第7話 崩壊する王宮の焦り
「殿下! またしても東部防衛線の兵士たちが謎の集団昏倒を起こしました! もはや魔物討伐どころか、砦の維持すら不可能です!」
「ええい、一体どうなっているのだ! 防衛線が破られれば王都まで魔物が押し寄せてくるぞ!」
王宮の謁見の間は、かつてないほどのパニックと絶望に包まれていた。
玉座の前で頭を抱え、怒鳴り散らしているのは、つい先日ユイを『役立たずの偽聖女』として追放した王太子である。
「『本物の聖女』はどうした! あの女の強力な回復魔法があれば、兵士の疲労などすぐに回復するだろうが!」
「そ、それが……聖女様はすでに魔力切れで倒れられております……っ!」
「なんだと!?」
王太子が血相を変えて怒鳴りつけた先では、豪奢なドレスを着た『本物の聖女』が、ソファーの上でゲッソリと頬をこけさせ、泡を吹いて気絶していた。
彼女の強力な回復魔法をもってしても、兵士たちの異常な疲労は全く回復しなかったのだ。
それもそのはずである。
兵士たちが倒れていく本当の原因は、日常的に支給されている『未浄化の魔物肉』だったのだから。
魔物肉には微量の『疲労毒素』が含まれており、それをそのまま食べ続ければ、当然体内に毒素が蓄積し、やがて昏倒に至る。
ユイという真の『浄化』の使い手を失った王宮は、その恐ろしい事実に気づくこともできず、ただ闇雲に聖女の魔力を浪費させ、結果として防衛線全体を崩壊の危機に陥らせていたのだった。
「くそっ、くそっ……! このままでは国が滅びてしまうぞ! どこか、どこか持ち堪えている部隊はないのか!」
王太子が悲鳴のように叫んだその時、情報伝令の騎士が慌てて駆け込んできた。
「ほ、報告します! 現在、唯一無傷で魔物を押し返している防衛線があります!」
「本当か!? 一体どこの部隊だ!」
「そ、それが……国境の最前線、最も過酷なエリアを担当している『紅蓮騎士団』です。彼らだけが、なぜか異常な討伐スコアを叩き出し続けておりまして……昨日は予定の五日前倒しでエリア内の魔物を殲滅したとの報告が……」
「はぁ!? 五日前倒しだと!?」
王太子は目を剥いた。
紅蓮騎士団といえば、常に死と隣り合わせの激務を強いられ、ろくな物資も送られていない厄介者たちの集まりのはずだ。
それがなぜ、この絶望的な状況下で無双しているのか。
「彼らは何か強力な魔道具でも見つけたというのか!?」
「それが……極秘に放った密偵の調査によりますと、原因は『食事』にあると」
「食事? バカな、あそこには硬い黒パンとゴムのような魔物肉しか送っていないはずだぞ!」
「はい。ですが……紅蓮騎士団は現在、ある一人の女を『専属料理人』として雇い入れております。その女が魔物肉に『浄化』をかけ、未知の調理法で料理した結果、疲労毒素が完全に消滅。それどころか、肉が極上の『魔力バフ効果』を生み出し、騎士たちの身体能力を劇的に向上させているのです!」
伝令の言葉に、謁見の間は水を打ったように静まり返った。
「じょ、浄化だと……? まさか……」
王太子は顔面を蒼白にしながら、震える唇を動かした。
「そ、その料理人の名前は……」
「……ユイ、と名乗っているそうです。先日、殿下が追放された『偽聖女』と特徴が完全に一致しております」
◇ ◇ ◇
「なっ……ななな、なんだとぉぉぉぉぉぉっ!?」
王太子の絶叫が、王宮の天井をビリビリと震わせた。
「あの地味で役立たずだった女が、部隊全体を超強化するバフ要員だったというのか!? しかも、魔物肉を美味しく調理できるだと!? そんな話、召喚された時には一言も……っ!」
激しい後悔と焦りが、王太子の脳内を駆け巡る。
自分たちは、国を救う真の要だった存在を、自らの手で国境の最前線へと捨ててしまったのだ。
このままユイを紅蓮騎士団に独占されれば、王都の軍は疲労で全滅し、国のパワーバランスは完全に紅蓮騎士団へと傾いてしまう。
「……連れ戻せ」
王太子はギリッと奥歯を噛み締め、血走った目で近衛騎士団長を睨みつけた。
「今すぐ使者を送れ! あの女は我々が召喚した王国の所有物だ! 這いつくばってでも王宮の厨房へ戻り、王都の兵士たちのために料理を作らせろ! 拒否するなら、力ずくで引きずってこい!!」
己の非を認めることもできず、ただ強欲に『チート能力』だけを掠め取ろうとする王宮の魔の手が、美味しいご飯と笑顔で満たされた砦へと、静かに、そして強引に迫ろうとしていた。




