ベルカス。ちょっといいか
ゲーム内時間が夕方になった頃、結局その日も『電脳遊戯倶楽部』のメンバーと宴会をする事になった。場所はドゥヴァリエにあるプレイヤーズショップの飲食店の大型個室。防音も効いている部屋だ。
その中でプレイヤーメイドの料理が次々と運ばれている。テーマは『ファンタジー世界によくありそうなもの』だ。硬いパンだったり塩味の効いただけのスープだったりから始まり、ワームの肉やワニのようなものの足の唐揚げなど、ふんだんに現地の食材を使った料理が所狭しと並べられる。
味付けはプレイヤー好みにカスタマイズされているようで、普通に美味しい。そんな料理達を摘みつつ、俺は今の目当てである人物の隣に腰掛けた。
「ベルカス。ちょっといいか」
「えぇ、ソウさん。どうかしたんですか?」
俺のお目当てであるベルカスは、普段通りシャマールと席を隣にして楽しく談笑していた。そこに割って入るのも少しと思いはしたが、切っ掛けを作るなら今しかないと思い直し、こうして俺はベルカスに声をかけたのだ。
そうして俺はベルカスの隣に座ると、少し小声で相談する。
「その、だな。ちょっと相談したい事があるんだが」
「ソウさんが相談?一体なんでしょうかね」
「その……所帯を持つ上での心構えとか、そこに至るまでの心構えとかをな」
そんな俺の言葉に、ベルカスとシャマールが驚きの表情を浮かべる。そんなに驚くような事を言ったかね。そんな彼らを気にせずに、俺は言葉を続けた。
「まぁ、その、なんだ。俺とリフレ、ネスの状況に関してはお前達も聞いただろう?」
「えぇ、まぁ。色々衝撃を受けましたが」
「それで、だ。そういう、結局最終的に所帯を持つ、という事に至るまでに、どのような心構えで居れば良いのかを参考にしたくてな」
「えーっと、それはなんというか。最終的に結婚に至るまでの一連の流れに対する覚悟、みたいな?」
「そういう事だ」
俺がそう言うと、ベルカスが恐る恐る聞いてくる。
「ちなみにソウさんは、その。大変失礼ですが、今まで恋人が居たりとか、そういう経験は」
「……俺の立場上、下手な事はできんのだ」
「なるほど、そうなんですね……なるほど。うーん、なるほど……ちなみに、リアルの知り合いとかに参考にできそうな方がいたりは?」
「……所帯持ちの同性で安全に相談できるような相手は周囲にはいない」
俺の言葉にベルカスがあー、と呻く。俺が知っている人間にリアルで相談などしようものなら、すぐさま親父母さんに知られる事になるだろう。そういう事態は勘弁してほしい。
ベルカスはひとしきりうーんと唸った後で俺に言う。
「それじゃあ、まぁ、なんというか。男女交際に関する話から。ちなみにその、相談しようと思った切欠はリフレさん、ネスさんでいいんですよね」
「あぁ、そうだ。結局俺達の関係は最終的に、なるかならないかしかないのが骨身に沁みたのでな。最終的には自分で決断するが、それに至るまでの覚悟が今の俺にはない」
「あー、なんというか。男女交際もした事無いのに結婚相手を決めるのは確かに難しいですよね」
「そういう事だ。そこで、少なくとも経験者である同性のベルカスの意見を参考に、と」
「意外と責任重大だなこれは……」
そう言うとベルカスは目の前のジョッキを一気に呷ってから話を始めた。
「それじゃあ、まずは。ソウさんはリフレさんとネスさんに対して、愛情をもっていますか?」
「愛情……愛情と呼べる程のものではないと思うが、俺は2人の事は好ましく思っている。リフレは内弟子だしな、鍛錬の際にはもっと成長できるように愛情を持って接しているつもりだ。だがベルカスの言う愛情というのは、恋愛に対する愛情だと思うが、そういう意味ではそこまでのものはない」
「なるほど。師弟の愛情はあるけれどそれは恋愛の愛情ではない、と。そして少なからず好ましく思っている、と」
「そう、だな。ただその感情だけを持って結婚という所に行き着くのは難しい」
「そうでしょうね、それは難しいと思います」
俺の言葉にベルカスは同意しながら酒を煽り、俺も酒を煽る。こんな事飲まずに言ってられん。そんな俺達のジョッキに、黙ってシャマールがエールを注いでくれる。
「俺は結局、シャマールに惚れているので。シャマールとなら一生添い遂げたいと思ったから結婚したんです。そこに至るまでには色々ありました。喧嘩したり仲直りしたりを繰り返して。でも喧嘩している間でも、じゃあ別れようとは思わなかったんですね」
「ふむ、なるほど……」
「喧嘩の原因も本当に下らない事ばっかりです。でも意見の相違が出る。当たり前なんです、相手は違う人間ですから。それでも惚れてるからそれを理由に別れるとはならなかった。惚れてるからお互いに妥協点を探り合って、答えを出しあって、決着させるんです。それができなきゃ別れるしか無いんです」
「そうだな、それはそうだ」
そう言ってエールを煽る。ベルカスもエールを煽ってから言葉を続けた。
「だから俺は、お互いにそういう気持ちを持てるかが大事だと思うんです。相手を認めて妥協点を見つけて自分が折れるのも構わないと思えるくらいの愛情を相手に持っているか、それが重要だと思います。それを持つのも覚悟が必要だと思います。相手を受け入れる覚悟が」
「覚悟、か……」
「そうです、覚悟です。相手を受け入れて認める覚悟。これが結構難しいので、俺は過去に失敗もしました。後悔もしました。それでも乗り越えた先に、今の生活があるんです。俺はこの生活を守る為ならどんな事でもするつもりです。結局これも、相手を受け入れる覚悟ができたからこそ守りたいという感情になっているんです。そういうのが、大事なんだと思います」
エールを煽るベルカスに釣られて俺もエールを煽る。そうするとベルカスは、にへらっと笑って俺に言う。
「……とまぁこんな感じですけど、どうでしょうかね」
「いや、本当に、参考になった。ありがとう」
「いやーまーあんまガラじゃないんで多くを求めないで下さいね!でも何かそっち方面のご相談がありましたら今後も乗りますんで、遠慮なく連絡してくださいよ」
「あぁ、今後も頼むよ。あんたの旦那はかっこいいな、シャマール」
「うふふ、私の旦那様ですから」
俺の言葉にシャマールが本当に嬉しそうに同意する。その様子にベルカスが照れながら応える。その後もベルカス、シャマールから色々な体験談を聞かせてもらった。
本当に、経験者の言葉というのは大事だ。参考になる。そういう体験を今までできる立場にいなかったから、参考にさせてもらおう。
そうして宴会の間ずっとベルカス、シャマールと話をし、その場はお開きとなった。今日は酒も結構飲んだし気分がいい。
「なんだか熱心にベルカス達と話していたじゃない」
「ん?そうだな、色々とな」
「なにを話していたんですか?」
ネスからの言葉に曖昧に頷いてから、リフレの問いかけにどう答えようかと考え、金の牡鹿亭に戻る。
「そうだな、リフレ、ネス。ちょっと俺の部屋へ」
「?わかりました」
「いいわよ」
そうして俺の部屋へと移動して、2人をソファーへと座らせる。俺は部屋に備え付けの製水機で冷たい水を作り、それぞれの席の前へと置いた。
そうして俺は2人の対面へと座り、一口水を飲んでから言う。
「俺達の今後の事について、色々相談していた。ベルカスは同性で所帯持ちだからな、参考になる意見を教えてもらった」
「私達の、今後……」
「そうだ。涼子」
「は、はいっ」
俺がそう言うと、リフレが少し頬を染めながら背筋を伸ばす。いや、そこまで気合を入れなくてもいいんだが。少し苦笑しながら、俺は言葉を続ける。
「お前とは付き合いが長い。自然とお互いの事が分かる程度には、お互いを理解しているとは思っている。だからお前が、俺を好いていてくれる事も理解しているつもりだ。だが、俺の方にまだ、お前を受け入れる覚悟が無い。それは申し訳なく思う」
「い、いえっ。そんな、師範代が悪い訳ではありません。私からの、その、一方的な、恋慕なのですから」
「だがいずれ、どちらにせよ俺は覚悟を決めねばなるまい。だからもう少し、時間が欲しい。お前も余り焦らず、余裕を持ってほしい」
「……分かりました。ありがとうございます、師範代」
そう言うとリフレは、花の咲くような笑みを浮かべて頭を下げた。うむ、涼子に言うべき事は言った。ならば次は。
「智香子」
「はい」
俺が声をかけるとネスは堂々とした表情で返事をする。うん、良かった。
「状況的に、今現在こういう形になってしまっているが、それを抜きにして、俺はお前を好ましく思っている。野盗討伐の時、自身の過去と向き合い俺達に応えてくれた事、バーキンとの決着。俺はお前の芯の通ったその在り方を、好ましく思う」
「ありがとう、ございます」
「宴会前にお前は、俺に前向きに検討するよう言ったが、俺もそうするべきだと思う。だがまだ俺達には積み重ねが必要だ。なのでお前とも時間が欲しいと思っている。その上で俺達は、決めるべきだと思う。お互い時間を積み重ねて、進んでいこう」
「……ありがとう。正直に言って、嬉しいわ。そこまで私の在り方を認めてくれて、前向きになってくれると思っていなかったから」
頬を染めながら笑みを浮かべるネスに、無言で頷く。俺はお前の在り方を好ましく思っている。それが伝えられれば今は十分だ。
「3人共色々、覚悟が足りない。時間が必要だ。なので焦らずじっくり、前に進むとしよう」
「はい、それに異存はありません」
「分かっているわ」
「ならばよし。それではゲーム内時間も良い時間なので、一旦ログアウトとしよう。また後ほど、現実でな」
それに頷いて席を立った2人を出口まで見送る。2人の背中を見送ってから、俺はゲームからログアウトした。
「…………あー、やってしまった」
現実に戻りスッと意識が覚醒した所で、思わず呟く。勢いって怖い。お酒って怖い。この後現実で夕食なのに。顔を合わせるのに。後悔している訳でない、嘘偽りない感情を伝えた事に後悔は無い。ただもう少し、タイミングを測れば良かったかも知れない。なんていうか、気まずくなりそうだ。
チラリと時計を見ると、夕食まで残り数十分といった所。そうだな、お茶でも飲んで少し落ち着こう。そう思い茶の間へ行くと、思わずギクリと立ち止まる。
そこでは既に涼子と智香子が並んでお茶を飲んでいた。2人も俺にすぐ気付き、一瞬で顔を赤くする。あー、なんだ、どうする。
「……涼子、俺にも茶を」
「ひゃっ、はいっ」
分かりやすくカチコチになりながらお茶を入れ始める涼子。身体の節々からギシギシと音が鳴りそうな挙動で俺の前にお茶を置き、自分の席に戻る。ここまで分かりやすいと、いっそ清々しい。
よし、逆に考えよう。今この場で会えた事は都合が良いんだ。夕食時に今のような分かりやすい態度を取られているのは、その、困る。
「……態度があからさますぎる。もう少し落ち着いてくれ」
「そっ、そう、でしょうか」
「あぁ。智香子もだ」
「……し、仕方ないじゃない」
頬を染めながら言う2人に思わず溜息をつく。なんというか。
「……俺達3人、恋愛経験値が低すぎるな」
「……そうね、そういう環境にいなかったものね」
「……仕方ないです。環境が環境なので」
そうして3人揃って溜息を吐く。もう、なってしまったものは仕方がない。今更育った環境は変えられんのだ。
「とりあえず、落ち着こう。夕食時にこれだと何言われるか分からん」
「そうですね、冷静になりましょう」
「それがいいわ。とりあえず今は、お互いに慣れましょう」
そうして3人で茶の間で過ごし、緊張を解す。これならば大丈夫だろう、と夕食に向かったのだが、なぜか親父と母さんは俺達を見て笑みを浮かべていた。うぅむ、解せん。




