第3話 絶品「魔物肉の西京焼き」
「これが、火を通すとすぐに網に焦げ付いてパサパサになるという『暴れ牛』のお肉ですね……」
私は厨房の調理台の上に置かれた、巨大な赤身肉の塊を見下ろした。
確かに肉質自体はきめ細かくて良さそうだが、表面にはまだ血が滲んでおり、ツンとした野生の臭みが漂っている。
これをそのまま焼いたら、そりゃあ臭くて硬いゴム肉の出来上がりだろう。
「まずは、血抜きと臭み取りからですね。でも、水で洗ったりしている時間はないし……そうだ!」
私は自身の両手を肉の塊にかざした。
「神様から貰った、この地味なスキルで……『浄化』!」
手のひらから淡い光が溢れ、肉の塊を包み込む。
すると、どうだろう。
肉の表面に滲んでいた血や汚れが『すぅー』と消え去り、鼻を突いていた獣臭さが嘘のように消え失せたのだ!
残ったのは、まるで高級和牛のような美しいサシが入った、極上の生肉の匂いだけ。
「ええっ!? 私の『浄化』、料理の下処理にめちゃくちゃ使えるじゃないですか!」
本来の聖女としての使い道(アンデッドの浄化とか呪いの解呪とか)からは完全に逸脱している気がするが、背に腹は代えられない。
完璧な下処理を終えた私は、次にゴードンさんが言っていた『得体の知れない発酵調味料』の壺を覗き込んだ。
「くんくん……あっ、これ! 少ししょっぱいけど、お味噌にそっくり! こっちの液体は……甘みのあるお酒、みりんみたい!」
異世界の調味料、恐るべし。
これなら、私の一番得意なアレが作れる!
私はその異世界味噌と甘口のお酒、そして少しの砂糖(これも厨房の奥で見つけた!)を混ぜ合わせ、特製の『甘味噌ダレ』を作った。
そこへ、分厚くスライスした暴れ牛の肉をたっぷりと漬け込む。
味噌の酵素が肉のタンパク質を分解し、信じられないほど柔らかく、そして旨味を爆増させてくれるのだ。
「あとは、お米! 幸い、硬いけど麦が混ざったお米みたいな穀物があったから、これも『浄化』してから、たっぷりのお水でふっくら炊き上げます!」
◇ ◇ ◇
数時間後。
夕食の時間になり、食堂には続々と騎士たちが集まってきていた。
皆、一様に疲れた顔をしており、「またあのゴム肉か……」という絶望のオーラが漂っている。
厨房に立つ私のもとへ、兵站担当のゴードンさんが腕を組んでやってきた。
「おい小娘。そろそろ時間だが、本当にできたんだろうな? もし食えたもんじゃなかったら……ん?」
ゴードンさんの鼻が、ピクッと動く。
食堂に漂い始めたのは、血生臭い匂いではない。
味噌が焼ける、香ばしくて甘じょっぱい、暴力的なまでに食欲を刺激する香りだった。
「な、なんだこの匂いは……!? 胃袋が、勝手に鳴りやがる……!」
「ふふん、お待たせしました! これが私の特製、『魔物肉の西京焼き』定食です!」
私は自信満々で、巨大な大皿を配膳台にドンッと置いた。
そこには、絶妙なきつね色に焼き上がった分厚いお肉が、山のように積まれている。
暴れ牛の肉が網に焦げ付く原因は、表面の水分とタンパク質だ。
私は漬け込んだ肉を焼く前、表面の余分な味噌ダレを布で丁寧に拭き取り、焼き網にしっかりと油を塗った。
そして、強火ではなく『中火』でじっくりと火を通す。これが西京焼きの完璧な技法だ。
結果、肉は網に一切くっつくことなく、旨味と肉汁を完全に内側に閉じ込めたまま、最高の状態で焼き上がったのである。
「さあ、冷めないうちにどうぞ! ご飯も山盛り炊いてありますよ!」
ザックさんをはじめとする騎士たちが、信じられないものを見るような目で皿を受け取り、席につく。
そして、恐る恐る、フォークでその肉を突き刺した。
「……あれ? 肉が、スッと切れるぞ?」
ザックさんが肉を口に運ぶ。
その瞬間、彼の凶悪な顔が、カッと見開かれた。
「な、なんスかこれェェェェェッ!?」
ザックさんの大絶叫が食堂に響き渡る。
「肉が……肉が口の中でとろける! あのゴムみてえな暴れ牛が、どうしてこんなに柔らかく!? それにこの味……甘くて香ばしくて、噛むたびに肉汁が溢れてきやがる!!」
「う、うおおおおっ! このふっくらした穀物と一緒に食うと、旨さが倍増するぞ!!」
「美味い……美味すぎる……っ! 俺、こんな美味い飯食ったの、生まれて初めてだぞ……っ!」
一口食べた騎士たちは、次々と涙を流し、猛然と肉とご飯をかきこみ始めた。
強面の大男たちが、顔をクシャクシャにしてボロボロ泣きながら「美味い、美味い」と叫んでいる光景は、控えめに言って異常である。
「お、おい小娘……いや、ユイ! お前、魔法使いか何かか!? あの厄介な暴れ牛を、どうやってこんな極上の料理に変えやがったんだ!」
ゴードンさんもまた、震える手で二皿目のおかわりを要求しながら叫ぶ。
「魔法じゃなくて、ちょっとした調理の工夫ですよ。網に油を塗って、焦げないように火加減を調節しただけです!」
「そんな魔法みたいな技術があるのか……っ! すまん、俺が間違っていた! お前の飯がないと、俺たちはもう生きていけねえ!」
「無限に飯が食えるッス! ユイちゃん、おかわり! 肉五枚と、ご飯山盛りで!!」
「俺も! 俺もだ!!」
どんぶりを突き出して押し寄せる騎士たちの熱気に、私は思わずたじろいだ。
さっきまでの絶望のオーラはどこへやら、食堂は完全に歓喜のお祭り騒ぎと化していた。
どうやら私、最強騎士団の強面たちの胃袋を、完全に掌握してしまったようである。




