10「補償金は……?」
テーブルの上には俺の財布とスマホ(電池切れ)と生徒手帳がある。
後は日本のものと言えば俺が今着ている服……学ランくらいなものだ。
とりあえず俺は片手で魔道具を握りしめながら、もう片方の手で一つずつ説明を始めた。
「まずこれは財布です。日本の金しか入ってないし、換金とかもできなさそうだし。そもそも通貨がどれくらい違うのかもわかんないけど、そんなに中身無いんですよ。価値が同じだとしても、三千アラドくらいかな?」
「ふむ……少し中身を見せて貰ってもいいですか?」
「ああ、構わないですよ」
俺がそういうと、やはりこういう未知に対して学術的興味が尽きないのか、少し嬉しそうな顔で俺の財布を調べ始めた。
「銀貨や銅貨……のようですね。とても軽いですが、綺麗な硬貨もありますね。おや、紙切れや何かのカードですかね、これは。それにこっちには、凄いデザインの……紙……!」
千円札を見つけた瞬間、コヨンさんの目の色が変わった。そしてその瞬間。
『敵意を確認。ステータスが低下します』
突如、体が重くなるような感覚がした。何が起きたのか訳が分からないが、何故かコヨンさんが千円札を見て怒ってしまったのだろう。
「呪符を隠し持っていたとは、やはり何処かの間者でしたね! 呪符や魔術札はこの国ではあまり見ない物ですが、私には隠し通せませんよ!」
コヨンさんは俺と距離を取りながらそう叫んだ。よく見れば片手には既に小さな杖のようなものを持っている。戦闘態勢というわけだ。リナさんとメルもその姿を見ながら、どうすればいいのかわからないようにオロオロとしている。
そうか、紙がお金だっていう発想が無いんだ。
「それは金だ! 俺の国の金! 千円札っていうの! 危ないものじゃ無い!」
体は重いが、魔道具を握りしめながら俺はそう叫んだ。嘘を看破する魔道具を持ちながらこう言えば、すぐに納得してもらえるだろう。
「ほら、光ってないよ! ゴンゾーは嘘なんかついてないよ!」
メルもすぐに俺の擁護をしてくれた。
そんなメルの声にはっと気付いたのか、リナさんも言ってくれる。
「コヨンちゃんやめて! 勘違い、勘違いだから!」
二人からそう言われ、魔道具の反応も無い。さすがに自分の勘違いであることを察したのであろう。
コヨンさんはばつが悪そうにしながら、謝罪をしてくれた。
「も、申し訳ありません……私の勉強不足でした……。まさかお金だとは思わず……」
「いや、わかってくれたんなら大丈夫です……」
誤解とかそういうのには慣れてるしな。むしろ一瞬でわかって貰えたのならその方がありがたい。
『敵意の喪失を確認。敬意を確認。ステータス低下が解除され、ステータスが微上昇します』
ステータス低下解除からの微上昇という落差のおかげか、まるで体が羽のように軽くなった感覚がした。
「本当にすみません……。謝罪の受け入れ、感謝します」
コヨンさんはもう一度、深々と頭を下げた。
「……話を戻させて頂きますが、これがお金だとは……精巧な作りですが……しかし、この人物は誰なのですか?」
「ああ、それは日本の歴史上の偉人ですね。俺もあまり詳しくは無いけど、偽造防止とかも含めてそういう造りになってるって聞いた事があります」
「なるほど……人物画なら偽造の際の違和感に気付きやすいと言う事ですかね。興味深い。……しかし、先ほどは手持ちは三千アラド程度と言っていましたが、これが三枚ありますね。この精巧な造りでたった千アラドなのですか?」
「ああ、日本ではそれを紙幣って言うんですよ。俺はここの詳しい物価が串焼きの値段くらいしか知りませんが、それ一枚でたぶん千アラドくらいってのはまあ推測ですね。そこには無いけど、一枚で五千や一万の価値の物もありますよ。そっちの硬貨は十とか百だから、紙幣の方が価値が高いんですよ」
「なるほどなるほど……興味深いですねえ……。しかし、こちらも価値が分かりませんからやはり、換金は難しそうですね。でも、私が個人的に買い取っても構いませんよ? 先ほどのお詫びもかねて、それ一枚で五千……いえ、一万アラドでもいいですけど?」
「俺からしたら金になるならそれでもいいんですが……まあ一旦は保留かな」
どれくらいで買い取ってくれるか知らないけど、もしかしたらもっと高く買い取ってくれる人が他にいるかもしれないしな。
「じゃあ次にこのスマホ。正確にはスマートフォンって言って……簡単に言うと通信機、かな? 同じような端末を持っている人達で話したり、手紙みたいに文字を送ったりできるんですが、電池が切れてるからもう使えません。ちなみに、そこそこ高価です」
入学祝で買って貰ったやつだ。俺としては機種とかどうでもよかったんだけど、イジメの原因になるかも、とか親が心配してそこそこ良い物を買ってくれた。
「こんな小さい板が通信機に? しかし、電池、とは何ですか?」
あー、やっぱりそこらへんは通じないか。
「なんつーか、エネルギーとか燃料切れ? こっちだと何て言うのかな、魔力切れとかそんな感じですかね? それを補充する機械が無いから、日本に帰らないと使えないと思います」
「ほうほうなるほど、要は通信魔道具の魔力切れのようなものですか。それを補充する道具がニホンにしか無いと……うーん興味深い……それも欲しいなあ……でも、高価なものですか……まあさすがにそこまで小型化された通信機は高いでしょうねえ……」
コヨンさんはやはり未知のものに興味があるのか、スマホも欲しがっている。
仮に売って、分解されたとしても再現とかはできないだろうけど、あまり迂闊なことはしない方がいいだろうな。
「まあ使えないからこれも保留で。んで、これは生徒手帳って言って……まあ学生用の身分証って感じなのかな?」
しかし、全部日本語で書いてある以上、こちらでは何の役にも立たないだろう。
そう思っていたが。
「なんだ、身分証あるんじゃないですか」
「いやでも、これ全部日本語ですよ? 証明にならないんじゃないですか? それに日本でも、学校以外の場所では身分証としてはあまり認められてない事も多かったんで……」
実際、レンタルショップとかでも生徒手帳では会員カードが作れない事もある。
顔写真はあるが貼り付けたものだし、住所なんかは大体が手書きになるからだろう。
「いやいや、立派な紋章も描かれていますし、ずいぶん精密な似顔絵もある……本物よりもちょっと怖いくらいですし……」
「それでも写りが良かった方なんです……」
紋章って言うのはたぶん表紙にある校章だろう。似顔絵は写真だな。しかし、こっちには写真とか無いのかな。
「こんな立派な物を学生一人一人に渡すのですか……? あの、もしかしたら、アダチヤマさんは貴族学校に通われていたりしますか……?」
「いや、貴族学校とかでは無いし、俺も普通の平民です。でもまあ誰でも行けるほど程度が低い学校では無い、かな……」
これでも俺はそんなに成績が悪くない。俺の行っていた高校もそんなに偏差値が悪い所でもない。だから嘘では無いから……うん、魔道具は光ってないな。
「やはり光りませんね……という事は全て事実という事ですね……。あ、念のために何か嘘を言ってみて貰えますか?」
「ん? そうだな……俺の名前はキャプテン・アカギ。趣味はお裁縫。特技は楽器演奏だ」
とりあえず適当に嘘をつきまくってみた。
すると、魔道具はちゃんとチカチカ光りだす。三つ嘘をついたから三回分光ったのだろう。
「やはり魔道具の故障では無いみたいですね。という事は、やはりアダチヤマさんは翼人の被害に遭い、このエミルの街に転移させられたのでしょう。ニホンではまだ成人されていないという事ですが、この国では成人が十五からなので成人として扱わせて頂きますね」
「ああ、日本でも十五くらいで働く人も普通にいますし。全然構いませんよ」
「そちらの国ではアダチヤマさんは平民なのかもしれませんが、こちらから見ると身分の高い方のようにも見えてしまいます。その身分証の作りから見ても、こちらではそんな物を持っている人を平民扱いするとちょっと問題があるかもしれません……」
「いや、本当に日本ではただの平民なんですが」
「……光りませんね。ではそれも事実なのでしょう。ですが念の為に、補償金は少し増額させて頂きます。こちらも後から何かあっては困りますので」
お、補償金が増えるのか、ラッキーじゃん。こういうのって増額を渋るものだと思ってたけど、こちらではそうでもないのかな?
でもどれくらい貰えるものなんだろう。
「良かったねゴンゾー! これでしばらくは生活は問題無さそうだよ!」
「ああ、メルもありがとう。でも、それだけじゃやっていけないだろうし、結局は何かで稼がなきゃいけないんだけどな……」
「では私は書類を作成してきます。魔道具も片付けなきゃいけないし……続きはリナ、任せましたよ」
「え? 続きって何かあった?」
「……このお二人はそもそも、ギルドカードの新規作成に来たのでは?」
すっかり忘れ去られていたようだ。いや、俺もちょっとだけ忘れかけていたけど。
「ああ、そうだった……。では、アダチヤマさんの代筆を続けさせていただきますね。と言っても、後は書く所は得意分野くらいですかね。何か得意な事はありますか?」
得意分野か……。要は資格とかそういうものになるんだろうか。英検三級、とか言っても何も役に立たないだろうしな。自分の得意な事か……。
「体を動かすことかな。剣道と柔道をやってたし、家では古武術も少し教えて貰ってたから、それくらいですね」
剣道は近くの道場で子供の頃から習っていた。そして柔道は中学から部活で続けていた。本当は部活も剣道部に入りたかったが、友達に誘われて部活の方は柔道をやっていたのだ。
ちなみに古武術というのはうちの爺さんの趣味だ。実践空手とか合気道に近い感じで、休みの日によく爺さんに付き合わされていたものだ。
「古武術は何となくわかりますけど、ケンドーに、ジュードー? ですか? それはいったいどんなものなんでしょうか?」
あ、やっぱり通じてない。
「あー……剣道は一対一での木製の剣を使った、殺し合いが目的じゃない、決まった部位を正確に打つことで己の心を律する修行みたいなものかな。お互いに防具を被れば全力で打ち合っても死なないし。だからこそ、極限の集中力を養える。そんな剣術修行って感じですね」
「なるほど、ではある程度剣術が使えるという事ですね。それではジュードーというのは?」
「うーん……これも一対一の素手での組み合いで、相手の力と重心を逆利用して最小の力で投げ飛ばす制圧術、って感じかな。武器を持たない状態から、相手を殺さずに無力化するための技術です」
「なるほど。アダチヤマさんは一対一の対人戦闘に特化して修行をされていたという事ですね?」
「……まあ、平たく言えば、対人戦闘の予行演習を一生繰り返す特殊な武術みたいなものですね。実戦経験はないけど、体格の活かし方だけは叩き込まれてきましたよ」
「では、力仕事や、簡単なモンスター討伐から始めるのがいいかもしれませんね。……はい、これで記入は完了しましたので、あとはカードが出来上がるまでお待ちください」
モンスター討伐か……そういう言葉を聞くと、異世界に来てしまったという実感が湧いてくるな。
「あれ、そういえばメルはもう書いたのか?」
「私はゴンゾーが魔道具使ってる間にもう書いちゃった」
「うふふ、もう受け取ってますよ。では、少しここでお待ちください。カードと補償金を持ってきますね」
申請書を持って、リナさんが部屋を退出する。
とりあえず、何とか乗り切ったようだ。ギルドカードも無事に作れそうだし、補償金でしばらくは金に困らないだろう。
意図しない異世界転移にやばいスキルまで持たされてどうなる事かと思ったが、俺の異世界生活は何とか良いスタートが切れそうだ。




