066 開戦と騎士のけじめ
ナガツ国よりの書状を、アマリア王国女王ルーサミーは冷たい眼差しで見つめていた。
会談の場で襲撃者を撃退した後、ナガツ側は王太子の治療の申し出を一切信用できないと断り、自分達で応急手当てを行い、自陣へと引き返していった。ただ、その場で開戦とはならなかった。アマリア王国の聖騎士が居る状況での開戦は、チュジュサのみならずアマリアまで敵に回してしまうからだ。
ーーナガツ側は二度の襲撃をチュジュサ王国側の陰謀とし、チュジュサ王国に宣戦布告。そして、それを抑えられなかった我が国には静観を要求……チュジュサ側からも軍事的援助は不要との要請……。
ルーサミーは思考する。
ナガツ国とチュジュサ王国が鉱脈を巡って軍事衝突するのは決定的となった。
ナガツ国側の申し出は随分と手前勝手である。だが、アマリア王国側にはそれを受け入れなければならない義理など、そもそもない。
また、チュジュサ側の思惑は、ナガツ国に勝った後で鉱山の権利にアマリアが介入するのを防ぎたい、といったところか。
2国の思惑はさておき、問題は今回の件でアマリア王国が泥を被った点にある。では、泥を被せたのは誰か?
ナガツ国の王太子を襲った襲撃者の中に、メアル誘拐の実行犯が含まれていたと確認された。
メアル誘拐犯達はメアルを帝国に連れ去ろうとした。冒険者のアルジとニースより、帝国の剣聖の意だとも報告を受けている。 つまり黒幕は剣聖、ひいてはガレドーヌ帝国だ。
恐らく、帝国の目的は我が国の東方面で戦争を起こし、そちらの対応で手一杯にさせること。同時にアマリアの同盟国に揺さぶりをかけること。今回の襲撃事件は、それだけアマリアの威信を傷付けた。
帝国の目的が正しいとすると、当面の間、その状態を維持させなければならない。少なくとも、帝国が国内防衛の見直しを終えるまでは。よほど先日の大型飛空挺の衝撃が大きすぎたらしい。
ーー早期決着など容易。だけど今回は、敢えて帝国に付き合ってあげようかしら。その代わり、その間に間者を全て排除させてもらうけどね。それにしても帝国には、是非相応のお礼をしなければならないわね。
ルーサミーは今回の件について、2国の要望通り、チュジュサ側からの要望が無い限りは軍事介入をしないと決めた。そもそも2国の争いなどどうでもいい。更にいえば、同盟自体そもそもなくても問題ない。すでに同盟各国の経済は、アマリアなしでは成り立たない状態だった。チュジュサ国王が野心家なのは知っているが、鉱山を得たくらいでこの差は埋まりはしない。
「さて、先ずは将軍の責任を問う勢力を黙らせるところからね」
☆☆☆☆☆
ルーサミーの決断の数日前、襲撃のあった日の夜。
フランはあの場で即ケインを糾弾せず、泳がせることにした。まず、ケインが内通者だと断定するには明確な証拠がない。それに、あの場でケインを糾弾などすれば、ナガツ国を襲撃したのはアマリアということになってしまう。もちろん、そんなことは出来なかった。
両陣営が引き上げたあと、残されたのはアマリアだけになった。大使、大臣、将軍達も今晩はここに泊まり、出発は明日になる。
ケインがどこかしらの間者であることはまず間違いない。そして、自身に疑いを持ったフランに罪を擦り付け、消そうとするだろうと、それまでの付き合いからフランは察していた。
しかしそれは、ケインを捕えるチャンスでもある。そのためには協力者が必要だ。
ケインを捕らえれば、国にとっては不都合な事実故に、確実にケインは消される。だが、フランには出世の目が出てくる。フランはこのチャンスを逃すつもりはなかった。
フランが協力者として話しかけたのはジェームス。
「……ケインのやつが……。だが、そう考えれば、王都での襲撃も今回も説明がつくな」
「ええ、証拠はない。でも、食料保存幕舎にある木箱に襲撃者達は入っていた。そして幕舎の位置をあそこにさせたのもケイン」
「食料の輸送隊を指揮したのもケインだったな」
襲撃犯がいつから木箱に入っていたのかはわからないが、恐らくはこの地に到着する前の深夜だ。翌日、食料輸送の馬車のみが足が遅くなり、最後に到着していた。恐らく積み荷が重くなったからだ。
「わかるでしょ、ジェームス。ケインをこのままにしてはおけないわ」
「ああ、そうだな」
ジェームスは無表情に答えた。
その日の深夜
仕掛けたのはフラン。フランは哨戒と称して陣を離れた。それをケインは見逃さないだろう。フランを亡き者とした上で罪を擦り付ける為に。場合によっては、最初からフランに罪を擦り付けるための偽の証拠も用意済みかもしれないと、フランは考えていた。いずれにせよ、ケインを捕えればわかる。
尾行術に優れるジェームスはケインのあとを尾行し、ケインが仕掛けてくるタイミングで合流する作戦になっていた。 2対1。ケインの技量を考えれば、負けはあり得ない。
「やっと来たわね。待ちくたびれたわ。ケイン、わざわざここまで出向いたのだもの。どうして裏切ったのか教えてくれないかしら」
陣から少し離れたところで、フランは立ち止まってケインを待っていた。
「やはりな。気付かれるとしたら、お前だと思っていたぜ」
「早速の証言ありがとう。で、答えてくれないかしら」
ケインの事情など、正直フランにはどうでもよかった。一人でもケインを取り押さえることはできる。しかし、ジェームスの合流を待つ作戦である以上、時間稼ぎをするべきだとフランは考えての発言だった。
「なに、裏切ってなどいないさ。最初からな」
「そう……それで私に間者の罪を背負わせて消すと」
「そういうことだ。わりーなフラン」
「あんたの剣で私を? 一度も勝てなかったくせに?」
「ああ、一人じゃないからな」
ケインの背後の闇から、スッとジェームスが現れ、ケインの隣に立った。ジェームスは無表情でフランを見つめている。既に剣も抜かれていた。
「ジェームス、あんたもだったのね……」
「くく、流石に気付かなかったようだな。滑稽だったぜ。間者を警戒しながら俺らとナガツに向かうお前はよ」
「たしかに黒歴史だわね」
「悪く思わないでくれ。俺たちも命は惜しいんでな」
「そう、それであんた達は帝国の手先ってことでいいのかしら。今生の別れになるもの。最後に教えてくれないかしら」
「ああ、そうだ」
「おい、ケイン!」
「いいじゃねえかジェームス。騙されて死ぬ馬鹿な奴への手向けだ」
スラリと剣を抜くケイン。それを見たフランは……
獰猛な笑みを浮かべた。
剣を鞘に納めるフラン。地に伏す二人の男。殺してはいない。拘束の札で身動きがとれないようにして転がしているだけだ。
呻き声を出しながら身をよじる二人を見下ろしつつ、フランは録音の魔導具を取り出し、再生する。今の会話はしっかり記録されていた。
フランは次に、騎士達を呼び寄せるため、信号弾の魔導具を起動させた。
「実はあんたも裏切り者じゃないかって疑っていたのよジェームス。だから話を持ちかけたの。だってあんた達、私が入るまでバディだったんでしょ」
見下す笑いを向けられたジェームスは、呻くことしかできない。
「あ、そうそうケイン。あんたにも話がある。私は今まで二人に本気を見せたことなど、只の一度もないわ。最後に教えてあげる。騙されて死ぬ馬鹿な奴への手向けよ」
ケインは目を見開いたが、ジェームス同様、呻き声をあげるだけだった。




