう服にしますか?」
「とりあえず、ここら辺の人が着てるのとあまり変わらないような私服と、下着もください」
何はともあれ私服と、替えの下着があれば何とかなるだろう。店の場所もわかったし、また必要になれば買いにくればいい。
「じゃあ一応採寸させて貰いますね。お嬢さんはどうします?」
「じゃあその間ちょっと小物とか見てます!」
特にやることが無いメルは、店内にあるアクセサリー等の小物を見始めたようだ。
その間俺は店員さんにされるがまま、メジャー代わりの紐っぽい何かで色々と採寸されていた。採寸が終わると、おばさんは俺のサイズに合うであろう服や下着をいくつか持ってきた。
「お客さんのサイズだとこの辺りですね。どれにします? どれも一着八千、下着は三千ですね」
私服は正直あまり違いが判らないが三種類ほど。下着も同じような感じだ。
どうせ後から必要になるし、服も下着も三つずつくらいなら、全部買っとくか。
「じゃあこれ全部ください」
「え、全部……? お客さん、豪気ですねえ! しかし持ちきれないのでは……もしよければバッグ等ご一緒にいかがです? サービスで少し値引きしておきますよ!」
ああそうか、店で買い物してもレジ袋みたいなものが貰える訳じゃないんだ。そうなると今後はバッグとかカバンみたいな物は持っておいた方が良さそうだ。
「じゃあバッグも貰おうかな……あと、早速だけどこの服、試着してみていいかな? 何ならそのまま着て行きたいんだけど」
「どうぞどうぞ、こちらで試着できますよ」
早速試着室で服を着替える。
簡素な造りだが、非常に着やすい。さすがに学生服はあまり動きやすいとは言えなかったので、それに比べたら実に快適だ。
試着を終えて出ると「大変お似合いですよ」とテンプレのお世辞が聞けた。
でもそれを見ていたメルも「お、似合ってるよ!」と言ってくれた。ちょっと嬉しい。
「それが異国の服ですか……少し、見せて貰ってもいいですか?」
着替えたので今まで着ていた学生服を手に持っていたら、さすがに気になるのかおばさんが声をかけてきた。まあ別に断る理由も無いので、おばさんに学生服を渡す。
「見たことない生地だし、普通の織り方じゃ無いですね……魔法で織り込んだみたいで……。色染めにもムラが無いし、ボタンは滑らかで出来栄えも良いし……。もし良ければこれ売って頂けませんか? 十万アラドでいかがですか?」
む、思わぬところで臨時収入がありそうな予感だ。金は今のままでもひと月分くらいは余裕で暮らしていける分くらいはあるが、いくらあっても困るものじゃ無い。
しかし、もっと高く買い取ってほしいという気持ちと、さすがに日本の私物をあまり手放したくないという気持ちが強い。
「ありがたい話ですけど、さすがに故郷の物は手放したくないので……」
「あら、残念だけど仕方ないですね……ところで、その服はそちらの国ではいくらくらいで買える物なんです?」
え、学生服の値段か。
あまり詳しくは知らないんだけど安くは無いはずだし、そもそも俺は結構身長がある方だから普通よりもちょっと高かったはずだ。
「あまり覚えてないですけど……五万か六万くらいだったかな……?」
「ああ、やはりそれくらいはするんですねえ……」
「ゴンゾーの故郷の服って高いんだね……」
「いや、一応言っとくけど、これ私服じゃないからな? 制服だから高いんだよ」
さすがに日本でも私服がそんなに高くは無い。いやまあそれくらいの服があることは知ってるけど、俺とは無縁の話だったしな。
「とりあえず、バッグの方も見せて貰えます?」
「はい、こちらにありますよ」
今度はバッグ類の方に案内される。どうやらメルもこの辺りを見ていたようだ。
ポーチのようなものから背負えるタイプのものまで色々ある。とりあえず背負えるタイプのものを一つ持っておけばいいだろう。
「これがいいかな」
「こちらですか。少々大きい物なので、二万と少し高めになってますが……一割ほど値引きしておきますよ」
ちょっと高いが、必要な物だし値引いてくれるんならいいかな。
「じゃあこのバッグと、服と下着を三つずつお願いします」
「はい、ではバッグを一割ほど値引きしまして、服が三着下着が三つで、えーっと……」
なんかそろばんみたいな物で計算を始めた。電卓はさすがに無いのかな。
えっと、バッグが二万で一割引きだから一万八千。服が八千が三つで二万四千。下着が三千が三つで九千か。全部足すと……。
「全部で五万一千か」
「「え?」」
おばさんとメルの声がハモった。
俺の言葉を聞いたおばさんは、急いで計算を続け、そしてすぐに「……合ってますね」と呟いた。
「凄いねゴンゾー! 暗算こんなに早いなんて、頭いいんだ!」
……この程度で凄いって、大丈夫なのかこの世界の学力は。それとも、俺は馬鹿だと思われていただけなのだろうか。
まあ、余計な事は言わない方がいいか。
「計算機も無しに暗算が正確で速いですねお客さん。ついでに千アラド引いておきますよ」
何か知らんがラッキーだ。ここは素直にお礼を言っておこう。
「いやーありがとうございます」
「いえいえ。またの御用があればどうぞご贔屓に」
そのまま会計も終えて、俺とメルは服屋を後にした。
どうやらメルは何も買わなかったようだ。
「メルは何も買わなくてよかったのか?」
「んー、ポーチの良い感じのサイズの物があれば欲しかったけど、無かったし、節約もしたいしね」
節約か。しかしもう宿屋で三万、服屋で五万、既に合計八万も使ったんだよな。
初期費用とはいえ、もう少し考えて使ったほうがいいかもしれない。
これからもこの世界で生活していくわけだし、今後はもう少し出費は抑えようと思った。




