引退式
ゴールデンウィークが明けて一週間経ったら、部長と副部長が漫研を引退する。
少し前に部長から美鈴に引き継がれた「漫研マニュアル」の引退式のページに従って、前日に準備をした。
そして今日は式当日。
部長と副部長には並んで前に座ってもらい、二人に向き合う形で右に二年生、左に一年生が座る。
引退式の司会は次期副部長がすることになっている。
「ただいまから、引退式を行います。一同、礼。」
マニュアルの式次第に沿って咲良が進める。
「部員を代表してお礼の言葉。次期部長、黒瀬美鈴さん。」
「はい。」
と大きな声で返事をして前に出る。
美鈴らしくハキハキと話し始めたが、途中から感極まって、涙で声が詰まる。
「・・・でした。部長も副部長も、決して厳しい言葉で叱ったり何かを強制することはなく、いつもみんなで一緒にやろうと言ってくださいました。そして、背中で示してくださいました。そんなお姿に私たちは、何としても期待に応えたい、認めてもらいたいと頑張ってきました。部会での部長の挨拶に大きな声で返事をすることも自然に始まり、今では当り前のことになりましたが、そんなお二人への私たちの気持ちの表れだと思っています。お二人から受け継いだ漫研の伝統をしっかりと守り、後輩へと引き継ぐことをここに誓います。今まで、ありがとうございました。」
最後は言葉が途切れながらも、なんとか終えることができた。
二年生もみんな泣いている。
俺も人前で泣くなんて、今までしたことがない。
でも、こんなに涙が止まらないのは、俺の気持ちも美鈴の言葉と同じだから。
一年生は一か月ほどの付き合いだったから、普通にしている。
俺たちも、香月先輩の引退のときはそうだった。
部長も副部長もハンカチで涙を拭っている。
次は部長からの引退の挨拶になる。
「先程は、身に余るお言葉をいただきまして、本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
「本来、私は部長が勤まるような人間ではなかったことはよくわかっています。みなさんも、私が部長になっての新体制にはさぞかし不安があったことと思います。ですが、副部長を始め、部員のみなさんに支えていただいて、何とか今日までやっていくことができました。私は、本当に人に恵まれてるなとつくづく思います。ですので、私はみなさんへの感謝の気持ちと期待だけを話させていただきたいと思います。去年、私が2年生になったときには部員は3人で、部長が引退したら私たち2人になるかもしれませんでした。その年に5人いなければ廃部になるところでした。私たちが受け継ぐ代で漫研を潰すわけにはいかない。毎日が不安でした。夜も眠れないくらいに。ところが今の二年生が6人も入部してくれ、さらに今年は5人の新入部員を迎えることができました。本当に嬉しく思いますし、漫研に入ってくれたことに感謝しています。去年の文化祭も今までに比べてショボいものにはできないとすごいプレッシャーがありました。でも、みなさんが積極的に提案してくれて、みんなで協力していい展示と充実した部誌を作れて、最高の文化祭にすることができました。前部長からも見に来てくれたOGからもお褒めの言葉をいただけました。書華美展も、みなさんが全力でイラストに取り組んでくれて、華やかですばらしいものになりました。みなさんのおかげで今までの漫研の伝統を守り、さらに発展させることができたと思っています。本当にありがとうございました。」
少し間を空けて
「二年生が中心になる新体制には大きな期待を寄せています。とてつもない何かをやってくれそうで。伝統を守ることも大切ですが、その枠に縛られることなく、新しい発想を取り入れて、より漫研を発展させてください。あなたたちにはそれができます。期待して外から見守らせてもらいます。でも、何かあったときには、必ずすぐに駆け付けますから。」
また少し間が空く。
「最後に、体育祭の部対抗リレーにも期待しています。ぜひとも、今年も新記録を出してください。そうなったら、また私のハグをプレゼントします。そんなのいらないか・・・。とりとめのない話になりましたが、これで私の挨拶を終わらせていただきます。今までありがとうございました。」
大きな拍手が起こる。
部長は面白く言ったのだろうけど、新記録でハグがもらえるのなら、俺、今年も頑張る。
続いて副部長の挨拶。
副部長は涙で話ができず
「今まで本当にありがとうございました。」
とだけ言うのが精一杯だった。
拍手が鳴り止むのを待って咲良が
「花束贈呈。部長、副部長、ご起立ください。」
漫研マニュアルの式次第にはない。
おそらく今までの引退式にもなかったのだろう。
「えっ!」
驚いて顔を見合わせる部長と副部長。
二年生で出し合って買った花束。
一年生には出させられないから話していない。
ただただ部長と副部長に「ありがとうございました」の素直な感謝の気持ちを伝えたくて、二年生で決めた。
隠していた花束を持って真奈美と由衣が2人の前に立つ。
「部長、お疲れ様でした。今まで大変お世話になりました。」
と由衣から部長にお礼の言葉が。
由衣の目から涙があふれ落ちる。
「副部長から、私たちはたくさんのことを教えていただきました。ありがとうございました」
と真奈美。
真奈美も副部長を見つめたまま、涙が頬を伝っている。
2人が花束を差し出す。
「こんなサプライズ、夢みたい。ありがとう。」
花束を受け取ったとたんに2人が号泣し始めた。
一年生の中にももらい泣きしている子がいる。
この後は、部長と副部長の退室になるが、二人が落ち着くまで待つ。
「帰ろうか、澪。」
副部長に向ってにっこりする部長。
「うん、そうだね。」
と副部長も。
最後はいつもの部長と副部長でお別れだ。
まるで明日も来るかのようだ。
扉に向かって歩いていく二人を見つめる俺たち。
二人が扉の前で振り向いた。
「みんな、がんばってね。」
右手を軽く挙げて
「じゃ。」
そして扉の向こうへと消えていった。
俺たちは、しばらく誰も何も言わず、余韻に浸っていた。
やがて萌が立ち上がり
「明日は新部長と新副部長の就任式ね。」
由衣もそれに続く。
「私たちの代が始まるんだ。」
「そうだな、まずは二人の所信表明演説だな。」
「もう、プレッシャーかけないでよ。」
美鈴が困った顔をする。
やはり緊張しているんだろうな。
「そうよ。もういじってるじゃない。」
と咲良も不満顔。
「悪い悪い。冗談に決まってるだろ。」
素直に謝る。
「でも、2人の色をどんどん出してくれよ。新しい漫研が始まるんだから。ほんと、俺たち精一杯支えるから。」
由衣も真奈美も萌もうんうんとうなずく。
美鈴も咲良も嬉しそうにうなずいた。
由衣が
「今日からずっとこうなるのね。」
と呟いて部室を見回す。
「うん。そうなるね。」
と真奈美。
もう部には上級生はいない。
そして俺たちが最上級生。
俺たちが漫研を引っ張っていく立場になった。
不安はあるが、俺たち二年生には頼れる仲間が6人もいる。
同じ学年が2人しかいなかった部長と副部長はさぞかし不安だっただろう。
それより1人だった前部長のことはなおさらだ。
全部1人で考えて行動しなくてはならないなんて、俺だったらそんなの耐えられない。
これから始まる新体制が進む道にどんな困難が待ち受けているかなんてわからない。
何があっても、みんなで乗り越えていこう。
俺たちは無敵のチームマンケンなんだから。
それよりも、どんな嬉しいことが待っているかに期待しよう。
それに俺たちだけじゃない。
もう仲間と呼べる5人の一年生がいる。
そう、明日は新たなチームマンケンの結成の日でもある。
明日、いよいよ新しい漫研がスタートする。




