4「調査開始」
ミステリー回です!引き続き、ルカ君視点で進行します!
応接室の暖炉では、薪が小さく爆ぜていた。
火は小さく、それで十分だった。帝都の石造りの回廊を思えば、ここは春先のような空気である。僕は出された湯気の立つ紅茶を手に取り、ようやく指先の感覚が戻ったことに気づいた。向かいの長椅子には、ガルダ城の管理者が腰を下ろしている。筋骨隆々とした大柄な軍人で、日と風に晒された顔には古い傷が幾筋も走っていた。握手の際、僕の指の骨が軋んだことは、黙っておく。
「遠路ご苦労。ヴォルザック軍団長から話は聞いている。改めて、状況を整理しておこう」
管理者は卓上に、城内の見取り図を広げた。
「事件が起きたのは、昨夜から今日に日付が変わる頃。真夜中だ。1階の廊下で大きな音がして、巡回中の警備が駆けつけたときには、魔術師が1人、倒れていた」
「被害者は、高位魔術師のかたでしたね」
「ああ。右腕を中心に酷い火傷を負っている。今は医務室で安静にしているが、意識は戻っていない」
ほんの半日前のことなのだ。それにしては、城内の空気は妙に凍りついている。
「城内は、静かでした。もっと混乱しているものかと」
「直後は大混乱だった。だが、人族側から軍事行動が起きていないとわかってな。外敵の脅威がないなら、残る可能性は1つしかない」
「内部に、襲撃者が潜んでいる……」
「そういう噂が城中を回っている。おかげで今や、全員が疑心暗鬼だ。隣の奴が敵かもしれん。お喋りもままならんというわけだ」
廊下ですれ違った兵たちが、揃って目を伏せていた理由がわかった。あの沈黙は秩序ではなく、警戒の表れだったのだ。
「城は、出入り禁止にしていると伺いました」
シロ先輩が、持ち上げた紅茶を眺めながら尋ねた。
「事件直後から封鎖している。門も、通用口も、物資の搬入口もだ。蟻の子1匹出られん。だから、まだ城内にいる可能性が高い」
管理者は、そこで言葉を切った。
「……断言まではできんがな。封鎖までに数分の空白はあった。その間に抜けられていたなら、話は別だ」
シロ先輩は湯気の消えかけたカップを卓に戻し、席から立ち上がった。
「承知いたしました。では、現場を拝見したく存じます」
「ああ、案内する」
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穴の向こうから、山肌を渡ってきた風が吹き込んでくる。冷たくはない。ただ、焦げた匂いをかき混ぜるように、廊下を抜けていった。
石造りの壁に、大きな穴が開いている。人が数人並んで通れるほどの、いびつな円形。縁の石は黒く焼け、砕けた破片が廊下の隅に寄せられていた。
「魔術師は、この廊下で倒れていた」
管理者が、穴の縁を睨みながら説明する。
「本人の意識が戻らん以上、詳しいことはわからん。わかっているのは、何者かに襲われたこと、そして襲撃者が消息不明だということだ。以上が、今わかっている全てだ」
僕は無意識に鼻を動かしていた。焦げた匂いの底に、微かに混じるものがある。
「……少々、焦げ臭いですね」
「ほう、さすがに鼻が利くな」
「ふふん。僕はこれでもライカン・ウルフですから!」
つい胸を張ってしまい、隣から視線を感じた。シロ先輩が、じっとこちらを見ている。
「ルカ君は、犬、ではなく狼でしたか」
「そこですか!?」
「ええ、重要な点です。……それと、褒められて、しっぽが揺れていますよ」
シロ先輩は表情を変えないまま、僕の腰のあたりを指さした。
僕は慌ててしっぽを手で押さえ、腹いせにシロ先輩を睨みつけた。返ってきたのは、いつもの平坦な目だった。ただ、ほんの少しだけ愉快そうに見えたのは、気のせいだろうか。
管理者が咳払いをして、話を戻した。
「襲撃者は、ファイヤーボールの魔術を使ったのだろう。高位魔術師を相手に、ほぼ完封で仕留めている。相当な手練れだ」
「この穴から、外へ逃げた可能性は?」
シロ先輩が穴の縁に手を触れながら尋ねた。
「外へ出た形跡は、今のところ見つかっていない。それを確かめるために、おい、お前」
管理者が呼びつけたのは、廊下の端に立っていた若い兵だった。粗野な顔つきで、鎧の留め具も雑に締められている。呼ばれて、面倒そうに踵を鳴らした。
「事件のとき、最初に駆けつけたのはこいつだ。こいつから話を聞くといい」
「へい。夜の巡回中でした。でけえ音がして、足元が揺れたんです。建物ごと、ぐらっと。それで走りました」
兵は、頭を掻きながら話し出した。
「廊下に着いたら、魔術師様が倒れてて、壁にでっけえ穴が開いてました。俺が穴の外を見たとき、もう外の見張りが駆けつけてて、誰も逃げちゃいねえと言ったんです」
「不審な人物は、見ましたか?」
「いいえ。誰も。猫の子1匹」
「廊下に着くまでに、すれ違った人は?」
「いません。……あの、これ、俺を疑ってます?」
「いえ、ただの確認です」
シロ先輩の穏やかな返答に、兵は鼻を鳴らした。
「だったら言わせてもらいますがね。犯人は魔術師どもの中にいるんじゃねえですか。あいつら、俺たち兵隊を見下してやがる。身内でやり合って、あの穴を開けただけでしょうよ」
「おい、口が過ぎるぞ」
管理者が低く窘めたが、兵は肩をすくめて口を閉じた。
シロ先輩は、その一言に何かを感じたのか、あるいは何も感じなかったのか。表情は全く変わらず、「ご協力、感謝いたします」と淡々と告げた。
そして、穴の縁に視線を戻した。
「音と揺れは、この穴のものですね。魔術師様を襲った、その後の」
「はい、順番としてはそうなりますよね」
「ならば、外へ逃げるために開けたのではありません。外へ逃げたと見せるために開けたのです。それと、人を集めるためでもあるでしょう」
「……え?」
「警備の兵がいる城で、大きな音を立てる。逃げたい者にとって、これ以上愚かな行為はありません。ですが、穴を開ける前に、犯人はすでにこの廊下に立っていた。誰にも見られず、ここまで来られる者が、わざわざ人を呼んだのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、どこから繋がったんですか。逃げるためじゃないのはわかりましたけど、人を集めた、って」
「私なら、人を集める目的は2つしか思いつきません。集めた先に用があるか、集めなかった先に用があるかです」
「えっと……」
「この廊下での用は、魔術師様を襲った時点で済んでいます。それなのに、人を呼びました。ならば、人を呼んだこと自体に意味があります。集めた先ではなく、集めなかった先に、用があったのです」
シロ先輩は、穴を見ていなかった。
視線は、廊下の突き当たりへ流れていた。
「そこに犯人が潜んでいる、あるいは、そこで何かをしていた。どちらにせよ、人を近づけたくなかったのでしょう」
「……なるほど」
「ただ、犯人にも誤算があったはずです。警備の到着が、早すぎたこと。外には誰も出ていないと確認され、犯人は城内にいると、犯人自身が証明してしまいました。……いかがです?」
シロ先輩に水を向けられ、管理者は腕を組んだまま、目を細めた。
「……ああ。話が早くて助かる。これで確証が持てた。襲撃者は、まだこの城のどこかに潜んでいる」
そこで、僕は気づいた。
シロ先輩の視線の先、廊下の突き当たりに、地下へ続く石段が口を開けている。
「あの、そこにあるのは、地下へ通じる階段でしょうか?」
「ああ。地下牢と食糧庫がある」
「それだけですか?」
シロ先輩が、静かに問うた。
管理者の表情が、一瞬だけ強張った。
「それだけだ。お前らは襲撃者を探すのが役目だろう。余計な詮索はいいから、さっさと見つけてくれ」
「そのつもりです。火遊び好きの同居人がいるお家なんて、長居はしたくありませんから」
管理者の眉間に、深い皺が寄った。
同居人。襲撃者のことか、と僕は一拍遅れて気づいた。城内に潜んでいると確定した今、確かに笑えない同居人だ。だが、シロ先輩の視線は、石段の奥に向けられたままだった。
「では――」
そのときだった。
続けようとしたシロ先輩の声をさえぎり、廊下の向こうから、慌てた足音が駆けてきた。
息を切らした伝令の兵が、管理者の前で敬礼する。
「報告します! 被害に遭われた魔術師様が、お目覚めになりました!」
「何だと」
管理者の目が見開かれた。
「面会は可能か」
「はい。意識ははっきりしておられ、お話もできるとのことです」
「……わかった。すぐ行く」
管理者は、僕たちに向き直った。
「話は後だ。まずは、本人から直接聞くのが早い。ついてこい」
石段の奥へ続く暗がりが、背後に取り残された。
僕は一度だけ、その闇を振り返った。冷たい空気が、石段の底から這い上がってくる気がした。
コメディを書くはずが、なぜかずっとミステリーについて考えている今日この頃です。




