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067 誤算

 ナガツ国とチュジュサ王国が戦争状態に入った。この報はアマリア王国により同盟各国へ伝えられた。アマリアが物資支援はするものの、チュジュサ王国の要望により派兵はしないとも。

 だがしばらくすると、その報とは真逆に、アマリア王国軍が活発に活動を始めたと、国家間を交易している商人たちから噂されるようになった。この二つの情報はどちらも事実であり、同盟各国を安心させるための対応である。


 開戦した二国であるが、チュジュサ王国を含めアマリア同盟各国はナガツ国を侮っていた。だからナガツ国が、戦争の原因である鉱山周辺をいち早く実効支配したのは予想外だった。


 戦争とは、人材と物資を大量に消費する行為である。だからこそ「兵は国の大事」と兵法にも言われている。そして大量の物資は、用意から運用に至るまで手間と時間が必要なものだ。


 つまりナガツ国は、チュジュサ王国と戦争になることを前提に事前準備を進めており、チュジュサ王国は出遅れた。その差である。

 これはチュジュサ王国が怠っていたからではない。アマリアが仲裁に入ったことにより空白期間が生まれたのが原因である。まさか同盟盟主国が介入している最中に、その意向を無視して戦争準備を進めることなどできるはずがない。隠れて準備しようにも物流を把握されているため、アマリアが気付かないはずもない。その事実を、もちろんチュジュサ王国も理解している。

 だからこの空白期間は、生まれるべくして生まれたのだ。対してアマリアの同盟国ではないナガツ国は準備を続けることができた。


 ナガツ国はアマリアの経済圏内になく、自給自足に頼った閉鎖的な国である。そういった情報は得にくい。アマリア王国もナガツ国を重視せず、積極的に情報を集めてこなかった。そういった状況もあって、準備の差がナガツ国による鉱山の先行確保につながったのだった。


 チュジュサ王国が遅れを取ったのは、アマリア王国女王ルーサミーにとっても予想外だった。そして同時に気付いた。ナガツ国側がアマリアへ仲介を申し入れてきたこと自体が、ナガツ国、いやガレドーヌ帝国の策だったのだと。


 アマリア王国の仲介自体が茶番だった。


 であれば、ナガツ国は帝国と繋がっていると考えてよい。ルーサミーは帝国の策に敢えて乗ると決めていたが、この戦争を帝国の思惑通りに長引かせるつもりはなかった。


 だが帝国の援助があるが故のナガツ国の動きだとしたら――。


 アマリアの不派兵を公表してしまった現在、ナガツ国はチュジュサ王国の手に余る。場合によってはこの戦が長引くどころではなく、チュジュサ王国が崩壊しかねない。


 ルーサミーは自らの誤算を認めざるを得なかった。


 チュジュサ王国軍は結局、アマリア王国からの物資援助などを受けてようやく軍備を整え、ナガツ国に占領された鉱山を奪還すべく行軍を開始した。


 しかしチュジュサ王国軍は、まだナガツ国を侮っていた。王太子自らがアマリアに赴かなければ外交もできないような小国だと。


 実際、ナガツ国の国土は決して広くはない。さらには数年前まで相次ぐ内乱で戦乱に曝されていた。だからチュジュサ王国との衝突を避けるため、アマリア王国に泣きついたのだと。チュジュサ王国軍は、鉱山を死守すべく鉱山麓で待ち構えるナガツ国軍と対峙した。


 だがここでチュジュサ軍は、相手を侮っていたツケを払わされることになる。まさに開戦間際になって、チュジュサ王国軍の背後にナガツ国の増援が迫っているとの報が入ったのだ。


 その数二万。

 前面の一万と合わせて計三万。

 チュジュサ王国軍一万五千の倍である。


 このままでは挟み撃ちにされてしまう。前面に展開しているナガツ国軍には数の上で勝っている。だが総力戦による短期決戦を挑もうにも、勝ち切る前に増援軍に挟まれてしまうだろう。


 戦争は騎士だけではできない。一般兵が蹂躙されれば、その後に鉱山を占拠するなど不可能である。占拠したとしても補給の問題があるが、そんな段階の話ではなかった。退却しようにも易々と逃がしてくれるはずもない。全滅は免れるだろう。しかし立て直しが難しいほどの損害を受けるのは間違いない。


 ここに至って躊躇する余裕もない。


 チュジュサ王国軍が取った行動は撤退戦だった。


☆☆☆☆☆


 ガレードーヌ帝国宰相デッザン・アヌドは、視線の先にある報告書の内容に対し、特に表情を変えなかった。


 チュジュサ王国軍は敗北した。しかし負け過ぎることなく、軍を保ったまま撤退した。報告書にはそう記されていた。


 増援軍を率いていたのは、ナガツ国きっての猛将ヘイロウ・ホダツ。槍の達人だという。


 ヘイロウの軍は三騎の大騎士を顕現させた。特にヘイロウが顕現させたのはヴァル・デインだった。


 「ナガツではヴァル・デインではなく神武者だったか」

 「はい。ちなみにアーマ・ドルは大武者です」


 デッザンは独り言のつもりだったが、報告書を持ってきた部下が補足した。


 「で、ナガツきっての猛将とやらを押さえたのが“傭兵団ゼノ”か。これは運が悪かったな」

 「はい。まさかこんな東の戦に加わってくるとは」

 「ナガツの鉱山防衛軍の方には手を貸していたのだが、結局討ち取れたのはアーマ・ドル二騎だけか」

 「こちらもゼノの妨害を受けたようですね。チュジュサの将軍を討つには至りませんでした。剣聖の十傑といえども、大騎士戦闘まで無敵とはいかないようですね」


 部下の言いように、デッザンは思わず目を細めた。言わずにいたことを部下が口にしたからだ。この部下が後日怪我をしないよう祈るばかりである。


 「折角、剣聖殿の協力を得て戦争を起こさせたのだがな。嬉しくない誤算だったが、まあよい。戦が長引いてさえくれればな。それで、アマリアの動きはどうなっておる?」


 「我が国との貿易が鈍っております。特に魔道具はチュジュサ王国支援を名目に止まっています」


 「ふむ。こちらも想定内だな」


 デッザンは無表情に頷いた。


☆☆☆☆☆


 「おい、レイト」

 「ん? ライザ、どうした」

 「どうしたじゃないだろ。どうして反論しなかったんだ」

 「どうしてって、そりゃあこの戦を抜けたいからさ。馬鹿馬鹿しいだろ。傭兵だと思って馬鹿にしやがって」

 「傭兵風情が正規軍より目立つな、くらいいつものことだろ」


 傭兵団ゼノ。


 大陸でその名を知らぬ者はいないほど有名な傭兵団である。そのゼノを率いているのが騎士レイトと聖女ライザだった。ナガツ国の神武者を押さえたのもこの二人である。


 レイトは周囲に気配がないことを確認すると、ライザへ真剣な視線を向けた。


 「まあな。ライザ、気付かなかったか。ナガツの奴ら、間違いなく帝国と手を組んでるぞ。あの器の小さい将軍に迫った大騎士は恐らく剣聖の十傑だ」

 「マジか!」

 「声が大きいって」


 折角小声で伝えたのに、ライザの大声に慌てるレイト。周囲を見渡すが、やはり気配は感じられない。ホッと胸を撫で下ろした。


 「それで、防御に徹しようってんだな」

 「ああ。奴ら思ったより好戦的だし、将軍様とやらも強かった。ここまで逃げ帰ってきたけど、態々こちらに迫ってきてる以上、この街で防衛戦になるだろうよ」

 「真っ向勝負は確かに割に合わないねぇ。で、矢面に立つのは正規軍様たちにってことかい」

 「そういうこと。すでに俺らの実力は示して面目は立った。これ以上は必要ないさ」

 「納得だわ。りょーかい、だんちょーさま」


 ライザは、自分より背の低いパートナーの背をバシンと叩いた。


 痛いだろうとレイトが抗議するまでが、傭兵団ゼノでの毎度の光景なのだった。


☆☆☆☆☆


 「なんだと、それは本当か!」


 チュジュサ王国敗走の報告を受けたその日の夕方。たまには早めに仕事を切り上げるかと思った直後のことだった。


 部下が慌てて部屋へ飛び込んでくるなり報告を始めた。その報告を聞いたデッザンは、部下の無作法を叱ることさえ忘れ、思わず叫んでしまった。普段冷静沈着な男には大変珍しいことである。


 「はい。本日早朝、我が国とアマリア王国の緩衝地帯に突如アマリア王国の巨大飛空艇三艇が降り立ち、陣を敷きました。そしてその後、光の柱が乱立したと。間違いありません」

 「光の柱の数は!」

 「分かりません! 今まで見たことのない数だったとしか!」

 「馬鹿者!」


 怒ったところで仕方がない。


 アマリア王国との緊張は水面下の話であり、見張りの兵たちにとってアマリアは侵略行為をしたことがない平和な国なのだから。だから慌てて数を確認するどころではなかったのだ。


 これはアマリアの報復行為に他ならない。


 東の戦など知らぬ。いつでも帝国を蹂躙できるのだと。

 

 そう言わんばかりの示威行動だった。


 これで帝国こそ東に注視せざるを得なくなった。国土防衛の見直しは行っているが、まだ即応できる状況にはない。


 アマリアは慎重な姿勢を見せることが多い。だからこの段階でアマリア側が好戦的な姿勢を見せるとは想定していなかった。


 帝国の西征がまた遠のく。


 デッザンは帝国軍の弛みと同時に、アマリアに対する自らの誤算を突きつけられる結果となった。

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