あー、昔の記事か。そういう時もあったんだよ
マリッサが虚脱状態から回復するのを待とうと思いしばらく黙っていると、ナリンセンが呟く。
「『鬼神』九堂宗吾。全日本学生武術大会三連覇達成。最年少から三連覇、無敗の王者」
「あー、昔の記事か。そういう時もあったんだよ」
ナリンセンが表示させたインターネットブラウザの記事を見せてくるのでそう答える。続けてナリンセンが別のページを見せてくる。
「九堂隆二。財政界に影響を及ぼす神算鬼謀の策略家。政界で生きるには彼の支援が必要」
「俺の親父な。とりあえずそのブラウザ閉じようか」
あんまり家の事暴かれるのも嫌だし。俺が言うとナリンセンは大人しくブラウザを閉じて俺を見る。
「リアルチートすぎる。ちょっと分けてほしい」
「分ける事はできないだろ流石に」
「ちょっと才能とかそこらへんを」
「いや無理じゃん」
「しょんぼり」
「しょんぼりされても無理なものは無理」
ナリンセンの言葉に苦笑を浮かべていると、マリッサがはぁ、と息を吐く。お、ようやく復活したか。
「……それで、ネスは納得して行ったの?まぁあなたの事だから納得してないと今も一緒に居ないんでしょうけれど」
「えぇ、そうね。マリッサ達が心配するような事は何もないわ。私は納得して、九堂武術道場に来ている」
「なら、いいわ。いえ、良くはないのだけれど、良い事にするわ。どうせ私達がフォローできるのはゲーム内での事くらいしかないしね」
マリッサはそう言って、リットンへと向き直る。
「そういう訳だから、リットン。ソウさんのをもぎ取るのは諦めなさい」
「……はぁ、そうですね~。ネスちゃんが納得しているならしょうがないですね」
「納得してくれたんなら助かるよ」
普段通りのリットンに戻った事にホッとする。あのまま興奮されていたら何をされるか分かったもんじゃないからな。そう思っているとマリッサがソファーに深く腰掛ける。
「あー、疲れた。叫んだのなんていつ以来かしら。もう年かしらね」
「社長社長、社長の年でそんな事言ってるとお局様に嫌味言われますから」
「分かってるわよ。……それで、今回はネスの事情説明の為に来てくれたのよね。家の事まで明かしてくれたっていうのは、私達を納得させる為っていう事でいいのかしら」
「あぁ、そういう理解で間違いない。家の事を隠して事情を説明するのは難しいのでな」
俺の答えにマリッサははぁ、と溜息を吐く。
「チートチートと思っていたけど、ガチのリアルチート様とはね。そんなもんもう手に負えないわ。リットン、甘いものが食べたいわ」
「ル○ンド以外だとフルーツとか砂糖菓子くらいしかないですけれど」
「フルーツを切ってきて、人数分よ」
「了解です」
そう言ってリットンは席を立ち数秒後、ティーポットと一緒にフルーツ盛り合わせの乗った大皿を持ってくる。
人数分の小さなフォークが置かれており、その内の一本を手にすると、マリッサはりんごと思われるそれに突き刺して口に運んだ。
「……うん、甘めでいいじゃない。身に沁みるわぁ」
「疲れた時には糖分」
「疲れたのか?」
「疲れたわよ思いっきり。人生でそう何度も無い衝撃を受けたわ。あなた自分の家の事喋るのは慎重に、してるか。今まで言わなかったものね」
そう一人納得をして、マリッサが果物を食べ続ける。俺達もシャクシャクと果物を食べつつお茶を飲む。甘みにハーブティーの爽やかさが合ってるな。
「それで、九堂の家はどうだったの、ネス。やっぱすごいの?」
「そうね、凄いわ。私の家と比べるのも烏滸がましいくらいに。それより私も、みんなにきちんと挨拶をするわ」
そう言ってネスは姿勢を正すと、丁寧に頭を下げる。
「『根須体操術』の家に生まれました、根須智香子と申します。皆様には大変お世話になりました。この場を借りて、御礼申し上げます。引き続き、何卒よろしくお願いいたします」
そう言って綺麗に一礼して、苦笑しながら顔を上げる。マリッサ達はネスの態度にあっけに取られていたが、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。
「別に、気にする事ないわ。今後も何かあったら力になるから、遠慮なく言って」
「そうですよ~。ネスちゃんはウチの子ですから」
「ふむふむ」
「ありがとう、3人共。今後も頼らせてもらうわね」
そう言うと3人も笑顔で頷く。いい話だ。と思っていると、マリッサが俺に聞いてきた。
「それで、ネスの家もそういう古い家柄って事は、ネスも普段和服で過ごしてたりするの?」
「そうだな、普段着も和服だな。俺の出迎えの時には振袖を着てたぞ」
「それを言うならあなただって色紋付で来たじゃないの」
「ほへ~、なんだか雅な会話です」
いやそんな雅でもないけどな普段は。普通だと思うんだが。
「リフレさんも、和服?」
「そうですね、普段着から和服です」
「んー、ちょっと見てほしいものがある」
ナリンセンはそう言うと、インベントリからアイテムを取り出す。そこには一着の紬があった。
「紬ですね。でもこの生地」
「これは、住人製の生地かしら。少しごわついているわね」
「ん。住人製の生地で作るとどうしてもそうなる。やっぱり反物から作り直した方が良い?」
「見栄えが良くないですし、織り方から修正しないといけませんよね、これは」
リフレの言葉に納得して、次のアイテムを取り出す。それは藍色の作務衣であった。
「作務衣なら結構簡単に作れる。住人製の生地でも問題なさそう」
「そうね、これはアリじゃないかしら」
「そうですね、問題なさそうです」
「良かった」
作務衣の評価にナリンセンがホッとする。それを眺めているリットンに聞いてみた。
「衣装担当ってリットンじゃないのか?」
「いや~私は洋服専門でして。和服はさっぱりです」
「ん、じゃあなんでナリンセンはいきなり和服を作り始めたんだ?」
「インスピレーションの赴くままに作る、それが職人。リフレさんを見た時にブワッと来た」
なるほど、リフレを見てインスピレーション湧いちゃったのか。それならしょうがないな。
「やっぱり本職に聞いてみるのが一番。まずは単衣で紬が作れるようにチャレンジする。あとリアルの方で作る物も色々書いてる」
そうしてナリンセンはメニュー画面からデザインツールメニューを取り出して、色々な画像を表示させる。それは紬であったり小紋であったり色留袖だ。全部着物じゃん。
「え、着物作るのか、リアルで?」
「まずはチャレンジしたいと思ってる。ビビッドな着物を目指したい」
「まぁデザインはこちらで、後はおまかせっていう形なら作れない事もないからね。単価高いけれど」
「それでいいのならまぁ、やってみるといいと思うが、普段遣いする小紋や紬から始めたほうがいいと思うぞ。礼服になると伝統には勝てんから」
「ん、わかった」
そう言ってメニューを消す。なるほど、リアルでもゲームでもナリンセンの中では着物が来ている訳か。いつかゲーム内で着物を着る住人も出そうだな。
「それで話は変わるけれど、ネスが家を出る時って、何も問題なかったの?そういうお家って父親が頑固だったりとかするんじゃない?」
「あー、それに関しては、まぁー……」
問題は、ネスに対しては無かった。俺に対してはあったが。主に俺の親父の所為で。
その時の会話を思い出したのかネスがあからさまに頬を染める。いや本当に初心な反応しすぎですよネスさん。リフレまで俺の事なんか凄い目で見てるんですけど。
「……まず言い訳をさせて欲しい。これに関しては完全に俺の親父が悪いんだ。そこだけは理解して聞いてほしい」
「内容を聞いてから判断します」
「いやなんでリフレが……いやまぁ、いいんだけどさ。リフレはウチの親父の事理解してるだろうから分かるだろうが。まぁ無責任にもウチの親父がネスの両親に、俺とネスの間に子供が出来たら将来的にウチの跡取りにしちゃうかもしれないね、なんて事をほざいたらしいのだ。そしたらネスの両親が俺に対して真剣に『娘をよろしくおねがいします』と挨拶された訳で」
「家柄的にも、格としても私の実家は何段も劣るわ。そんな家の血が遥か上の九堂家に入るかもしれないとなれば、諸手を上げて喜んだと思うわ。本当に親戚となれば、その恩恵は途方も無いもの」
「つまり……師範が、智香子さんの事を師範代の婚姻相手として認めたと……?」
言葉も身も震わせながら、顔を青白くしてリフレが呟く。他の面々も驚いた表情だ。というか、リフレ、呼び方。
「落ち着け涼子、まだそうと決まった訳じゃない。あと呼び方、素になっている」
「でも……だって……師範が」
「だから決定ではない。後のことは本人次第と約束を貰っている。決めるのは親父じゃない、俺達だ」
「そうね、内々定らしいから」
そんな俺とネスの言葉にリフレは目を瞑り胸を抑えて深呼吸をする。そうして青白かった頬にも赤みが差し、落ち着きを取り戻す。
「……失礼しました。取り乱しました」
「うむ。なんか最近、こういう事多いぞ。あー、あまり乱さないように」
この件に関しては強い事は言えん。そんな事をすればまた母に何を言われるか。本当に息子と生き別れになりそうだ。
そんな事を考えつつ予防線を張るとリフレがコクリと頷く。そんな事に心の中で安堵していると、ナリンセンが不躾にネスに聞いていた。
「ネスはいいの?」
「何が?」
「内々定」
「あぁ。……まぁ、すぐに、という訳ではないし。本人達次第という事だし。時間はあるのだから、じっくり考える、でいいと思っているわ」
「ん、意外と前向き」
少し頬を赤らめながら言うネスの言葉に、ナリンセンが意外そうな表情を浮かべる。まぁそれに関しては俺も同意だ。と思っていたら、ネスが少々予想外な答えを返してきた。
「リアル時間の今朝、唐突に荷物を纏めて振袖に着替えるように言われた時、とうとう来たかと思ったの。どこかに嫁がされるんだな、と。まぁその正体が九堂武術道場からの招請だったから、今の状況は今朝の私の心境よりは遥かにマシなのよ。その上で本人次第という言質を貰って時間を与えてくれたなら、それは前向きに検討してもいいかとなるでしょう?」
「あぁ、そういう状況ならそう考えてもおかしくはないわね。しかも相手はゲーム内ではあるけれど見知った人な訳だし。結果として最上か。そりゃ前向きにもなるわ」
「そうですねぇ~。政略的なのが乙女としてはちょっと気になりますが、それでも本人達が納得の上でという事であれば文句の出しようがないですねぇ~」
「そういう事よ」
マリッサとリットンの言葉にネスが頷く。なるほど、そんな事になっていたのか。だから状況としては遥かにマシ、という訳か。
だが今までの意見に俺の意志が全く考慮されていないというのもどうなんだと思うんだが。いやいいんだけどさ。
「そういう訳で、あなたも。前向きに検討して貰えると嬉しいわ」
「……善処する」
唐突に俺に振ってきたネスの言葉に、俺は苦労して返事をする事しかできないのだった。




