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069 侵略されるチュジュサ

 吹く風に血の匂いが混ざっていた。味方の損害は軽微、であればこれは敵のものだ。

 そんな事を考えながらナガツ国の将軍ヘイロウ・ホダツは視線を次の標的であるチュジュサ王国辺境の町に向けた。遠くに見える町は日光に焼かれた大地の熱で揺らいでいる。


 ヘイロウは敵が討って出てきたことを不思議に思う。素直に町に立てこもればもう少し損害は減らせただろうに。


 馬上のヘイロウは手を合わせて目を閉じ、黙祷を始めた。しばしの黙祷の後、目を開けたヘイロウの横に、同じく騎乗している側近が馬を寄せた。


 「大将、またですか」

 「またかとか言うでないわ。死ねば敵も味方もない。大神(おおかみ)の元に向かう(つわもの)の魂よ」

 「敵は我らの同胞ではありませぬ」

 「国も思想も関係ありはせぬよ。死ねばな」


 ヘイロウがこうした考えを持つようになったのには、ナガツ国が長く内乱に荒れたことが関係している。

 ナガツ国の将軍であるヘイロウは、内乱に次ぐ内乱の戦いで常に勝利してきた。しかし、倒してきた敵はかつて同じ国の同志だった者達だ。ヘイロウはいつしか戦いが終われば同じ同志として弔うようになっていった。

 そうして繰り返すうちに、それは同郷、国、種族といったものを越え、敵だった者でも死ねば同じ、大神の元に還る魂なのだと考えるようになった。


 今回、チュジュサ王国軍は町で軍を立て直し、迫るナガツ国軍に野戦を挑んだ。数の上ではやや有利のはずだった。しかし惨敗した。

 ヘイロウからすればなんとも脆い兵達だった。

 大武者(ナガツ国のアーマ・ドルのこと)を使ってこないため、ナガツ国軍も同じく戦に応じた。ヘイロウは真っ先に敵軍へ飛び込み、得意の大槍で敵兵を大いに屠った。

 そしてヘイロウの率いる軍も歴戦の戦士揃い。単純に兵の質の差だけでチュジュサ側を圧倒してしまった。

 チュジュサ軍は総崩れとなり敗走したのだった。


「で、今後の御下知を。追いますか」

「此度の戦、長いものになる。今日のところはここまでにしよう。少し下げるぞ」

「承知しました。では軍を後退させ、少し早いですが夜営の支度をさせましょう」

「任せるぞ」

「はは」


 側近が離れていった後、ヘイロウは一人呟いた。


 「あそこに兵どもを食わせるだけの飯が残っておればいいが」




 兵糧の件はヘイロウの杞憂に終わった。

 翌日の昼過ぎ、ヘイロウは占領した町の大通りを闊歩していた。チュジュサ軍は昨夜の内にこの町を見捨てて撤退しており、ナガツ軍が迫ると町は門を開き降伏した。

 そして町にはかなりの兵糧が残されていた。汚染されていなければ当面は困ることがないだろう。


 ヘイロウは接収したとある館に入ると、この国の地図を開いた。今後の作戦遂行のため、拠点とすべき都市は既に決めているが、今一度問題がないか思考する。


 ヘイロウは猛将と評されるが、同時に慎重で、戦場を見渡し、戦況の推移を推測できる知将でもあった。だからこそ幾度にもわたる死地を乗り越えてこれたのだ。

 ヘイロウは本国へ増援を要請するとともに、周辺の地理の調査を配下に命じた。



☆☆☆☆☆



 「ついてないな」

 「まーね、敵さんが強すぎたって思うことにしようじゃないか」


 敗走するチュジュサ軍の中に傭兵団ゼノの一団がいた。


 「連中どうして野戦仕掛けたんかね。レイトあんた何かいったのかい?」

 「まさか。やつらが勝手に相手を見下してただけさ。挟み撃ちでなければ余裕で勝てるんだと。俺っちはただ防衛に専念するって言っただけさ」


 「尊大で嫌な奴でした。『せいぜい傭兵風情は町で震えてろ』だって。ま、そんなことより団長達はどうして負け戦ばかりに参戦するんですか。そっちの方が問題です」

「そんな訳あるかってーの、サブ」


 ライザが即座に副団長の男、サブに反論した。


 「ライザの好みで決めってからな。よっぽど勝利の女神に嫌われてるってことさ」

 「後で絞めるよレイト」


 と言いつつ今首を絞めるライザ。


 「姉御ストップ、姉御の馬鹿力で絞められたらか弱い団長の首が折れますぜ」

 「ああん、ゲイルぶっとばすよ」

 「おっと、言葉と拳が同時って」


 ライザは片手でレイトの首を絞めつつ、もう一方で裏拳を見舞うという器用さを見せたが、ゲイルはなんなく躱す。


 「はいはい、ライザ落ち着きなさいな。このままではマジで団長死ぬから」

 「ちっ、セテキーヌもそっち側かい」


 ようやくレイトの首から手を放す。もちろんライザは本気ではない。いつもの悪ふざけである。解放されたレイトも咳き込むことはなく、ひどい目にあったと首をさすっていた。


 「わたしはライザの味方だよ。悪いのはすべて団長に決まってるわ」

 「クゥアリーは可愛いねえ。あとで甘いものおごってやるよ」

 「本当!ライザ大好き!」


 そんなやり取りを見ながらゼノ流コミュニケーションに参加していない団員の男女が二組。


 一組目、ズンキルとベトスファは二人で会話している。


 「やつらはいつも通りと。平和なもんだ」

 「そうね。よく飽きないものねえ」


 二組目、ジェフとピシェルファの場合。


 「ねえジェフ」

 「……(視線だけ向ける)」

 「わたしもあっちで遊んでくるよ」

 「……(頷く)」


 全員いつも通りだった。



☆☆☆☆☆



 その後、ナガツ軍は破竹の快進撃を続け、開戦から四ヶ月でチュジュサ王国最東部の都市を含む十の町を占領した。


 一方チュジュサ王国側は、先の野戦での敗退以降、大攻勢を仕掛けることなく防戦一方に回っていた。戦力をチュジュサ東部最大都市“アーテルッサ”に集結させていたためである。


 万が一この都市まで陥落する事態になれば、王都“フェルタン”まで大きな都市は一つもなくなる。また先の戦いで戦力を消耗したことも大きい。ただ、アマリアからの援助物資は潤沢で、その点だけは心配する必要はなかった。


 ナガツ軍はこの戦いでチュジュサを支配するつもりはない。そもそもチュジュサ王国全土を占領できるだけの戦力を有していない。なによりアマリア王国を本気にさせるつもりがなかった。

 王太子はアマリア王都に赴いたことで、国力差が天と地ほどにあることを思い知らされた。

 だから東部の一部を占領し、その状態で緊張を維持する。そしてそれができる将はナガツ国で唯一ヘイロウだけだった。

 ナガツ側の思惑は、落としどころとして占領地の返還を条件に、鉱山の所有権をチュジュサ王国、そしてアマリア王国に認めさせることにあった。


 さて、チュジュサ国王はこの状態に至っても虎の子の王家直属軍を温存していた。理由は、都市アーテルッサが陥落した場合、王都を守れるのはチュジュサ王国の誇る三人の聖騎士、“三聖”が率いる直属軍しか居なくなってしまうからだ。

 国王は軍からの要請に決して首を縦に振ることはなかった。


 その代わり、国王は苦渋の決断をした。

 即ち、アマリア王国への援軍要請である。


 アマリアに参戦させ、戦線を泥沼化に。


 東部の戦局は帝国の思い描く通りに進みつつあった。

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