1話『エリシアの優しい笑み』
朝の光が差し込む教室は、新しい一日の始まりにそわそわとしていた。
生徒たちが席につき、談笑しながら準備をしている中――
「おはようございます、皆さま」
扉が開き、エリシア・フォルティーナが優雅に入ってきた。
その瞬間、空気がぱっと明るくなる。
「エリシア様、ごきげんよう!」
「昨日の初日試験、聞きましたわ!本当にすごかったんですって!」
「さすが公爵令嬢さまぁ」
エリシアは微笑みを崩さず、ひとりひとりに丁寧に返していく。
その少し後ろから――
影のように静かにアシェリナが入ってきた。
彼女に気づく者はほとんどいない。
足音さえ、床に吸い込まれるように静か。
エリシアは席に向かいながら、
さりげなく後ろのアシェへ手招きをする。
「アシェ、こちらへ」
アシェリナは小さく頷き、促されるままエリシアの隣の席に座る。
その仕草は目立たず、風のように淡い。
エリシアは教科書やノートを取り出し、
お気に入りの筆記具ケースをそっと机に置き筆記用具ケースを開きペンを見せる。
そのペンの先にはローズクォーツのアクセサリーが付いていてとてもかわいらしく、アシェの瞳がきらりと揺れる。
「……かわ…ぃ、それ……」
「ふふ、お母様とお父様にいただいたものでしてよ」
エリシアは嬉しそうに微笑むと、そっとアシェへ耳打ちした。
「アシェにも入学お祝いを買いましたの。……内緒ですわよ?」
エリシアは大事そうにカバンを開き、小さな箱を両手でそっと取り出す。
「…う?…ひらく……?」
「ええ、どうぞ」
ゆっくり蓋を開くと――
アシェの瞳と同じ深いルビー色のアクセサリーが付いたペンが入っていた。
「これぇ……の、…いろ……?」
「そう。ローズクォーツはわたくしの瞳の色。そしてこのルビー色はアシェの瞳の色ですの。
お揃いにしたくて、わたくしが選びましたわ」
アシェリナは息をのんだ。
胸の奥がじん、とあたたかくなる。
「……あ、り……とぅ……」
その声は小さいけれど、確かに震えるほど嬉しそうだった。
エリシアはその姿に思わず微笑む。
(アシェったら……しっぽでも振っていそうな勢いですわね)
アシェはペンを、宝物のように自分のアルミ製ペンケースへ丁寧にしまった。
そして受け取った箱もカバンの奥に落とさないようそぉっと入れ込んだのだった。
生徒たちが席に着き、担任が教室に入ってくる。
「はい、では出席確認しますね」
新しく始まる学園生活の空気が、少しだけ緊張と期待で満ちていた。
そして時間がゆるやかに過ぎ、
日差しもすっかりあたたかくなった頃――
眠気と戦う生徒たちの間に、澄んだ声が教室へ響く。
「魔法とは本来、精霊との契約によって発動するものです──」
理論担当の教官の声だ。
周りが少しずつ疲れていく中で、
エリシアだけは姿勢を正し、真剣にノートを取っている。
アシェはその横顔をそっと見つめた。
教室のざわめきよりも、
彼女のペンが走る音のほうがよく聞こえる。
「……エリィ……すご……」
小さな呟きに、エリシアがくすっと笑う。
「まぁアシェったら、また同じ褒め方。
もっと違う言葉でも褒めてほしいですわ」
“今はまだエリシアは”柔らかい笑顔だった。
授業が終わり、
生徒たちはわいわいと教室を出ていく。
エリシアは友人たちに囲まれ、光の中心にいる。
その輪が広がるほど――
影のアシェリナは、静かにそこから離れていく。
窓際に立ち、差し込む光をぼんやり見つめながら、
手の中の小さなペンケースをそっと握る。
胸の奥で揺れる、ただひとつの記憶。
アシェは目を伏せ、小さく息をする。
──まだ誰も知らない。
この小さな影の少女こそが、
やがて世界を揺るがす存在になることを。
第1話 終




