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研二の「犬」

四月も下旬を迎え、漫研も落ち着いてそして意欲的にみんなが活動している。

一年生も2週間ほど前に入部したとは思えないほど、部に溶け込んでいる。


詩織は入部したときには漫画を描けるようになりたいと言っていたが、やはり現実は厳しく、イラストを描くことに決めた。


イラストが主の3人娘も美和や裕香や詩織とよくコミュニケーションをとっている。

去年の書華美展での作品を見せながら、書き方のコツや画材の特徴や色使いのことなどを教えている。

3人娘も楽しそうだ。

ほんと、しゃべるのが活動って3人ともが言っていた頃がウソみたいだ。


綾の漫画の修業は、ベタ塗りやホワイトやスクリーントーン貼りなどを教わることから始まったが、思いのほか苦戦しているようだ。

よく真奈美に叱られている。

俺たちにでもあれだけ厳しいことを言っていたくらいだから、妹には容赦がない。

でも綾は、めげることなくやる気満々で励んでいる。

由衣は前に言っていたように「褒めて伸ばす」を実践している。

綾が何かできたら、できたことを大げさなほどに褒めている。

褒められて素直に俺しそうな綾を見て微笑ましく思う。


そうやって俺たちは次の文化祭に向けての作品を作っているが、部長たちは来月くらいに引退するから、作品作りはしていない。

では何を?

部長が部長になってからのこの一年間の主な行事などを振り返り、準備や運営の仕方の検討を「漫研マニュアル」に基づいて副部長としている。

提案したいことをまとめて、最後の部会でみんなに意見を募るのだ。


今日も、いつものように俺と研二が互いの評論の批評をしていた。

ふと、何かの拍子に漫画を描くことの大変さの話になった。

「そう言えば、真先輩って、オリエンテーションのときに自分は漫画を描けないって言ってましたよね。部誌で漫画を読みましたけど、やっぱり、漫画を描くってかなりの覚悟がいりますよね。僕には絶対に無理です。それ以前にまともな絵が描けるかって問題がありますけど、僕の場合は。」

あはははなんて、何も知らないで無邪気に笑う。

研二に他意がないことはわかっているのだが、俺とってはその話題は最も避けたいやつだ。

俺は漫画を描けないのではないから。

研二の声は大きい方だが、だれも聞いていないよな。

そっと辺りを見回す。

えっ?

二、三年生みんなが俺たちの方を見ている。

久しぶりに面白いことになってきたと言わんばかりの顔で。

一年生は何も知らないから「?」だ。


二年生5人が席を立つ。

もう笑みがこぼれている。

「その話はいいからな。自分たちのやることやれよ。」

先に牽制球を投げておくが、全く効果なくずんずんと近寄ってくる。

俺も巻き込まれる最悪のパターンが頭をよぎる。

5人が研二を囲む。

何か、すごい光景だ。

警戒する研二。

「ねぇ、研ちゃんって入部したときに、絵が下手だから入部できないと思ってたとか言ってたよね。」

由衣が明らかに企んだ目になっている。

「はい。オリエンテーションで聞くまでそう思ってました。」

「でも下手って言っても、そこそこは描けるんでしょ。」

と真奈美。

「はぁ、どうでしょうか。見た人には下手だって言われますけど。」

「ちょっと描いてみてよ。」

と萌。

「えー、そんなー。ほんとに下手なんで恥ずかしいですよ。」

「大丈夫よ。私たち、下手な絵は見慣れてるから。」

と由衣。

それ以上はやめろよ。

由衣を睨むがやはり何の抑止にもならないようだ。

ならやってやろうじゃないか。

由衣が何か言う前に研二に向って

「研ちゃん、描きたくないんだったら、はっきり断ったらいいよ。断ってるのに無理強いする先輩はいないから。漫研にはそんな嫌な先輩はいないから。」

わざと強調して重ねてやる。

「はい、ありがとうございます、真先輩。僕、やっぱり描きたくないです。下手すぎて笑われるのわかってますから。」

これで手が出せなくなる女軍団。

そのはずだったが、これくらいで引くヤツらじゃなかった。

「下手と言ってもね、その絵の価値がわからない人が勝手に言ってることも多いのよ。」

何か、わかるようなわからないような理屈でなんとか続けようとする美鈴。

「ねぇ、ちょっとでいいから描いてみてよ。」

由衣が急いで紙とペンを取りに行って戻ってくる。

強引に押し切るつもりだな。

「やめろよ。研ちゃんが嫌がってるだろ!」

そんなの聞こえないがごとくにぐっと近寄って、研二を見つめる。

「ね、お願い、研ちゃん。」

お色気作戦なんて汚いぞ。

先輩でもあるが、やはりとってもかわいいいお姉さんにせがまれては研二も断れない。

顔を赤くしながら

「はぁ。」

と受け取る。

マズい、研二が落とされてしまった。

「何を描いたらいいですか?」

「真ちゃん、何かない?」

美鈴が面白そうに聞きいてくる。

俺がそれを言うわけないだろうが。

腹が立ってくる。

「別に。何でもいいんじゃね。」

不機嫌に答えると

「そんな言い方したら、研ちゃんが描く気になれないでしょ!」

真奈美に叱られる。

何で俺が叱られないといけない?

あまりにも理不尽だ。

「じゃあ、みんなで考えようか。」

と明るく咲良が。

その先の流れがわかっているだけに悲しくなる。

咲良まで?

普通にいい子だと思っていたのに、みんなと同じ残念なやつだったとは。

「じゃあ、思いついたのを一斉に言おうか。」

と美鈴。

そうしようそうしようとみんなが口々に答える。

もう好きにしてくれ。

諦めモードの俺。

「待って待って、面白そう。私たちも混ぜてー。」

部長と副部長までが走ってきた。

もう滅茶苦茶だ。

この件の師匠である由衣が仕切る。

「じゃあいい?せーのっ。」

「犬~。」

7人の声がぴったりと重なる。

「えっ。」

これには驚きのあまり口が開いたままの研二。

成り行きで描くことになったし、打ち合わせしたわけでもないのに、みんなが同じことを言うなんて。

他の一年生も目をパチパチさせている。

「え~何で~?」

わざとらしい萌。

「なんでだろう。わからな~い。ほんと不思議~。」

悪乗りが過ぎる美鈴。

「じゃ、研ちゃん、描いてみて、犬の絵。」

期待いっぱいに由衣が促す。

「は、はぁ。」

何で犬なんだろうと思っているのがよくわかる研二が描き始める。

「ん~。」

考えながら描いている。

「ここはこうかな。いや、やっぱ、これは変だな。」

首をひねりながら、新しい紙に描き直し始めた。

「こんな感じでしょうか?」

描き終わったようだ。

みんなで見る。


確かにに下手だ。

目が人の目になっていて気持ち悪い。

だが、どう見ても犬だ。

明らかに俺より上手い。

「へー、言うほど下手じゃないよ。」

と萌が褒めているのだかどうだかわからないことを言う。

「うん、どう見ても犬だわ。牛や馬や羊じゃない。」

と由衣が感心している。

羊は初登場だ。

前は猫だった気がする。

当り前のことを褒められて複雑そうな研二。

「真ちゃんはどう思う。」

由衣が聞いてくる。

お願いだから振らないで欲しい。

「上手いんじゃね。」

仕方なく当たり障りのない返事を。

「やっぱりそう思う?負けてられないね。」

「もういいから。」

「紙、取ってこようか?」

「だからいいって。」


どんなに頼まれても、絶対に描かない。

俺は事情があって、人前で絵を描くのは一切やめたから。

それに今の俺には先輩としてのプライドがあるし。

そこは絶対に譲れない。

いくらかわいい彼女や付き合いが長い幼馴染に頼まれても絶対に描かない。

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