のぞみ
今日この後、新しい部員が来る。
バスケットボール部を辞めたらしい女子が。
いつもの新入部員を迎えるときとは違って少し重い雰囲気が漂っている。
みんなも思うところがあるのだろう。
「どんな子なの?」
部長が詩織に尋ねる。
少し考えて
「明るくて真面目な子です。勉強もできますし。」
「そう。」
そう聞いても雰囲気は変わるものではない。
みんな黙って待っている。
明るく迎えてあげたいのに。
部長もそう強く思っているのだろう。
俺と研二にあれやってと目で合図が来た。
どうやら真ちゃん研ちゃんの出番のようだな。
「どんな子でもいいな。研ちゃんほどサイコパスで手が掛かる子ってそうそういないから。研ちゃんに比べたら驚くほど普通の子だろうな。」
ちょっと過激に入る。
始まったとばかりに、みんなが俺たちの方を向く。
「えっ!僕ってサイコパスなんですか?僕みたいに気遣いができて素直ないい子いませんよ。」
「そうだっけ?」
「僕こそ驚くほど普通ですけど。」
「そんなこと自分で言うのが普通じゃないし。」
「ひどいです、真先輩。いじめですよ、それ。僕、漫研辞めようかな。代わりに今日、1人入ってくれるし。」
またすねる研二。
なかなか研二も腕を上げたな。
「ほんと、どんな子でもいいね。」
と真奈美も入ってくる。
「そうよね。研ちゃんみたいなことはないでしょうしね。」
と萌がイタズラっぽく言う。
「えー、萌先輩までひどいですよ。僕、決めました。漫研辞めます。長いような短いような間でしたが、お世話になりました。」
頭を下げる。
みんなで笑う。
明るく迎える準備ができた。
やがていつものおしゃべりが始まり、しばらくたったころ、扉がノックされた。
扉が開いて、1人の女子が入ってきた。
詩織が言っていた通りの短めのボブの真面目そうな子だ。
だいぶ緊張しているような。
「坂口のぞみと申します。よろしくい願いします。」
いつものごとく、ざっと漫研の説明と上級生の自己紹介が終わったら、質問の時間に入る。
なぜ漫研に?
「詩織、いえ近藤さんから聞いているのではないかと思いますが、私、先月の中ごろまでバスケットボール部にいました。事情があって退部しまして、もう部には入らないつもりでした。でも、やっぱり何もない放課後がつまらなくなって、せっかくの高校生活なんだから、何か部に入って楽しみたいと思えてきて。」
ここまで一気に話し終えて、少し間を置いた。
事情があるのか。
そこには触れないようにしないとな。
「部活動オリエンテーションのパンフレットを見ながら、いろいろと考えたんですが、漫研の先輩の部紹介が強烈に印象に残っていて、ここで私も自分の目標をもって頑張りたいと思いました。小さいころからアニメが好きでしたが、中学で部活を始めてから、ゆっくりと見る時間がなかったんですけど、バスケをやめてから、兄が契約しているサブスクでほとんど毎日アニメを見ています。アニメと漫画は違いますけど。」
またもや、オリエンテーションがきっかけか。
嬉しい限りだ。
その後も質問が続く。
どんな活動をしたいか?
「本格的に絵を描いたことがありませんので、漫画を書くのは無理と思っています。できれば、イラストと評論の両方をしたいです。」
二刀流か。
ぜひともメジャーリーグを目指して欲しい。
みんなからの質問が終わったようなので、俺も1つだけ尋ねた。
「英語です。」
最後に副部長が尋ねた。
「速い方だと思います。中学では50メートル走のタイムは部の中でもでも3番目くらいでした。」
「部対抗リレーに出てみたい?」
「はい。出てみたいです。バスケを辞めたんでどうしようかって悩んでたんですけど、その間に一周回って、入るんだったらとことん漫研を楽しもうって思って。出させてもらえるなら出て走りたいです。」
「そう。」
またもや副部長が満面の笑みで答えた。
本当に嬉しそうだ。
入部のセレモニーが終わり、のぞみにも部誌を渡す。
新入部員が入ったときには、いつも一年生で集まる。
副部長がささっと寄ってきて俺に耳打ちする。
「今年は、すごいことになりそうね。」
俺もそのことにはちょっと興奮していて
「ああ。」
とだけ答えた。
一年生の集まりは、やはり美和が仕切っている。
もう、次の部長は決まりだな。
詩織のときと同じく、のぞみのために大きな紙の名札を胸ポケットに留めている。
クラスと名前と漫研で何て呼ばれてるのかを書い名札を。
中学生のときとは言え、部活の話はしづらいようだ。
今の活動について話している。
美和と詩織と裕香がイラストについて、研二が評論について、綾が漫画について話す。
ただし、綾は描いているのではなく、アシスタントのようなことをして勉強中だとも。
みんなの話を聞いているうちに、堅かったのぞみの表情がどんどん和らいで明るくなっていく。
本来はこんな子だったんだろうな。
「楽しそう。どっちもやりたいけど、部活の時間はイラストを教えて欲しいな。教えてくれる人がいないと1人じゃ何もできないから。評論は家で書くよ。」
「うん。書けたら見せてよ。真先輩と俺が評論をやってるから、3人で批評をし合おうな。」
と研二。
「わーいいな、そんなの。私、文章書くのは好きなんだけど、上手くないって言うより下手なんだよね。読んで笑わないでよ。」
「笑うわけないよ。人の文章を読んで笑うなんて、俺には420万年ほど早いよ。」
「研ちゃん、何でそんなに中途半端なの?」
裕香がツッコむ。
「ほんと。キリがいいところで400万年にしたらいのに。」
と綾。
「それもキリがよくないよ。1000万年くらいにしたらスッキリするんじゃない?」
と美和。
「スッキリした数字がいいんだったら、せめて500万年にしてくれないかな。俺、1000万年も生きられないし。」
のぞみが笑いをこらえながら
「へー、研ちゃんって500万年は生きれるんだ。」
「ああ。それくらいだったら頑張ったらなんとかなる。」
みんなが吹き出した。
もうのぞみが溶け込んでいる。
いい雰囲気だな。
それにしても思いのほか、足の速そうな1年生がたくさん入ってきたな。
遅いと言ったのは美和だけで、詩織とのぞみはリレーに出たがっている。
今年のリレーのメンバー決めが楽しみだ。




