第6話 不器用な騎士団長の「特別扱い」と甘い日常
「今日は近隣の街へ買い出しですね! 新しい調味料がないか、ワクワクします!」
「……ああ。だが、俺から絶対に離れるなよ」
砦での生活がすっかり軌道に乗ったある日のこと。
私は砦で不足しがちな香辛料や嗜好品を仕入れるため、近隣の街の市場へ出かけていた。
もちろん、横には『専属護衛』を名乗るレオンハルト団長がピタリと張り付いている。
「あの、団長。いくら護衛とはいえ、そんなフル装備で眉間にシワを寄せて歩かなくても……。街の人が怯えて道を空けてますよ?」
「当然だ。どこの馬の骨とも知れない有象無象が、お前に少しでも触れてみろ。即座に叩き斬る」
「物騒! 買い出しに来ただけなんだから剣から手を離してください!」
ため息をつきつつ、私は目的の食材を求めて八百屋の屋台へ向かった。
「あ、おじさん! このお砂糖と小麦粉、それぞれ大袋で二つずつください!」
「あいよ! ……って嬢ちゃん、こんな重いもん一人で持てるのかい? どれ、俺が運んでやろうか?」
屋台の気のいいお兄さんが、私に笑顔で手を差し伸べてきた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
「ヒッ……!?」
お兄さんの顔が引きつり、その場にへたり込む。
見れば、私の背後に立つ団長が、猛吹雪のような圧倒的な殺気と冷気を放ちながら、お兄さんを氷の瞳で射抜いていた。
「気安く俺の専属料理人に話しかけるな。……その荷物は、俺が持つ」
「だ、団長! 一般人に殺気当てないで!」
◇ ◇ ◇
団長は私から巨大な麻袋をひょいっと片手で奪い取ると、羽毛でも持つかのように軽々と肩に担ぎ上げた。
「こんな重いものを、お前の細い腕に持たせるわけがないだろう」
「でも、護衛に荷物持ちまでさせるのは……」
「俺がやりたくてやっているんだ。それに……」
団長はチラリと周囲を見回す。
街ですれ違う男たちが、私を見て「可愛い子だな」とヒソヒソ話しているのが聞こえた途端、団長の目がさらに細く、鋭く尖った。
「……お前は、自分がどれだけ無防備で目を惹く存在か自覚していない。少しでも目を離せば、すぐに誰かに攫われてしまいそうだ」
「えっ?」
「だから、こうして俺の匂いと威圧感で牽制しておく必要がある」
「犬のマーキングみたいな言い方しないでください!」
赤面して抗議するものの、団長の歩幅は私の歩みにしっかり合わされており、その広い背中からは不器用だけど真っ直ぐな、重すぎるほどの愛情がヒシヒシと伝わってくるのだった。
◇ ◇ ◇
買い出しを終えて砦の厨房に戻ると、団長が「少し待て」と私を引き留めた。
「はい? 荷物の整理なら私がやりますけど……」
「いや、これをお前に渡しておきたくてな」
そう言って団長がスッと差し出したのは、綺麗にラッピングされた小さな包みだった。
「えっ、私にプレゼントですか!?」
驚きながら包みを開けると、中から出てきたのは、真っ白で手触りの良いエプロンと、肘まで隠れるしっかりとした作りの長手袋だった。
「わぁ、すごく立派なエプロン……! でも、どうしてこれを?」
「……先日、お前が熱した油が跳ねて、腕を少し赤くしていただろう」
団長の言葉に、私はハッとした。
確かに数日前、唐揚げを揚げている時に油が少し跳ねて、「アツッ」と声を上げたことがあった。でも、水で冷やしたらすぐに治った程度の、料理をしていれば日常茶飯事の小さな火傷だ。
まさか、あんな一瞬の出来事をずっと気にしていたなんて。
「そのエプロンと手袋には、王都の最高位の付与魔術師に特注して『絶対耐熱』と『物理防御』の魔法を何重にもかけさせてある。火の粉が飛ぼうが、煮えたぎる油をかぶろうが、お前の肌には傷一つ、熱さすら伝わらない」
「えええええ!? これ、国宝級の魔道具じゃないですか!?」
そんなオーバーテクノロジーなエプロン、厨房で着るものじゃない! ドラゴン討伐に持っていくやつだ!
「俺は、お前に美味い飯を作ってもらいたい。だが、そのためにお前の白くて綺麗な肌に傷がつくのは、俺の心が耐えられないんだ」
団長はそっと私の手を取り、長手袋を優しくはめ込んでくれる。
その指先は剣ダコでゴツゴツしているのに、私に触れる時だけは、まるで壊れ物を扱うように繊細で、優しい。
「俺の目の届かないところでも、お前を危険から守りたい。……受け取ってくれるか?」
真剣な、氷の奥に熱い炎を秘めたような瞳で見つめられ、私の胸の奥がキュンと大きく鳴った。
「……はい。大切に、毎日使わせてもらいます。ありがとうございます、レオンハルト団長」
「ああ。よく似合っている」
私の頭を優しく撫でるその手は、とても温かかった。
無愛想で近寄り難かったはずの最強の騎士団長。
彼との間には、料理を介した温かく甘い絆が、確実に育まれていたのだ。




